第1章-22 翡翠のペンダント -ガンダーラ国ジェルム-
(前回からの続き)
ガンダーラ国ジェルムの宿営地で外出許可が出た。
ナガは街に繰り出して演舞場に入る。すると、あのオッドアイの女が歌っていた。そして、彼女が踊りながら歌っているとき、彼女の翡翠のペンダントがナガのところに飛んできた。
催しが全て終わり、客が引けたあとまでナガは残っていた。シーラダッサは眠いと言って、先に宿営地へと帰っていった。
−チージージージー チージージージー−
−シャリリリリ〜ン シャリリリリ〜ン−
満月の白い明かりが足元まで照らしている。
演舞場の裏へ回ってみると、その奥の方には草地が広がっていた。
楽屋の裏口の扉が開け放してあり、建屋の奥から赤い光がわずかに漏れ出ている。そのわずかな明かりに照らし出された地面は草の無い露地になっていた。
その裏口の横で背もたれのある椅子に座り、両手で小さな円盤状の香炉を持ち、その腕を太ももの上に置いたあの女がいた。
辺りには、香炉から流れてくる香木の香りと、草むらの匂いが混じり、鼻をくすぐっている。
女はナガに気づいたらしく、右の手のひらを彼に向け、左右に何度も振っている。
“He, sāyaṃ sukhā.”
女は、少し不思議そうな顔をしてから言った。
“Ko tvaṃ nāma? Na kho tayā diṭṭhapubbo.”
ナガは、ちょっと困った顔をしながら、
“Na na, ahaṃ na koci saṅkājanako.”
“Kiṃ vadesi? Dassakānaṃ apagatesu pacchā-maṇḍape āgacchanto puriso dullabho nāma.”
“a evaṃ, na evaṃ. Na koci pāpaka-vitakko mayhaṃ atthi.”
“Kiṃ nāma taṃ “pāpakaṃ”? Evaṃ vādīyeva pāpakaṃ cinteti maññe.”
“Na! Ahaṃ satthavāha-yodho;
ajja avidūre senāvāse vasāmi.”
“Āma, evaṃ kira.”
ナガは首に下げた巾着袋の中から、さっき飛んできた翡翠のペンダントを取り出した。
“Idaṃ kho pubbe mama santikaṃ āgantvā nipati.”
“Aho!”
“Tasmā taṃ tuyhaṃ paṭidātuṃ āgato’mhi.”
“Evaṃ? Khama, saṅkāya maṃ akāsiṃ.”
“Na doso, hotu.”
女はちぎれた革紐を見て、
“He, muhuttaṃ tiṭṭha.”
そう言うと、さっと楽屋に入っていった。
[BGM]
"Part-Time Lover"
しばらくすると女は、別の長い革紐を手に持って出てきた。
そして、新しい紐にペンダントを通すとナガの首に手を回して後ろで革紐を結んだ。
ナガは、近づいてきた彼女の顔と長い髪に逃げ場を失って、なすがままにさせた。
彼女の若草のような香りに包み込まれ、思わず引き寄せたくなる衝動に、ナガは自分でも驚いた。
“Idaṃ tuyhaṃ dadāmi.”
“Saccaṃ? Na nu etaṃ tuyhaṃ bahu-agghaṃ?”
“Hotu, evaṃ icchā mama.”
“Tena hi, sādhu—paṭiggaṇhāmi.”
女は微笑みながら、何度も顔を縦に振った。その拍子に金の腕輪がシャラシャラと鳴った。
満月に近い月が高く昇り、月明かりが楽屋裏の庭をついさっきよりも明るく照らしていた。
まだ草いきれの余韻が残り、香炉の香気がそれに重なって、夜更けの匂いが二人の間を満たした。
少しの間、二人は言葉を失い、
どう話しかけてよいのかも分からず、互いを見つめたまま立ち尽くしていた。
女はふと視線を落とし、またナガを見上げた。
そのとき腕輪が小さく鳴った。
ナガは、彼女から目をそらすことができなかった。
風が微かに二人の頬をなでてゆき、女の方が沈黙を破った。
“Ahaṃ Vajirā; tvaṃ pana ko?”
“Ahaṃ Nāgo, Takkasilāt āgato.”
“Evaṃ nāma? Kuhiṃ yāsi?,,,”
“Magadha-raṭṭhe Rājagahaṃ yāmi.”
“Evaṃ kira? Mayaṃ pi tatheva gacchāma. Ito paraṃ puna pi passissāma addhā.”
“Jānāmi. Tena hi, puna passissāma.”
月が中天近くなった。
ナガは、ワジラの顔を何度か振り返ってみながら、その月明かりが照らす街の大きな通りを宿営地へ戻っていった。




