表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/11

寄らば大星の影

 昼下がり。


 窓から差し込む光が、

 床に細い影を落としている。


 アリアは、書類から顔を上げた。


 ノックの音。


「アリア様。

 お取り次ぎしたい方が」


 名前は告げられなかった。


 けれど、

 胸の奥が、

 わずかに反応する。


 扉が開く。


 そこに立っていたのは、

 見覚えのある姿だった。


 整った服装。

 過不足のない装い。


 晩餐会で見たままの――

 オサリアの第二皇子。


「お時間をいただいて、

 申し訳ありません」


 丁寧な口調。


「どうしても、

 お渡ししたいものがありまして」


 彼は、手にしていた包みを差し出した。


 アリアは、一瞬だけ迷ってから、

 それを受け取る。


 中身を見て、

 思わず息をのんだ。


 天球儀。


 精巧な作り。

 細い線で描かれた星々。


「……これは」


「先日の夜、

 星の話をしましたので」


 それだけの説明。


 アリアは、

 天球儀にそっと触れる。


 あの夜。

 空を見上げた時間。


 偶然とは思えない。


「ありがとうございます」


 自然に、声が柔らぐ。


「とても、素敵です」


 彼は、少しだけ安心したように、

 小さく息を吐いた。


「そう言っていただけて、よかった」


 それ以上、踏み込まない。


 贈り物だけを残し、

 彼は一礼して去っていった。




 廊下の向こうで、

 足音が遠ざかる。


 アリアは、

 天球儀を胸に抱えたまま、

 しばらく動けなかった。


(……不思議ね)


 贈り物を受け取ることは、

 珍しくない。


 けれど、

 これは違う。


 理由は、

 はっきりしない。


 ただ、

 何かが繋がった気がした。




「アリア」


 声に、振り向く。


 テオドールだった。


「今の人……」


 視線が、

 去っていった方向を追う。


「思い出したんだ。

 あの男だ」


 アリアは、眉をひそめる。


「何を言っているの?」


「使用人だ。

 城や、王立大学に、

 時々出入りしている」


 言葉が、

 一気に重くなる。


「教授たちも、知っている。

 副学長と話しているのを見たことがある」


「やめてください」


 アリアは、

 即座に遮った。


「それは、嫉妬でしょう」


「違う」


 テオドールは、

 珍しく食い下がる。


「君も、見たことがあるはずだ。

 気づいていないだけで」


 一瞬だけ、

 脳裏に浮かぶ。


 副学長。

 晩餐会での会話。


 けれど、

 その考えを、

 押し戻す。


「もう、十分です」


 声は、冷たかった。


「詮索する必要はありません」


 テオドールは、

 それ以上、何も言えなかった。




 自室に戻り、

 アリアは天球儀を棚に置く。


 光を受けて、

 星々が静かに浮かび上がる。


(嫉妬よ)


 そう、心の中で繰り返す。


 テオドールの。

 それだけ。


 天球儀から、

 目を逸らさない。


 信じたいものを、

 信じる。


 それが、

 今の自分の選択だった。



 あの夜のことが、

 ニールスの頭から離れなかった。


 星の話。

 宝石の言葉。

 そして、天球儀。


 馬車は、すでに用意されていた。


「前は、悪かったな」


 ユリウスは、それだけ言った。


 理由は、聞かない。

 ニールスも、説明しない。


「ただ、忘れるな」


 低い声だった。


「お前は、皇子じゃない。

 あとで傷つくのは、

 たいてい、そっちだ」


 ニールスは、頷いた。


 分かっている。

 それでも、行く。




 トキアスの王立大学。


 何度も訪れた場所だ。

 構内の動線も、勝手は分かる。


 歩きながら、

 ふと思い出す。


 廊下で、何度か見かけた。

 教授と話している姿。

 書類を抱えて、足早に歩く姿。


 遠い人だと思っていた。


 声をかける理由は、なかった。

 視線が合うことも、ほとんどなかった。


 それが、

 あの夜だった。




 扉の向こうに、

 人影が見えた。


 アリアだった。


 声をかける前に、

 一瞬、ためらう。


 やはり、

 釣り合わない。



「これを」


 天球儀を差し出す。


 説明は、簡単だった。


「先日の夜のことを、

 思い出しまして」


 それだけ。


 彼女が喜ぶのを見て、

 胸の奥が、少しだけ緩む。


 それで、十分だと思った。


 これ以上は、

 望まない。


「それでは」


 一礼して、

 踵を返す。


 振り返らない。


 大学を出て、

 馬車に乗る。



 馬車は、静かに国境を越えた。

 気づけば、空の色が変わっていた。



 星は、

 いつもと同じ位置にあった。




 これで、終わりだ。


 そのつもりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