【年末スペシャル連続3日間投稿】第1章-6 自分の中の誰か
夜明け前。
山の斜面にかかった白い靄につづく一本の細い煙が上っていた。
ガンダーラ国スワート渓谷の小さな炭焼小屋。
その主人のジャーピタが薪を組み替える音がする。
外では、lāngula [ハヌマーンラングール猿]の群れが、すでに目を覚まし短い鳴き声を出している。
いくつもの木の枝には銀灰色の長い尾が、まだ明けやらぬ朝の冷気にゆらゆら揺れていた。
ジャーピタが小屋の前に出ると、年寄りのラーングラが一歩進み出してきて、ひょいと頭を傾けた。
この猿たちの“監視役”であり、いわゆる“ご近所さん”でもある。
竹籠から、昨夜ほぐしておいたドライフルーツと樹の実を少し取り出す。
“Ettakaṃyeva. Sesam pana araññato gaṇhāhi.”
すぐに若い猿たちがよってきて嬉しそうに手を伸ばす。
古木の上では子ザルたちがはしゃいで跳ね、炭焼き窯の屋根に落ちる落ち葉を散らした。
炭焼小屋の主人と猿たちの奇妙な共生は、子供だった頃から続いている。
慧が起きて、外に出てきた。
(猿?変わった猿だな)
“Ho, uṭṭhitosi nu? Idha āgaccha.”
ジャーピタは炭焼きの仕事場へ慧を招き入れた。
窯に火がつく (炭化の工程)段階に差し掛かった炭焼き窯からは盛んに白煙が立ち上る。
ジャーピタは煙の状態を見極めながら、その釜の空気孔をしきりに調節している。
その作業を後ろで、ちょこんと座ってみている慧。
突然、風向きが変わり、独特の香りを含んだ白煙が慧を包み込んだ。
“Gho gho… dhūmo ativiya tiṭṭhati; ardhaṃ apasakkatha.”
ジャーピタの言葉が終わらないうちに慧は頭が真っ白になって、その場にばったりと倒れた。
“Āvuso, kusalaṃ te?”
ジャーピタは倒れた慧を外に引きずり出し、背中に左膝でぐいっと気合を入れた。
“Handa, paṭibuddho asi! Na tāva dhūmo visaññaṃ kātuṃ sakkoti. (大爆笑)”
“Sādhu, anumodāmi.”
“Ho, pacchāntarāya kathesi tayā.”
“Idaṃ kiṃ ṭhānaṃ?”
“Idaṃ Gandhārassa puratthimabhāge Suvātī-nadīyaṃ ninnaṃ.”
“Ga-ga-ga… Gandhāra ti?”
“Porāṇakāya Jambudīpassa Gandhāro ti maññasi?”
“Porāṇakanti? Kiṃ tvaṃ bālaṃ supinaṃ bhaṇasi? Idāni vāyaṃ Jambudīpo.”
ーガッツーン❗ー
慧の頭に激痛が走った。
「痛い!」
(汝はナニモノだ!?)
【脚注】
◯パーリ語の会話について
Janakaの心が目覚め、元々パーリ語を話せるヤナカの脳の言語認識が回復したため、他者との会話も聞き取りと発話が可能となった。
また、ヤナカと慧の脳は同じであるため、聞き取りと同時翻訳・慧の発話が同時通訳でパーリ語変換されて言葉になる。
一言で言えば、量子コンピュータのような状態。
つまり、慧の聞き取った単語はヤナカの心が記憶のソリッドデータを参照(例えば、その単語に結びつく画像、音声など)、その参照データを慧も同時に見にゆくことで、その単語を日本語で認識。
故に、ヤナカと慧の直接対話は、お互いに念じたことがそのまま伝わるので日本語表記。




