表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/17

【新春お年玉スペシャル!5日間連続投稿】第1章-12 カルマの絆

ガンダーラ国スワート谷。


あれから七夜が過ぎた、ほぼ半分に欠けていた月は満月になった。


この時代にカレンダーのような暦を表すものはない。人々は月の満ち欠けと太陽の動きにより、日にちを知った。




けいの心のなかには、次第にアーロカに対する想いが募ってくるのをはっきりと自覚していた。


ジャーピタの簡単な手伝いをしながらも、考えているのはアーロカのことばかりだった。




(欲せず、拒まず、ただ見よ。汝は流れの岸に立つ一本の椰子の木)

(うっ。自分でもこんな気持になるとは思いませんでした)




(女、男、自分と他人、安易に観ることで渇愛が生まれ、やがて汝のように執着となる)


(無所有、人間は何も持たずに生まれてくる。そして死もだ)




(ヤナカさん、とはいえ男女が結ばれるのは自然の摂理ですよ、それに逆らっては行けないんじゃ、、)

(愚人よ!)



(はいーぃ)

(よいか、俗世の民はその自然の摂理(せつり)に任せ、安逸(あんいつ)を貪り、貪欲(とんよく)に流され、自己を放逸(ほういつ)なものとして許容し、何ら(かえり)みない。それ故、苦楽と愛憎を行き来する)




(はぁ)

(俗世の生、つまり今生(こんじょう)はそうしているうち、刹那(せつな)に終わる)


(ええ、確かに)


確かに、ヤナカの言っていることは正しい。


実際、自分の日本での生活を考えたとき、まず仕事ありきで自分のプライベートの時間を削り出すのは容易ではない。

なんとか作り出した限られた時間の中で、いわゆる”出会い”を探すのは至難の業になっている。


もちろん、出会いサイトやアプリを使えば、それなりに機会を得ることはあるにはあるだろうが、そのプロセスが慧にしてみれば違和感があった。


だから、積極的に相手を探すこともやがて億劫(おっくう)になり、未だにずるずると独身を通すしかないというのが本音である。




(汝よ、Niyatiニヤティだ)

(ニヤティ? ですか)



(然り、宿命。(ニヤティ)全て決まっている)

宿命、(ニヤティ)、)



(ヤナカさん)

Bhante(バンテ)と呼ぶ)



(ああ、バンテ・ヤナカ。すべてが決まっているなら修行は無意味なのではありませんか?)

(修行は無意味。行為の有無でも宿命は変わらない)



( だが、俗世の塵と垢で混沌としたぬるま湯に浸って生きるならば、今すぐにでもこの世を去るほうがまだ良い)



(極端ですね)

(現世の我身を如何に観るか? それだけだ)



(なるほど。とはいえ、バンテは高邁(こうまい)すぎて私にはとても理解が、、)

(然るに、我身を間借りするのであれば、我が教義に従うこと。逸脱(いつだつ)は認めぬ)




(ラジャー!わっかりました~)





慧の心がヤナカの心に反する行動を取った場合、頭に激痛が走る。

慧はそのことを恐れていて、ちょうど西遊記の悟空と三蔵法師の関係のようになっていたのだ。


また、ヤナカの心は慧の心に働きかけることはできるが、話したり、身体を動かしたりする事はできなかった。


つまり、身体のインプット/アウトプット(五感と挙動)は慧の心が行い、インサイト(insight)の部分でヤナカの心が働いていた。





(ただですね、バンテ)



(私思うに、アーロカさんと私は宿命で結ばれているような気がします)

何故(なにゆえ)




(はい、私がバンテの身体に入ってきたのは青い光を見たとき、そして、アーロカさんの工房にはあの青い光と同じ色をしたガンダーラ・ニーラという器がありました)

(即ち、”niyatiyā ban(宿命の絆)dhanaṃ” か、、)



(一度だけ機会を許す。だが、これが最後)

(ありがとうございます。バンテ・ヤナカ)





慧は、炭焼き職人のジャーピタにアーロカの工房に行くことを告げてから、炭焼小屋を出てスワート谷の下流へと向かった。


ーーーーーー

陽が昇り始めてから2時間ほどたった頃、スワート谷下流のアーロカの工房に到着。





“etha(さあ), pānīya(お茶を)ṃ pivatha(召し上がれ).”





 アーロカは、この前きたときに飲んだ例の美味しいお茶を淹れてくれた。


お茶のカップの横には、小さなガンダーラ・ニーラの小皿が添えてあり、ロティをくるくる巻いたようなものが3本乗っていた。


ロティの内側には、はちみつとギーを混ぜたような甘いタレがたっぷりと塗られていて、つまんで一口食べると、反対側から甘いタレが滴り落ちてきた。



(美味い!)



