小寒編、次候
【1月10日頃 七十二候 水泉動 (しみずあたたかをふく む) 小寒の次候であり、地下で凍っていた泉が動き始める季節】
小寒「………氷の………電車………。」
「わぁーーっ!今度は電車だーー!」
「どんどん氷のアートのクオリティが上がってるー。」
冷気を放出する能力で、氷で出来た電車の彫像を造って見せる小寒。
そして其の氷の彫像を見て歓声を上げる近所の人間達。
今日も平和な季節が流れて行く。
「ねぇねぇ、ちょっと此れ凍らせてみてー!」
近所の子供がバナナを手に持ちながら小寒に言う。
小寒「……うん。」
小寒がバナナにほんの少しだけ冷気を送ると、バナナはシャーベットのように凍ってしまった。
「ほ、本当に凍った。よし、此れなら。」
子供は足元に落ちてた木材の釘を、バナナでぶっ叩いてみた。
釘が木材の中へと押し込まれた。
「凍ったバナナで釘を打てるって本当だったんだ。」
感動する子供。
「わ、わしは仕事でミスをしてしまった。」
今度は近くに居たお爺さんが言う。
「わしの頭を冷やしてくれぇっ!」
小寒「人体を………直接冷やすのは………危険………。」
あっさり断られてしまった。
こんな感じで茶番を繰り広げながら、季節の精霊、二十四節気と人間の交流は続いて行く。
「あっ、小寒さんじゃない?やってるねー。」
「平和な日々を送っているようね。」
たまたま通りかかる2人組。
「ひぃーーー、し、死神ーーーっ。」
人間が驚いたのは、2人組の内の1人が黒ローブに大鎌と言う、死神にしか見えない格好だったからだ。
もう1人の方はピンク色の防寒具と言う至って普通の格好なのだが。
「やっぱり此の格好は人間から怖がられてしまうのね。
でも私は無害よ。あなた達を傷付けたりしない。」
「まぁ、姉さんはどうしても格好が格好だからね。」
死神姿の女性は1月下旬の二十四節気 大寒、
厳しい冬の寒さが氷の死神のイメージで実体化した存在であるが、
鎌は武器ではない。
ピンク防寒具の少女は2月上旬の二十四節気 立春。
どんな季節でも気持ちだけは一年中春と言う元気っ子で、大寒の事を姉さんと呼び、慕っている。
立春「人間のみんな、大寒姉さんが怖いのは見た目だけだから安心してっ!」
大寒「こらこら言い方。」
立春「私達も小寒と同じ二十四節気だからねっ!えへへっ。」
人間達
「なんと、小寒さんと同じとな。」
「あなた方も季節の精霊さん達でしたか。」
「ありがたやー、ありがたやー。」
「死神姿は怖いけど、性格は優しいんだよね。」
人間達の警戒は解けたようだ。
小寒「大寒さん…………立春さん…………お久し振り…………。」
立春「私、『七十二候くじ』を引いたら蟄虫啓戸が出たんだ!
