トラック2
トラック2
私は会話すらしたことがない同性を好きになり苛立っていた。
小学校で友達の作り方も教わらなかったし、恋人の作り方も教わらなかった。ましてや、好きな女の子を同性愛者にする方法も、私のことを好きにさせる方法も教わらなかった。
話したかった。
どんな声で話すのか、どんな口調で喋るのか、必死に想像した。
英語の授業で美咲が先生に音読をしろと言われた。
私はしっかりと目を閉じ、耳を澄ませて、その瞬間を待った。
恋を自覚してから初めて聞く美咲の声。
「分かりません」
美咲はそう言った。
震えた。
何がって言われると答えられないけど、取り敢えず何かが震えた。
彼女と言葉を交わしたくてしょうがなかった。
英語の授業が終わって昼休みになると、女子達は各々のグループの中核を担う子の机の周りに集まって雑談を始めていた。
私は自分の席から動かない。美咲も動かない、はずだった。
でもその日は違った。
美咲は動いた。
グループから爪弾きにされて、いつも机に突っ伏して昼寝をする美咲が。
ひょっとして、友達出来たの?
私の目を盗んで、一体誰が、美咲と。
思考は渦を巻いて沈んでいく。
五感は美咲を追っている。
美咲は教室を出ていった。
私も釣られるようにして教室を出た。
美咲の足跡を私の足跡で上書きしていった。
美咲と私の間にあった距離は、ごみごみした廊下を抜け上へ上へと階段を昇るにつれて、私の存在をより美咲に主張していった。
美咲が屋上に出る鍵のかかった扉を前にした時には、私達の間を阻むものは何もなかった。酸素さえもなかった。
私は言葉を待った。
息が出来なくて喉が機能してなかった。
美咲は振り向いて、何も言わず、また背を向けた。
がちゃがちゃ。
美咲はドアノブを捻って何回かその音を奏でた後、足を振りかぶってドアを蹴り破ろうとした。
当然、ドアが吹っ飛んでくれることはなくて、バランスを崩した美咲が下にいる私の元へ降ってきた。
抱きしめた。
いい匂いがした。
酸素が存在してた。
そして、重力のままに二人揃って転げ落ちた。
痛みに声が漏れる。喉が機能を取り戻した。
私は美咲を組み敷いていた。
初めてちゃんと目があった。
もう駄目だった。
ズキズキする痛みとかどうでもよかった。
ただ美咲とキスしたかった。
でも、衝動という名の暴れる悪魔に繋がれていた手綱を、理性がしっかりと握りしめていたから私はキスしなかった。
結局、言葉を発せるようになっても何も言えなかった。
何秒か、何分か、刹那か、永遠か、黙って見つめ合ってた。
静かだった。
世界に私達しかいなかった。
ずっとこのままで良かった。
でも私の身体には血と時が流れていて、限界に達した私は美咲に被さった。
私達の間にあった距離をゼロにした。
息が当たる。
擽ったい。
気持ちいい。
その鼓動をブレザーの制服越しに感じて過ごした。
何も言えない。
何も言われない。
そこにあるのは、溶けあいたいという願望。
人肌の熱。
私は美咲に許されていた。だからずっとそのままでいた。
そして昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
理性が身体を起こそうとする。
その時、私の首に美咲の腕が回された。
悪魔があっけなく解き放たれた。
なにこれ、おかしいよ。
ラブコメってこんなんだっけ?
でも、美咲は笑ってた気がする......いや、泣いてたかな。
それが初めてのサボタージュ。