食べたことのない絶妙な甘さと、ロティの生地が香ばしく焼けた香りで口中に至福の時間が流れる。





“idaṃ(これ) madhuraṃ,(美味しい) sundara-(ですね)rasaṃ.”





hihi(うふふ), ayaṃ mad(その蜂蜜は)hu aññata(異国から)rāsu para(きたの)desesu āgato.”





(高級舶来品、いや違う、キャラバンで来たってことは、高級キャラ来品?)

〔↑いやいやいや、違うだろッ!〕




部屋はきれいに片付いていて、土間は掃き清められている。


棚に並んだガンダーラ・ニーラの端のほうに、小さな香炉があり、白く細い煙が上がっているのが見えた。





“ayaṃ gand(この香り)ho, kacci(たしか), ‘dhuppa(乳香と)naṃ’ iti v(いいましたか)uccati?”






āma,(ええ) evaṃ(そうです). idaṃ sālarā-naga(サラーラの)rato āgata(街からの)ṃ bhaṇḍaṃ(交易品です).”






sālarā (サラーラ)ti?() kuto(それは) nāma(どこに) taṃ?”






“ahaṃ(私も)pi na su(はっきり)ṭṭhu jānām(したことは)i; pana pu(わからない)ratthim(のだけど)āya disāya(西の方に) mahā-(大きな)dīpo a(半島が)tthi,(あって) tassa ag(その先端)ge tiṭṭ(の街)hati taṃ n(だそうよ)agaraṃ.”







disāya (西の方)mahā-dīpo a(大きな半島)tthi

(多分、アラビア半島のことだ。その先端ならば、イエメンかオマーンのどこかかな)






慧の推測は正しかった。


--------------



tena kho (ところで)pana s(慧さん)amayena, Kei(この間の)-āna, taṃ(話の続き) pubba-k(だけど)athaṃ anuba(いい?)ndhituṃ labbhati nu?”





āma(はい), vadath(どうぞ)a; attamanom(よろこんで!)hi.”






“sādhu(うん), mayhaṃ(実はね) supinassa (わたしの)kathāya (夢の話し)aññaṃ (続きが)pi atthi.(あるの)






evaṃ(そう) hoti(ですか).”






supine (私ね)paradesika(夢の中の)-rūpāha(異国の)ṃ purisaṃ(自分だけど) ekaṃ piye(ある男性を)na pa(好き)ssāmi(だった).”






so pa(でも)na puriso ge(その人に)he() putta(家庭)-dārena sa(があった)ma()nnāgato ahosi.”





“tena saddh(その人と)iṃ āg(会う)amma āg(うちに)amma, may(その人の)haṃ ku(子供が)cchiyaṃ t(できたの)assa putto nibbatti.”





“taṃ sutvā t(そのことを)assā bh(知った)ariyā at(奥さんは)iviya dukk(ものすごく)hitā hut(悲しんで)vā, att(自ら命)ano jīvi(を捨てて)taṃ chaḍ(しまった)ḍesi.”






sā hi itth(奥さんには)ī putt(子供が)aṃ na (できな)labhi.”(かったの)





 

evaṃ hot(なるほど)i, yaṃ vucc(いわゆる)ati paradāra--(不倫ですね)gamanam.”





evaṃyeva(そういう) hoti.”(ことね)

 





“atha k(しかし)ho pana idāni(今の) Arokā (アーロカ)aññā e(さんは)va hoti; n(その人では)a doso b(ないわ)haviss(けだし)ati, n’etaṃ?”






āma, sa(そうね)ce a(私が)haṃ it(普通の)thī yathā(女ならね) aññāyo siyā.”









“idha āga(こちらへ)ccha.”






アーロカは、慧を自分の寝室に招き入れた。




(え、え、まさかでしょ、まさかとは思うけど、この展開はチョット早すぎかと、、)




アーロカは寝台に腰を掛けると腰布をずらし、両足の付け根が見えるような姿勢を取った。






“passa(見て).”





(!)

慧の心に衝撃が走った。






evaṃ, ma(そうなの)yhaṃ it(わたし)thiyā sa(女性が)mbhavi(持って)tuṃ yutt(生まれて)āni aṅgā(くるもの)ni nat(置いて)thi,,(きた),,.”






tasmā k(だからね)ho, pubbe (さっき)kathit(話した)aṃ sup(夢の私)ina-attabhāv(あれすべて)aṃ sabbaṃ(過去の私) pubbakamma(がしたこと)ṃ mayā(だって) katant(確信して)i jānā(いるの)mi.”






Kammaṃ a(カルマは)nāgata(未来に)ṃ āneti; (つながる、)ayaṃ me (わたしの)kāyo tas(この身体)sa saccabh(がその証)āvo.




