トラック3&4&5
トラック3
美咲と数多交わした言葉の詳細は、もう憶えていない。
てか、憶えていられるわけがない。
人間の記憶ってのは、そういうもんでしょ?
だからかな、言葉が無かったあの出会いは馬鹿な私でも明確に憶えているんだ。
あの階段の踊り場で二人だけしか住人がいない星を創造した後から、どうしてか私達は一緒にいるようになった。
登校して『おはよう』を言った。
昼休みは開かないドアの前で肩を貸したり貸されたり。
放課後は名残惜しくて陽が沈むまで何か喋って歩いた。
暗くなったら『さよなら』を言った。
クラスが変わってもそうした。
朝の挨拶は教室から下駄箱になった。
私の方が早く登校することが多かった。待つのが楽しかった。
寝坊した時は待っていてくれることが嬉しかった。
昼休みは相変わらず美咲の寝顔をみたり、美咲の制服によだれを垂らしたりした。
放課後もそう。
中間距離をたくさん作って、並んで歩幅を合わせた。陽が沈んだ後も名残惜しくて、帰る時間は秒単位だけど遅くなっていった。
またクラスが変わった。
また一緒にはなれなかった。
それと同時に高校受験っていう避けては通れない戦いが始まった。
この戦火は大きな流れを伴っていて、二年間築いてきた私達の習慣すらも飲み込むものだったから、私はそれが嫌で流れに逆らおうとした。
でも……それは難しかった。
私を育てる為だけに、この場所に箱庭を作り上げた父さんには勝てないから。
え?
母さん?
あの人は私の教育に興味ないんじゃない?
兎に角『人生で一度くらいは塾に行かんかい!』って言う父さんに屈してしまうのは時間の問題だった。
美咲は元々イカれているのでそんなものどこ吹く風だった。
将来なんて考えてないような、流星の輝きみたいなものがあの瞳にはあった。
私もそうありたいと思ったし、なれないと瞬時に理解出来た。
私はどうすべきか分からなかった。
美咲に聞いた。『高校どうする?』って。
美咲は言った。『宇多葉に合わせる』って。
私は美咲の学力を知らなかった。
参考までにと模試の結果を見せてもらった。
私より十は偏差値が高かった。
これだから祝福を受けて生まれた女はって思った。
私は美咲より馬鹿だった。
馬鹿になったのかもしれない。
なんにも見えなくなっていた。
美咲に関すること以外への興味を失っていた。
聞く音楽はポップスに邦ロックがプラスされた。
少ない小遣いは見たくもないクソ映画に消えていった。
コンビニで立ち読みする雑誌にジャンプが追加された。
エトセトラ。
公園でハトに餌やってたら、美咲が明らかな不審者に対して『あげよっか?』ってパンを投げつけて、ブチギレたおっさんと死ぬ気の鬼ごっこをした。そんなこともあった気がする。
なんにせよ、私は勉強しなくちゃならなくなった。
美咲は私に合わせてくれるって言ったから。
私が受験校のレベルを上げなきゃ、美咲の未来が悲惨なことになってしまう。
塾に行く。
席に座る。
何故か美咲もいる。
少し伸びた後ろ髪が私の前にいる。
二人並んで塾を出ると『どこ行く?』って言われた。
その一言があったから戦火如きで二人の時間は変わらないって思えたんだ。
美咲といると私は無敵だった。
その時、改めて確信した。
美咲は私の神様だって。
だってそうでしょ?
どんどん背だって伸びちゃってさ、背の順だって今じゃ最後尾だし。
なんならこの学校の男子全員よりも高いんだよ。
私を少しだけ見上げるように話していた顔に、今は見下ろされてるんだよ。
幼さが抑えていた神性が表に出てきてるんだよ。
前髪が作り出す影の奥に潜む目が私の全てを擽るんだよ。
こんなのずるいじゃん。
この世に生まれ落ちた神様は、きっとこんな姿をしてるんだ。
そうとしか思えなかった。
何が言いたいかって?
そんなの決まってるでしょ。
美咲に全て捧げるんだよ。
それが初めての……なんだろうね。アレかな、アガペーってヤツをもらったんだ。
美咲が私に笑いかけてくれればそれでよかった。
後悔があるとすれば一つだけ。
結局、塾でも美咲とふざけ過ぎてしまって、碌に勉強しなかったってことかな。
ごめんね!
来年度から美咲も私と一緒に底辺高校だ!
トラック4
卒業式はいいか。
知らない男子とかどうでもいい女子に告白されたくらいだし。
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トラック5
入学式もいいか。
私の隣を歩く美咲が、全校生徒と全教職員の視線を集めてたくらいだし。
分かるよ。
あのご尊顔って、いつまでも眺めたくなるよね。
私?
私はいつだって特等席で眺めてるよ?
羨ましいか?
いぇーい!
これもスキップしよう。
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