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【年末スペシャル連続3日間投稿】第1章-5 酸粥と燻製豆、〆は究極のマンゴー

ガンダーラ国スワート谷。

(現在のパキスタン国スワート渓谷)


起き上がって飯を食べる。

テーブルはなく、土間に竹で編んだ縦横 1dhanus(ダヌス) ほどのゴザを敷き、その上に見たこともない、なんとも粗末な食事が並べてあった。

唯一、大きなマンゴーが半分黄色くなっているのがせめてもの救いだった。


献立内容:kañjik(酸粥)a、muggānaṃ dh(豆の燻製)ūpitakaṃ、ambaphal(マンゴー)aṃ


木椀の底にドロンと溜まった乳白色の液体は、ほのかに酸っぱい香りを放っていた。


その粥のようなものを一匙口に流し込むと慧は口をすぼめて顔をしかめた。


(うわっ、腐ってないかこれ。酸っぱすぎ)


それを見ていたジャーピタが器を右手で掴んでゴクリと飲んで見せた。


(そうか、ヨーグルトみたいな発酵食品ってこと?)


もう一匙、口に含むと、確かに発酵した米の柔らかい酸味、喉の奥で涼しいような感覚がおこり、そのまま胃袋にスッと落ちてゆく。


(豆の方はどうよ)


豆の料理を口に含むと、ぷーんと香ばしい。


(あ、なるほど豆を茹でてから燻製にしたんだな)


(これ、旨い。とりあえずビール、ジョッキでほしい)



ジャーピタを見るとマンゴーの皮を手で剥いている。


慧も見よう見まねで、皮をむいてみた。

そして、皮をむいたままのマンゴーに大きくかぶりつく。


思わず顔がニヤけるほどの果汁100%マンゴージュースが口の中に容赦なく満ちてくる。


(ウオっ!)


(ちょっと待て!)


―ガブッ!―


(言葉にならない)


―ガブッ!―


(いつも会っていた彼女が突然、まるで別のオンナに見えた瞬間みたいだ)


―ガブッ!―


(こんな風にマンゴーを食べるのは生まれて初めてだけど)


―ガブッ!―


(それにしても、今まで食べたマンゴー、あれは一体何だったんだろう?)


―ガブッ!―


(マンゴーって綿あめよりも繊細なんだな)


すっかり食事を平らげた慧は、言葉がわからないので手を合わせて、感謝の意を表した。


ジャーピタは、慧の礼儀正しいところが気に入って、しばらくここに滞在するように勧めた。



◯ 1dhanus

1dhanus =約1.9m


◯【酸粥】

作り方(当時の方法を再現)


1. 米を軽く洗い、少量の水で煮て“薄いお粥”を作る

   (古代は粥=液体が主体)


2. 煮汁だけを土器に移す(米粒は少し残る程度でよい)


3. 半日〜1日置いて自然発酵させる

    インドの気温ではすぐ乳酸発酵が始まる。


4. 軽い酸味が出たら完成

    白濁して、少しとろみがある。



米3合ぐらいの研ぎ汁のみで作ると、当時のドリンク的酸粥ができる。

温度により、Ph3.4以下になる。

発酵を促すために、少量の乳酸菌(ナスの浅漬けを作った残り汁など)か、ヨーグルトの上澄み液(乳清)を入れても良いが、米ぬか自体の発酵に任せた方が風味は良くなるように思う。

昼30度、夜25度の環境なら36-48時間で完成。

検証済み。


◯【マンゴー】

種類にもよるが、インドネシアやミャンマーの自然栽培のマンゴーが完熟すると、皮を手で剥くことができる。また、ナイフで果実を切ると、切った瞬間に果肉が固くなりゼリー状に変化する。慧が口に含んだマンゴーは、果肉がゼリー状になっていないため繊細で果汁が溢れ出した。


《プルーフ(Proof)》

古代インド、マンゴーの存在は以下。


Majjhima Nikāya

>majjhimapaṇṇāsapāḷi

>brāhmaṇavaggo

>Brahmāyu-suttaṃ

(MN91/ 中部経典 91 ブラフマーユ経)


390. assosi kho brahmāyu brāhmaṇo — “samaṇo khalu, bho, gotamo sakyaputto sakyakulā pabbajito mithilaṃ anuppatto, mithilāyaṃ viharati maghadevambavane”ti. atha kho brahmāyu brāhmaṇo sambahulehi sāvakehi saddhiṃ yena maghadevambavanaṃ tenupasaṅkami.


<和訳>

バラモンのブラフマーユはこのように聞いた。

『まことに、サーキャ族の王子でサーキャ族から出家した比丘ゴータマはミティラーに到着し、マガデーヴァ王のマンゴー林に滞在しておられます』

そこで、バラモンのブラフマーユは数人の弟子とともにマガデーヴァのマンゴー林のある場所へ向かった。」


※尚、古代インドのヴィデハ国ミティラー(現在のネパール国ジャナクプル)は、現在のミャンマー連邦共和国、マンダレイに近い မိတ္ထီလာမြို့(メィッティラー市)の街の名の由来。


大東亜戦争時代、メィッティラーは大日本帝国陸軍の重要拠点として駐留、後に激戦区となりこの周辺の村や僻地で戦士した陸軍兵士の殆どは、大きな木の根元で今も静かに眠っている。

寒村の貧素なテーラワーダ寺院の長老は、「前の長老から聞いた話では、この寺に日本の兵隊さんが長い間宿泊していた」と語り、しばらく雑談をしたあとに、すこし困ったような顔をして、

「白い服を来た男が出てきて、池を掘れという夢を見た。男が示した場所を掘ってみると、剣や弾薬、手榴弾などが出てきて、人骨が座った姿勢で出てきた」

と切り出しておいてから、それらの遺留品を見せてくれた。また、訪れた人が書いた記帳ノートには、日本領事館の職員の方が確認の為、この寺に来院していることも記されていた。

遺骨は移され、寺院の敷地内にある静かな林の前の美しい墓石が設えられた新しい墓に再埋葬されている。

その墓の前には遠目でもわかる白い旗が立っていて、ミャンマーの強烈な陽の光を受けて風が吹くたびにキラキラと白く輝いていた。


当時の日本陸軍はその街を「メイクテーラ」と呼んだ。

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