----------------------------------

”よく葉の茂った瓢箪(ひょうたん)畑の実は夏に見ることができず、葉が枯れた秋にその実の大きさがわかる”


ダンマパダの一節にこのような比喩がある。

業・カルマとは、人間の意(考え)・口(言葉)・身(行動)によってアウトプットされたものをいう。


今、現時点で起こしたカルマは、やがて果報(かほう)になって発露(はつろ)する。しかし、それが今生になるか、来世に持ち越すかは誰にもわからない。


したがって、カルマをアウトプットする前に、そのカルマが善なのか悪なのかを十分熟慮してからアウトプットする必要がある。


このように、ブッダは弟子たちを教戒した。

----------------------------------



[BGM]

“CELTANNIA - Cliffs of Moher, She Waits(Celtic Ballad)”

挿絵(By みてみん)


慧には、返す言葉も、慰めや同情の言葉も思いつかなかった。






ahaṃ(私ね), he Kei-bh(慧さん)ante, t(を一目)aṃ paṭha(見たとき)ma-dassane ev(こう思ったの)aṃ cintesiṃ—”






puriso(わたしが) yeva m(待って)ayā pa(いたのは)ccāsīt(この人)o”(って)







“evaṃ s(でも)antepi, ahaṃ tuyha(私は修行者)ṃ samaṇass(のあなたに)a na(手が) pāpuṇām(届かない)i.”







tvaṃpi m(あなたも)aṃ itth(私を女)ibhāve(として)na na ga(抱くこと)ṇhituṃ s(ができない)akkosi.”







purisassa (人の情欲)rāgaṃ (なしに)vinā, tvaṃ maṃ(あなたは私) na sakkosi(を愛せない) piyarūpaṃ kātuṃ.”








慧は、アーロカの言葉に、ただただうなだれていた。




しかし、小さなろうそくの火のようなものが心に灯るのを感じ、次第にそれが大きくなっていくような感覚が訪れた。







na h(いえ)etaṃ, naṃ.(ちがいます) aha()Aḷokāya pi(アーロカさん)yaṃ karomi(が好きです); esa mayhaṃ(その気持は) mano(絶対) na mic(間違って)chā hoti.”(いない) 






“evaṃ(でも), āma.(そう)gaṃ (そうだ)vināp(情欲)i ahaṃ tay(その情欲)ā piyo. ‘p(抜きででも)ema’ ti nā(あなたが)ma aññaṃ(好きです) hoti; atha (愛している)kho, had(というのも)ayenaye(違うな)va piyo(ただ)’smi. taṃ e(心から好き)kaṃyeva (なんです)niccaṃ (絶対に)amicu.”







“evamāha(本当?)?”






アーロカの瞳は慧の瞳を見つめたまま瞬きも忘れたように微動だにしない。





“kammabandho(カルマの絆) bhavituṃ (かもしれ)sakkoti.(ないわね)







慧は、無意識にアーロカに歩み寄って、右手を伸ばしてその頬に触れた。





(なんて、柔らかい頬なんだ)


ーガッツーン❕ー

「痛っ!いてててててぇえ~」

(以上だ。ここを離れろ、そして遊行へ出るのだ)





(そんな殺生な(泣))

(我が教義に従うと聞いた)





(はい、わかりましたバンテ)






Aḷoke, ac(アーロカさん)cekena vutt(突然ですが)aṃ—ahaṃ Bhant(私はヤナカ)e Yānaken(から遊行に)ā mama cār(出ること)ikaṃ pakka(を命じられ)mitun (ました)ti āṇatto’mhi.”





“handa vā(あらっ), (hāsaṃ karo((笑))ti).”





“tasmā idā(つきましては)ni gamissām(これにて)i. punadiv(失礼をさせて)ase dassa(いただき)naṃ (たく)piyo me(また会う日)......… (をたのしみ)ai-ai-ai—(いでででで)!”





“tvaṃ vi(まるで)ya nāṭako’si(芸人さんね)(hāsaṃ kar((笑))oti).”





tena hi,(それで) Ke()i, kattha(どこへ) gacchasi(向かうの)?”





(師匠、そうおっしゃってますが)

(王舎城)



(へっ?)

(マガダ国ラージャガハだ!愚人!)




“Magadhāna(マガダ国)Rājagaha(ラージャ)ṃ ga(ガハ)cchāmi.”(だそうです)





“sādhū, sād(わかったわ)hu. sammaṃ gac(気をつけて)cha; a(行って)ppamādena(らっしゃい) yāhi.” 






āma-āma,(そうそう) visosi. (忘れてた)khaṇaṃ (ちょっと)āgamāhī(まってね).”





