第1章-15 大キャラバン発つ (前編)
Phagguṇamāsa(2-3月)の新月から二日後、
ガンダーラ国・首都タクシラ。
(現在のパキスタン、イスラマバード付近)
夜明けが近いギルドの会館前の前庭には、ジャティラを隊長とするキャラバン隊商の長い列が4列縦隊で並んでいた。
今回のジャティラ隊長のキャラバン構成は、次の通りだった。当時のキャラバンの規模としては大規模である。
• 牛 320頭
• ラクダ 126頭
• 隊員 246名
積み荷は、ギルド会議で決まった商材の各国への納品分、及びジャティラとgaṇapadika、dūta によって選ばれた宝石と貴金属類を中心にプラス二割程度が積み込まれた。
総指揮官のジャティラ隊長以下の隊員の構成:
gaṇapadika(経理官)
dūta(外交官)
senānī (警備隊長)
pūrvagāmin(斥候)
bhāṣā-kovid(語学官・通訳)
go-nāyaka(牛管理長)
aśva-pālaka(馬番)
dhenu-pāla(牛飼い)
vaidya(医師)
goyātrika(獣医)
sūda(調理師)
bhāravāhaka(荷運・使役)
yathāsārathi(従者)
そして、付き添いの vāṇija(商人)というようなメンバーが参加し、それぞれが各分野で経歴を持っているプロの集団であり、一つの村の機能が、荷車や牛・ラクダ・馬などと一緒にそのまま移動してゆく状態と言えた。
隊列を組んだ、それぞれの牛の首には、rakkha-bandhana、あるいは maṅgala-bandhanaと呼ばれる魔除けの飾りが着けられていた。
“Dutiya-senā sampannā hoti nu?”
ジャティラ隊長は副隊長のカルダッタに尋ねた。
“Khippaṃyeva ārohakā vā patissarissati; tāva āgametha.”
ギルドのjeṭṭhakaプックサが歩いてきて、隊長の乗った馬の前で話しかけた。
“Sabbūpakaraṇaṃ suṭṭhu kataṃ nu?”
“Āma, ayya-thera; khippaṃyeva bhavissati.”
その会話が終わるのを待っていたように、斥候が走る馬に乗って前庭に駆け込んできた。
“Dutiya-senā! Sabbaṃ niṭṭhitaṃ!”
“Sādhu.”
“Tena hi, ayya-thera, gacchāmi.”
“Hoti; maggameva suṭṭhu rakkhatha.”
“Sādhu, paṭigaṇhāmi.”
[BGM]
"ירושלים של זהב ofra haza"
(↑ヘブライ語、文字化けではなく)
プックサ長老は、持っていた器から、清めの水を地面と天に向けて三度振りまき、そして旅の安全を祈願するマントラを唱える。
“Maggasmiṃ no rakkhā hotu,
sabba-dukkhā pamuccantu.
Sukhena gacchāma,
sabba devatā rakkhantu.”
"道中、われらに守護あれ
あらゆる災いが離れますように
無事に進めるように
すべての諸神よ、われらを守りたまえ"
その祈りをすべての隊員たちは頭を下げて拝聴していた。
マントラが終わると同時にジャティラ隊長は右手を高く上げ、雄叫びのような号令を発した。
“Nikkhamatha!!”
隊長の馬が進みだすと、続いて副隊長、通訳などの馬、ラクダが歩き出した。そして、いよいよ荷車に軛で繋がれた牛たちが牛飼いらの合図で動き出した。
―ブフフーン、ブルブルル、ウモ~ウ―
―ゴトゴトゴト、ガラガラガラ―
―ブヒヒーン―
―ゴトゴトゴト、ガラガラガラ―
―ブフフーン、ブルブルル、ウモ~ウ―
―ブヒヒーン―
―ブフフーン、ブルブルル、ウモ~ウ―
―ゴトゴトゴト、ガラガラガラ―
―ブヒヒーン―
―ゴトゴトゴト、ガラガラガラ―
―ブフフーン、ブルブルル、ウモ~ウ―
―ブヒヒーン―
ガタガタと音を鳴らしながら、この前庭に隊列を組んだ牛車の盛大な犇めきが、夜明け前の静寂を破って街中に響き渡った。
◯結び飾り
rakkha-bandhana(護りの結び飾り)
maṅgala-bandhana(吉祥の結び飾り)
これらの習慣は、日本の正月にある”締め飾り” に相当する。
日本では正月だけの限定的な習慣であるが、ミャンマーやベトナムなどでは、長距離を走る高速バスや、長距離トラックのフロントグリルにはよく見かける。
また、市中を走る一般の車両、例えばタクシーなどでは、ジャスミンのレイをバックミラーにぶら下げて、吉祥と魔除けを祈願する。
また、供物で供える花束やハーブなどの薬草束は ”bali / bali-puṣpa(バリ/バリ・プシュパ)”と呼ばれ、後に、インドからジャワ島、バリ島への交易を通じて慣習が伝統となった。
現在のジャワ島の市場ではクンバン・スタマン(Kembang Setaman)の赤と白の花びらが小さな籠や袋に入って店先を飾る。
また、バリ島ではチャナンやゲボガン、あるいはセガハンといったバリ•ヒンドゥ教の供物として、 バリ人の生活の中心となっている。
尚、Bali は別名 DEWATA(神の島)と呼ばれるが、このDEWATAはパーリ語 Devā が語源。意味は神、もしくは神々。バリ語とジャワ語には、多くのパーリ語彙が現存する。
ちなみに、、、
バリ島に行くとココナッツミルク仕立てのスカッと辛い"バリカレー"はあるが、ジャワ島には深いコクとオトナの味"ジャワカレー"もなければ、もはやコンビニを去った"ジャワティー"も無い。
ワルン(安食堂)に入って、
Permisi, boleh saya pesan es teh Java?
「すいません、冷たいジャワティーください」
などとオーダーしようものなら間違えなく、冷たい「茉莉花茶」が甘くなって出てくる。




