第1章-17 大キャラバン発つ (後編)
“Tāva daharapurisa, tava nāma kiṃ?
“Ahaṃ? ‘Nāgo’ti vuccāmi.”
“Nāgo, āma. Ahaṃ Sīladasso nāma, Pusapakaravatīto āgato.”
ガンダーラ国・首都タクシラのギルド会館前を夜明けに出発したジャティラ隊長が率いる大規模なキャラバン隊商は、北方大街道を東に向う。
最初の目的地は、スーラセナ国のシャーカラという街で、ジャティラの予測では早ければ6日、遅くても7日で到着するはずである。
占い師のHumeの予言した満月までには、あと12日ある。従い、差し引き5日から6日の余裕を持ってシャーカラに到着できる。そう、馬上のジャティラは考えていた。
ジャティラ本隊は、この街の中央広場に集結して隊列を整えた第二隊に合流するためにサナルート大通りを南下していく。
“Jatila-senāpatiassa satthāya ayaṃ me paṭhamaṃ; atha pana Dhammika-senāpatino santike pañca vassāni akāsiṃ. Sādhu, sahāya, upakāraṃ karohi.”
“Dūratova āgatosi, svāgataṃ te. Ahaṃ Jatila-senāya tatiyavassiko. Sādhu, sampahāyaṃ karissāmi.”
“Sundaraṃ asiṃ dhāresi, bho."
“Āma, ayaṃ Jatila-senāpatino purāṇako asi mayhaṃ dinno.”
“Senāpatino? Tvaṃ senāpatino ñātako nu?”
“Āma, so me sodariyaputto.”
“Evaṃ hoti… idha tāva dassesi? Asiyaṃ.”
ナガは、刀をさやから引き抜くと、シーラダッサに見せた。
“Ho! Abhūto ayaṃ—ubhatodhaaro ‘ucca-loha’-asī!”
--------------
一方、街の中央広場では、ギルド会館の前庭に入り切らなかった後続の第二隊がジャティラ本隊を待っていた。
中央広場に続く沿道には、隊員の家族と街の商人らが大勢、キャラバン隊商の見送りに来た人たちが詰めかけている。
隊列の先頭にはもう一人の副隊長、古参のモッガラーナが騎乗して待っている。
ジャティラ本隊が通過してゆくのを待ち、最後尾が見えたところで、モッガラーナ副隊長は右手を高く挙げた。
“Nikkhamatha!”
モッガラーナは、綿と絹の混毛布を頭に巻いて、深緑に銀色に光る月の満ち欠け模様が入った銀製のsīsa-bandhanaで頭巾を抑えていた。
この”頭巾押さえの環”の材質や色彩模様によって、そのキャラバン隊の中での階級が外見からでもわかるようにもなっていた。
(皆、同じような頭巾・マントなので、外見では判断しにくかった為)
また、縁に赤褐・藍の細い染め模様が陽に焼けて独特の風合いを出しているその頭巾は、肩の辺りまで垂れて強い日差しと風塵を遮る。
足には丈夫そうな革製の半ブーツ、赤砂色の短い羊毛マントを羽織って、厚手のゆったりした綿の茶色いズボンを履いていた。
当時インド全体で見た場合、下半身にズボンというコスチュームは異質であった。しかし、西国バクトリアとの交易ハブであったガンダーラには、それら西側諸国の文化がいち早く流入していた。
つまり、ガンダーラでは常に最先端モードを掴んでいたのである。
--------------
第二隊は、本隊の後ろにつき、荷車を引いた牛たちが一斉に鼻息を荒くした。
本隊と一つになった第二隊の最後尾には物見役が馬上から、監視の目を光らせ、キャラバンの隊列に異常がないかを確かめ、後方の安全を確保した。
そのキャラバンの後方、、
約半ヨジャナ(3-4km)のあたりには、同じく北方ルートを東へ向かう旅芸人の一座が、2頭のラバが引く幌車と荷車を連ねて進んでいた。
その荷車の最後尾には、Vajiraが座って髪を梳きながら、何か唄を口ずさんでいた。
【脚注】
◯ウーツ鋼(wootz):
古代インドで紀元前〜中世に製造された超高品質の結晶粒鋼で、後に中東で「ダマスカス鋼」の源流となった金属。
原産地は南インドのデカン高原、タミル地方、現地名 ukku(ドラヴィダ語)、極めて不純物が少なく高炭素(1.2–1.8%)、 冷却過程でレバーダイト(セメンタイト)結晶模様が生じる。この結晶が、特有の波紋・木目模様を生む。
特徴は、独特の模様が現れ、極めて高い刃持ちがし、粘り強さ(靱性)を併せ持つ、錆びにくく、切断性能が非常に高いことから刀、曲刀に好まれる。
この技術と文化は、バリ島の博物館に展示されている王剣のクリス、あるいは兵士の使用した刀にも受け継がれている。
(インドネシア国立バリ島博物館のウーツ鋼製のクリス)
(現在のダマスカス鋼製の柳刃包丁。上がダマスカス鋼、下が通常の鋼)




