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【新春お年玉スペシャル!5日間連続投稿】第1章-9 ガンダーラ・ニーラ

ガンダーラ国、北西部スワート渓谷。


早いもので、炭焼き職人のジャーピタの炭焼小屋に厄介になってから、1週間が過ぎた。


ジャーピタは豪快な男だが、優しい面があって、森の動物達ともお隣近所のような接し方をしている。


根掘り葉掘り聞かれるかと思ったが、詮索するようなことはせずに、ただそこで寄り添ってくれているような感じだった。


(東京にいたときとはえらい違いだ)


(名前すら聞かれない)



āma・・(あのう)



炭焼きの仕事が一段落したジャーピタは、土間に敷いた毛織物のラグの上でゴロンと横になって腕枕をしている。



kiṃ, āvus(何だね?)o?



aha()ṃ “Ke()i” nāmā.(と申します) kinti(あなた) tuyhaṃ nā(のお名前は?)ma?



Kei?(ケイ?) Kei nām(ケイだな)a? sādh(よし)u. ahaṃ(俺は)Jāpita(ジャーピタ)” nāma.



aha()ṃ kira, bhan(実はですね)te…



言いかけて、こんなこと言ってもどうせ信じてもらえないだろうな、という曖昧な気持ちが先行して口ごもる。



kiṃ (ん?)nu kho?(どうしたい)



aha()ṃ hi imasmiṃ (実はこの姿)kāye ṭhito(でいますけど、), na Gandhāra(ガンダーラの人でなく)ko; añña-janapadiko, “Nippon(日本人)nāma jana(なんです)padā āgato.



Nippon” ti?(ニッポン?) katarasmiṃ (どこにあるんだい)bhāge so janap(その国)ado?

 

 

Nippon nām(日本は)a dīpa-rāj(島国)ā; dūraṃ pacc(インドのはるか)hima-disāy(遠く西の外れ)aṃ, J(です)ambudīpā bahi.



ho,(おお) “Jipangu” (ジパングだな)ti porāṇā kat(古老の話で聞いたが)henti. dīpa-rā(島国)jā ti pana (とは聞いてない)na suṇitapubbaṃ. evaṃ(そうか), dīpo atthi(島が)—evaṃ ho(あるのだな)tu.



āma(はい), tattha dī(その島国)pe vasāmi(にいたんです). atha ekadi(ところがある日)vasaṃ nīla-āloka(青い光)ṃ passitv(を見たら)ā, sāhasā(突然) imasmi(この人の)ṃ puri(身体に)sassa kā(入ってしま)ye pati(いました)ṭṭhito.



ジャーピタは驚くと同時に、眉唾的なうすら笑いを浮かべながら、



evaṃ ac(そんな)chariya-k(面白い話)athā kuhiṃ(どこで) sutā tuy(聞いたんだ)haṃ? hasituṃ v((爆笑))aṭṭati.



no,(いえ) saccaṃ(本当な) etaṃ.(んです) tvaṃ n(信じて)a sadd(もらえ)ahasi (ないで)maññe; (しょうけど)ayaṃ pana k(この身体)āyo “Yanaka(ヤナカ) ti nāma(という) purisa(人で)ssa, yo Gandhārassa(ガンダーラの南) dakkhiṇato(の方から来た) āgato(そうで)



大爆笑していたジャーピタの顔が、徐々に真顔に変わってきた。



hmmm…(ふーむ。)


tuyhaṃ kath(あんたの話)ā mayhaṃ(俺には) na paññāya(理解できんが)ti; atha k(もしか)ho aññ(すると)ā “Āloka(アーロカ)” nām(なら)a, sā (ちったぁ)kiñci jāne(わかるかも)yya.()



Āloka”(アーロカ) ti?()



sā m(俺の)e bhaginī-pu(姪っ子だ)ttī. imassa na(この谷の)dī-gamha(下流の方に)no-padesa(いるから)ṃ vasati. taṃ te d(連れて)assetuṃ n(行ってやる)essāmi.



----------------------------------



atthi nu(いるかい), Āloke?(アーロカ)





āma, mātulo(おじさん?)? khanaṃ(ちょっと) tāva väretu(待って); idān()i maḷaṃ l(絵付け)impāmi(してるの), khaṇekaṃ(ちょっとだけ) värehi.(待ってね)



āma(ああ).



