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歩く姿は、薔薇の花

はじめまして。

新作を投稿してみました。


もし面白そうと思っていただけたら、

少しだけ続きを読んでいただけると嬉しいです。

 廊下を歩くだけで、人は振り向く。


 視線が集まることには、もう慣れていた。

 慣れすぎていて、どこから見られているのかも、気にならない。


 アリア・フォン・ロザン。

 貴族の家を離れた父を持ちながら、社交界へ戻った令嬢。


 その名が通るだけで、空気がわずかに変わる。


 高嶺の花。

 世界一の美女。


 そんな言葉が、背後でひそやかに交わされるのを、聞き流す。

 振り向かない。

 振り向く理由がない。


 廊下の途中で、声をかけられる。


「アリア様。

 今日は、晩餐会ですね」


 にこやかな笑顔。

 覚えのある顔。


「ええ。

 ご一緒できると、いいですね」


 丁寧に返す。


 相手は満足そうに頷き、

 そのまま去っていった。


 足を止めずに、歩く。


(没落貴族風情が。身の程を知らない)


 一瞬だけ、思う。


(……私も、同じよ)


 誰に言われなくても、

 分かっている。


 それでも、


 それだけ思って、

 何事もなかったように視線を戻す。



 ここは、トキアス王国。

 東の国と呼ばれる場所だ。


 そして今日は、

 西の国――オサリア王国からの使節を迎える晩餐会が開かれる。


 目的は、はっきりしていた。

 オサリア王国の皇子と、できるだけ近づくこと。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 オサリアは、身分に寛容だ。

 噂程度の知識だが、間違ってはいない。

 トキアスでは届かない場所に、

 オサリアなら、手が届くかもしれない。


 それだけで、賭ける理由になる。


「今日は、少し人が多くなりそうだね」


 テオドール・フォン・アルヴェンが、歩調を合わせて言った。

 いつもと変わらない、落ち着いた声。


「そうね。賑やかな方が、いいわ」


 微笑みは、自然に作れる。

 彼の前では、特に。


 テオドールは、いい人だ。

 真面目で、理性的で、こちらを尊重する。

 トキアス王国の貴族として、何も間違っていない。


「オサリアの貴族は、距離が近いと聞く。

 不躾な者もいるかもしれない」


 少しだけ、言葉を選ぶような間。


「心配しなくても、大丈夫よ」


 アリアは、軽く首を振った。


「そんなことで、困ったりしないわ」


 それは嘘ではない。

 彼女は、困らない。

 困る前に、線を引くことに慣れている。


 テオドールは、それ以上は言わなかった。

 彼は、踏み込まない人だ。

 それが、彼の美徳でもある。


 アリアは、歩きながら思う。


 今日も、問題は起きない。

 起こさない。


 丁寧に笑い、

 丁寧に話し、

 丁寧に距離を測る。


 それが、

 トキアスで生きる彼女の日常だった。



 外に出る用事があった。


 理由は、どうでもよかった。

 書類の確認だとか、

 教授への伝言だとか、

 そういう類のものだ。


 歩きながら、考えているのは、別のこと。


 今日の晩餐会。

 オサリアの使節。

 皇子。


 考えすぎだと、どこかで分かっている。

 けれど、考えない理由もなかった。


 トキアスでは、もう先が見えている。

 その事実だけは、動かない。


 通りに出たところで、馬車と行き合った。


 オサリアの紋章。

 考えるより先に、足が止まる。


 避けようとして、

 一歩、遅れた。


 視界が傾き、

 次の瞬間、石畳に膝をつく。


 馬車が止まった。


 扉が開き、

 中から、人が降りてくる。


「大丈夫ですか?」


 落ち着いた声だった。


「ええ、大丈夫です」


 アリアは、すぐに立ち上がる。


「私が、前を見ていなかっただけですから」


「……申し訳ございませんでした」


 相手も、そう言った。


 その間に、視線は動いている。


 仕立てのいい服。

 過不足のない装飾。

 近衛に守られていないことも、逆に目を引く。


 ――上位だ。


 即座に、そう判断する。


 オサリアの皇太子は、知っている。

 既婚者で、何度か顔を見ている。


 この人ではない。


 では、誰か。


 答えは、ひとつしかなかった。


 第二皇子。

 まだ、表に出ていない存在。


 未婚。

 年齢も合う。


 視線が、一瞬だけ交わる。


 それだけで、十分だった。


「失礼いたしました」


 そう言って、アリアはその場を離れた。


 用事は、急いで済ませる。

 時間が惜しい。


 晩餐会の前に、

 必ず小さな会談がある。


 その場に、彼はいるはずだ。


 アリアは、関係者用の通路に入る。

 誰にも止められない場所。


 半開きの扉の向こうに、

 人影が見える。


 重い空気。

 並ぶ人々。


 そして、その中に――

 先ほどの男がいた。


 間違いない。


 胸の奥で、何かが定まる。


 選ぶべき相手は、見えた。


 あとは、晩餐会だ。



 晩餐会の会場には、すでに人が集まっていた。


 先に通された者たちは、

 決められた位置で、静かに待っている。

 声は低く、動きは少ない。


 視線だけが、忙しなく行き交っていた。


 やがて、合図が入り、

 人の流れが整えられる。


 着席。


 アリアの席は、テオドールの近くだった。

 話しかけやすく、

 それでいて、主卓からは距離がある。


 悪くない位置だ。


 視線を上げれば、

 会場の中央が見える。


 国王。

 皇太子。

 そして――


 遠いが、はっきりと分かる位置に、

 オサリアの一行がいる。


 その中に、彼がいた。


 姿勢は正しい。

 けれど、どこか落ち着かない。


 席順としては、申し分ないはずだ。

 それでも、居心地の悪さが滲んでいる。


(やっぱり、そういう人だ)


 そう思う。


 格式張った場が、得意ではない。

 そういう人なのだろう。


 音楽が流れ、

 形式ばった食事が始まる。


 長くは続かない。


 このあと、

 場は緩む。


 立食に移れば、

 自由に動ける時間が来る。


 アリアは、ワイングラスに視線を落とす。


 今は、待つ。


 そして、その時が来たら――

 行く。


 そう決めて、

 ゆっくりと息を整えた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


しばらくは毎日更新予定です。

もし続きが気になりましたら、ブックマークしていただけると嬉しいです。

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