アーロカは奥に行くとすぐに藍色の布を持って出てきた。





ayaṃ (これ)navo kāyaba(新しい腰布)ndho; azure-rā(アズレで)gena r(染めて)añjito. b(おいたの)huñjāhī (どうぞ)taṃ.”(使って)






anumodāmi(ありがとう), bahuṃ su(ございます)kataṃ.”





慧はその場で、真新しいアズレ染の腰布に着替えた。


垢で汚れきった古い腰布を外すと、アーロカは言った。





“aho vat(あらっ!)a, suṭṭhu ṭhi(ご立派ね)to’si.”







アーロカはそのまま微笑みを浮かべて、慧を見送った。











【脚注】

◯オマーンの乳香

この時代以降のアラビア半島ナバティア王国の時代に残る記録では、乳香/フランキンセンスは金よりも高く取引されている。

特に、アーロカの使っている乳香はオマーン国のドファール特別行政区のメサ(台地)、背後の砂漠地帯で栽培されサラーラの街に集荷されたグリーン・ホジャリと呼ばれる乳香で、現在でも世界最高品質を誇る。


ドファール地方のメサはアラビア半島で唯一の奇跡とも言える、緑の丘、湖と滝の落ちる川をカリーフの季節にのみ生み出す。

カリーフの季節が始まった最初の二週間程度しか収穫ができないロイヤル・グリーン・ホジャリは、価格も五倍程度に跳ね上がるが、Medical Grade(医療用)と記される。


一般的に乳香は、白濁色と言われているが、ドファールのボスウェリア・サクラ樹の幹から収穫されるグリーン・ホジャリは透き通るグリーンで、チアードロップ形状。

その薫香(くんこう)はライム、シトラス、あるいは観葉植物のアロマティカスによく似ている。


挿絵(By みてみん)

(ドファール産ロイヤルグリーン・ホジャリ:採取後から、数年経過しているためやや黄色味を帯びている)


また、他の香木や香材と異なり、乳香は炊いてしまうと香りが失われ、焦げ臭く煙いだけになり、その香りの特性が引き出せない。

故に、炭火と乳香の間に程よい間隙を持たせて炭火の熱で蒸散させ、白い煙が広がるように用いる。


大粒の乳香を小さく砕く際、フリーザーで2時間ほど寝かせる。キッチンペーパーなどでくるんで、木槌かジャムなどの瓶の底で軽く叩くと簡単に砕くことができる。


旧約聖書、新約聖書に記述があり、ヨーロッパ諸国の正教会のミサでは振り香呂に乳香をいれて焚く。

また、アラビアでは客人を迎える際に部屋に乳香を焚いてもてなし、かつて栄えたナバティア時代の街、その衰退とともに砂漠の遊牧民族となり、流浪の民となったベドウィンの生活には、宗教的な意味も含め必需品である。そして、アジャー山塊とサルマー山塊の峡谷にあるハーイルはかつてイブン・ラシード家の天然要害であったが没落し遺構が残る。その城中においても乳香を振り香炉で炊いたと見られる。

(資料:Queen of the Desert )


インドネシア・マレーシアなどのイスラム圏でもムスリムの家庭で用いられる。

また、抗鬱作用があるとされ中東では好んで使われる。



◯不倫・邪な情愛

原始仏教の在家における戒律では以下の表現になる。


kāmesu micchācāra



律の意図するのは、単なる既婚者のいる場合のみにとどまらず多義にわたる。

譬えば、保護者のもとで保護される娘(息子)、など。


1. 一般


既婚者

婚約者

親に保護されている

兄弟・親族に保護されている

法・慣習によって守られている

親の監護下にある年少者

自立判断能力を持たない者



2. 出家者・誓戒者


比丘・比丘尼

梵行を誓った修行者

在家でも「独身誓願」を立てた者



3. 隷・被拘束者


奴隷

捕虜

強制的隷属状態の者



4. 暴力・欺瞞を伴う関係


強制

誘拐

脅迫

酩酊・錯乱状態を利用

※ドラッグ・アルコールなどで意図的に判断力を奪う


◯ [BGM]について

物語を眼で追い、BGMを実際に耳で聴く事により、読書体験がより膨らむように選曲。


<利用例>

1. 最初に文章をエンドまで読み終える

2. 次に、BGM の QRコードを読み取り検索。または "(曲のタイトル)" をコピー、Youtube、Spotifyなどでコンテンツを検索

3. 曲を準備してもう一度最初から読む

4. BGM のところまで読んだら曲をプレイ

5. 続きの物語を読んでそのシーンの世界観を拡げる


検索結果が複数出た場合、オリジナルメディアの音源とライブなどバリエーションを聴き比べるのも楽しみ方の一つ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