慣れた場所から外に出て冒険するのが吉
なんだって。」
大寒「私は虹始見だったわ。
面白い物を見られるらしいけど。」
立春「大寒姉さんと私のくじの結果を合わせたら、
冒険に出かけた先で面白い物を見られる
って事じゃない?えへへっ。」
小寒「成る程………確かに興味深い……。」
立春「でしょー!」
小寒、立春、大寒が冒険の話で盛り上がってると、人間が名乗り出て来た。
人間「冒険に行くんだ。丁度動画投稿の為に車で1時間程の場所に有る地底湖でも撮影しに行こうと思ってたんだ。
送ろうか?」
どうやら動画投稿サイトに投稿してる投稿者だったらしい。
立春「えっ?送って貰って良いんだ!御願い!」
かくして、
1人は氷のドレスに氷の冠、
1人は死神姿、
1人は真っピンクの防寒具、
と言う目立つ3人を後部座席に乗せた車が走って行った。
投稿者が運転する車は、1時間ほど山道を走り、人里離れた地底湖の入口に到着した。入口は、岩肌にぽっかりと開いた、ひんやりとした空気が流れ出す黒い穴だった。
立春「わーっ!ここが地底湖の入口!なんか、ひんやりした空気が私を歓迎してくれてるみたい!」
小寒「………水の動き………。」
立春「小寒さん、入口からでも水を感じるんだ、流石担当の季節だね。」
小寒「………うん………。」
投稿者は動画撮影用の機材をトランクから取り出しながら、笑顔で言った。
投稿者「さあ、早く入って撮影を始めよう!」
投稿者は、地底湖の美しさに心躍らせている様子で、早速洞窟に入ろうと足を踏み出す。
その時、大寒の低く、しかし有無を言わせない声が響いた。
大寒「待ちなさい。」
投稿者「え?何?」
大寒は、死神のローブを揺らし、洞窟の入口をじっと見つめる。
大寒「あなたは『面白い映像』を撮りたいのはわかるけれど、ここは自然が作った場所よ。
そして今は冬。内部は凍り付いている箇所や、水が滴って滑りやすい場所が多いはず。」
大寒は、鎌の柄で地面を軽く叩きながら、冷ややかな視線を投稿者に向けた。
大寒「洞窟という場所は、人間が思っている以上に事故が起きやすい。特に、映像を撮ることに気を取られて足元がおろそかになると、命取りよ。
決して無理はしないこと。安全第一。それは、私たちが季節の管理をする上で、最も重視していることだわ。」
投稿者は、ハッとした表情で立ち止まった。
投稿者「ごめん、洞窟にそんな危険が有るとは気付かなかった。」
小寒は、そんな大寒の横顔を、「やはり頼りになる」といった静かな視線で見つめていた。
立春「さすが姉さん!怖い見た目だけど、注意喚起はバッチリだね!」
大寒「(立春に小声で)余計な一言よ、立春。」
大寒の冷静な一言で場の空気が引き締まり、一行は安全に対する意識を新たにして、いよいよ地底湖の洞窟内部へと足を踏み入れた。
小寒「………水泉動 (しみずあたたかをふく む) ………、
確かに………奥の方から………水の動く気配を感じる…………。」
洞窟を進んで行くと、谷になってて明らかに徒歩では進めない場所が有った。
投稿者「此れだと進めないな。」
小寒「………大丈夫………。」
小寒は谷に向かって手を翳す。
そして冷気を放出して向こう岸まで続く氷の橋をかけた。
投稿者「凄い、こんな能力の使い方が。」
氷の橋は、氷で出来ているのに意外に滑らない。
しかもご丁寧に手摺りまで造られているので落下の心配が無い。
更に奥へ進むと今度は高低差の有る場所が有った。
大寒「小寒の氷の階段でも進めそうだけど、此処は私の能力を使ってみる?」
立春「良いね、あれなら一瞬で移動出来るもんね。」
投稿者「大寒の能力ってどんなんだろ?」
大寒「狙いは其処っ!」
大寒は高くて登れない場所の上辺りに目安を付けて鎌を放り投げた。
くるくると回転した鎌は、絶壁を登り切った上の地面に刺さった。
投稿者「えっ?何何?」
大寒「3人共、私の肩に手を置いて。」
投稿者「良いの?」
投稿者、小寒、立春の3人は大寒の肩に手を置いた。
次の瞬間、何故か絶壁を登り切った場所に4人共移動してた。
投稿者「あれ?なんで?」
立春「此れが大寒姉さんの能力なんだよ。」
大寒「私は鎌の刺さってる場所に一瞬でワープ出来るの。
今はオフシーズンだから500メートル以内って制限が有るけど。」
投稿者「じゃあ担当の季節は?」
大寒「担当の季節だと北海道から沖縄でも移動出来るわ。
もっとも、事前に沖縄の何処かの地面に鎌を刺して準備しておく必要が有るけど。」
投稿者「すっげー!」
小寒「………あれは………。」
洞窟の奥に、地下の泉の氷が少しだけ溶けて水が動いている様子が見えた。
しかも光の屈折の加減だろうか、小寒の髪の色の様に水が紫色に見える。
小寒「………此れが………水泉動 (しみずあたたかをふく む) ………。」
立春「綺麗だねー!」
後日、『季節の精霊3人と、紫に染まる地下の泉を見に行ってみた』と言う動画が100万再生されたと言う。