玄関口は開いていて家の中を伺うと、そこには質素な造りだが間取りゆったりの空間が広がり、炭焼小屋にはなかった調度品もいくつかあった。


それらの造りも華美でははないが、しっかりしたもので素材も高価なものかと思われた。



慧にはその知識がなかったが、いわゆるアンティークになったときには高値がつくような高級家具かと推察した。



khaṇena āga(おまたせ)tāhaṃ, Jāpita(ジャーピタ)-mātula(おじさん).



aho(あら), āgantuko?(お客様?)



āma,(ああ) nadito p(上流から)atitaṃ(流れて) gahetvā (来たのを)ānesi(拾った)ṃ — hasituppādo((大爆笑)) hoti.



mā eva(まさか)ṃ vadī; tvaṃ niccaṃ(そんなこと) tathā (ばかり)kathesi(言ってぇ).



アーロカは、微笑みながら家の中に招き入れた。床は土間だが、部屋の中央にはテーブルが設えてあり背もたれのない椅子が4つある。


先程、家の外から覗き込んだときに見えた調度品のタンスには、よく見ると螺鈿のようなきれいな貝殻細工が施されている。



(もしかして、結構いい値段のタンスじゃないのコレ)



部屋の中に、何か匂いがする。

それは、今までに嗅いだことがない香りだった。



kiñci (何か)surabhigan(いい香り)dho āgacc(がしますね)hati.



idaṃ k(これは)unduru(乳香の)ssa-gandh(香りです)o.



(乳香って、、確か旧約聖書と新約聖書に出てくるあれか?)



etha,(さあ、) pānīy(お茶を)aṃ piv(どうぞ)a.”



アーロカは山羊の乳が入った甘いお茶を勧めた。


適度な渋みとかすかにスパイシーな風味を出していてそれをヤギのミルクがやさしく包みこんでいるような、優しいお茶だった。


そして、正面の棚の上には、変わった藍色の器がいくつも並んでいた。



etha,(それ) pānīyaṃ (きれいな)pivatha(色ですね).



“Gandhāra(ガンダーラ)-nīla(ニーラ)” ti(って) nāmena (呼ばれて)vuccat(いるのよ)i.



Gandhāra(ガンダーラ)-nīla(の藍), ti?



āma(そう), Gandhāra(ガンダーラの)-nīla().



ayaṃ nīla(この青が)-vaṇṇo may(出せるのは)ā eva ni(私だけ)bbattito.



acchariyaṃ (それは、すごい)etaṃ.



pituno dāya(と言っても)jjaṃ pan(父親譲り)’ettha(だけどね).



iminā nīl(この藍色)ena kiṃ k(原料は)āraṇaṃ?(なんですか)



uhuhu(うふふ)… rahassaṃ e(ヒ・ミ・ツ)taṃ.



tena hi, evaṃ m(でしょうねぇ)aññāmi.



evaṃ v(と言いたい)attabbaṃ(ところだけど), atha kho (特別に)tuyhaṃ v(教えるわ)isesaṃ katvā kathessāmi; tvaṃ(あなた) hi sama(行者さん)ṇo.(だし)



(あそうか、そうだった)


アーロカは、このガンダーラ・ニーラの藍色の製法について、慧に話した。


かいつまんでみると、隣国のKambojaからの交易品で貴重な Azureアズレ、それに少量の”光るAzure”、ヤシの実の灰、色の調整のために微量の海塩を使うらしい。



etha idh(こちらに来て)a; dassā(見せて)mi te.(あげる)



アーロカは慧を工房の奥へと招き入れた。


そこには、大小の轆轤台がいくつかあり、様々な釉薬の壺や、材料になると思われる鉱石などが積まれている。



idaṃ(これが) Kambojato(カンボジャの) āgataṃ(アズレ) azure, uttara(北の)-pabba(高い山で)te jāta(採れる)ṃ. idaṃ pan(こっちが)a obhāsita(光るアズレ)-azure; idaṃ pa(これはもっ)cchima-d(と遠い西国から)ese adhik(の交易品)aṃ dūre āgataṃ, dullabh(めったに)aṃ ativiya(手に入らない).


(確かこの石、見たことある。何だっけな、名前が出てこない。ああ、こんなこと言っても笑い話にしかならんけど)



(スマホ、あったら良かったのに~)



(それにしても、ガンダーラ・ニーラか、、青い鉱石の釉薬、アズレか初めて聞くけどよく見るとすごい青だな。あっ!)


アーロカと慧が奥から戻ると、ジャーピタが言った。



Āloke(アーロカよ), ayaṃ pur(この男が)iso acchar(妙なことを)iyaṃ vada(言うんだ)ti, tasmā ān(それで連れ)essiṃ.(てきた)



アーロカは再びテーブルに着いて、お茶をひとすすりしてから尋ねた。



kiṃ nāma(妙なこと) acchariy(って何?)aṃ?



tvaṃ(あんた) yeva ka(自分で)thaya(話しな).



āma.(はい)



[BGM]

"STING - DESERT ROSE, PUTRI ARIANI COVER (Live perform in Penang)"

挿絵(By みてみん)


慧は、これまでの経緯を詳しくアーロカに話した。


アーロカはその話を最後まで真剣な眼差しで聞いていて、慧の話を途中で遮ることはなかった。


アーロカの瞳は深い神秘的な青い色をしていて、見つめ合っていると、まるで透明度の高い泉の中に沈んでゆくような、なんとも言い表せない感覚に包まれた。



mayhaṃ(あなたが), tuyhaṃ ka(話したこと)thā saccā (本当だと)ti maññāmi.(思います)




ahaṃ (私は)daharo s(幼い頃に)amāno bah(たくさん夢)ū supine p(を見ました)assāmi; sabbe te(その夢は) supine(いつも) ekissāye(同じ街)va nagar(同じ人)iyā, e(でした)kass’eva purisassa.



so pana jana(それは全く)pado ma(知らない)yā appaṭiv(異国で、)iddho; tattha añña(私はその人)ṃ niruttim(の知らない) bhāsāmi, y(言葉を話し)ā mayhaṃ(ていました) na jānitā.



アーロカは少し考えるような素振りを見せてから笑い顔で、



aparena(今度) samay(一人で)ena ekakov(いらっしゃいな)a āgaccha.



慧とジャーピタは、お茶を飲み終わるとアーロカの工房をあとにして、谷の上手にある炭焼小屋へ戻った。



◯アーロカのお茶

アーロカが淹れたお茶は、現在のパンジャビ・ティー。

パンジャビ(パンジャーブ)料理専門店などで飲むことができるスパイス入りミルクティ。南インドのマサラティに似ているが、比べてみると独自の風味を持つことがわかる。ただし、この時代に茶葉はまだ流通していないので、アーロカの淹れたお茶はたんぽぽや穀類などを混ぜたハーブティー。


◯乳香

『学者たちはその星を見て喜びにあふれた。家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。』

―「マタイによる福音書」第2章11節、『新約聖書』―


◯Kamboja のアズレ

現在のアフガニスタン北東部に位置する3500m級の山岳地帯でパダフシャン鉱山等で産出するラピスラズリ鉱石。アフガニスタンとタジキスタン国境に近く、タリバン 、及び各種武装勢力の影響が強い地域にある。

そのため Conflict mineral (紛争鉱石)と呼ばれ、搬出ルートがグレーゾーンであるとされる。

また"光るアズレ" はモロッコ産出のアズライト鉱石。


◯大小の轆轤台

いわゆる陶芸用のろくろ。

古代インド・ガンダーラの時代にろくろが存在したのか?という疑問については、以下が裏付けとなる。

話し手はブッダ、場所はクル国ハスティナプル付近のカンマーサダンマの街。


[DīghaNikaya]

DN22 Mahasatipatthana>kayanupassana>Anapana

{長部経典22 大念住経 呼吸の部の譬喩部分}


<原文>

dakkho bhamakāro vā bhamakārantevāsī vā dīghaṃ vā añchanto ‘dīghaṃ añchāmī’ti pajānāti, rassaṃ vā añchanto ‘rassaṃ añchāmī’ti pajānāti;


<日本語訳>

「熟練した轆轤師(あるいは旋盤工)、またはその弟子は、長く引っ張る(削っている)ときには『今、長く引っ張っている(削っている)』と知り、短く引っ張る(削っている)ときには『今、短く引っ張っ(削って)いる』と知る。」


引っ張るという動作:古代のろくろは回転軸に縄を巻き付けて、それをコマを回すときのように引っ張ることで回転動力を与えていたためこの表現が使われる。


※尚、このマハーサティパッターナ スッタ・大念住経は、ゴータマ・ブッダの教え(仏教)の核心部であり、その方法と理論の集約。端的に内容をまとめると「瞑想方法と四つの真理の詳細」である。

詳しいことは、このあと辿るエピソードにて。

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