第32話 猪の頭
走り草との勝負に勝利したサキたちは“南の森”へと足を進めた。心地よい風で揺らぐ草原が広がっていた“南の平原”とは様相が変わり、“南の森”には風が吹いていないのにも拘らず、木々が騒めているような不気味な雰囲気が広がっていた。
「なんか不気味だね」
「そうですね……幽霊が出てきそうで、怖いです」
「……そうだね」
サキは「アリウムも幽霊じゃん」とツッコミたかったが、空気を悪くしてしまうことを案じて、口から出る一歩手前で言葉を呑み込んだ。
言葉というのは悪気がなくとも、時に人の心を切り裂く刃となり得ることを知っているため、センシティブな話題を話すときは慎重になる。彼女の場を笑顔へ変える能力は、天賦の才を持っているということもあるが、努力の成果であることも知っておいて欲しい。
彼女の努力のおかげで、場の空気が壊れることなく、モンスターとの戦いを迎えることになった。
「あれは……オークかな?」
草を掻き分けて近付いて来たのは、でっぷりと肉を蓄えた巨大な身体に猪の頭を載せたオーク。右手で引き摺っている棍棒は、大きく土を抉っていることから、かなりの重量があることが分かる。オークはそんな棍棒を振り上げ、駆け出した。
サキは刀を鞘に納めたまま、腰を下げる。重心を落とすことによって、機敏な動きを可能にする構えだ。
「春風流・居合斬り」
オークはサキの前に辿り着き、棍棒を振り下ろした。そこに技術や考えなんてものは存在しておらず、あるのは力でねじ伏せるといった本能のみだ。
そんな脳筋極まりない攻撃をサキが受けるはずもなく、棍棒が振り下ろされるよりも速く、抜刀と縮地の技術で、オークの背後へと移動していた。しかし刃はでっぷりと蓄えられた肉に拒まれ、まともなダメージを与えることができていなかった。
「やっぱり初心者の刀に戻っちゃったから、まともなダメージは与えられないか。でも私には仲間が居るから」
「きゅう!」
「はい!」
ただ、彼女には頼りになる仲間たちがいる。
棍棒を地面に叩きつけて、若干の痺れに襲われているオークに対し、カグヤは飛び蹴りを放つ。健脚から放たれる飛び蹴りは、でっぷりとした肉の鎧を超えて、オークに衝撃を与えた。オークはあまりの衝撃に、膝をついてしまっていた。
膝をつくというのは、頭の位置が下がるのと同義だ。アリウムは手頃な石を持ち上げ、オークの頭へ落とした。
だが飛び蹴りと頭に石を落とされてもなお、オークの体力を削り切るには至らなかった。
「……“聖炎”」
サキの刀が、鍔のところから先端にかけて、刃が炎が燃え滾る。聖なる炎を纏った刃に、初めてオークは警戒の表情を見せた。
オークの目には、炎の揺らぎと共に獲物の身体も揺らいで見えた。そして輝かしい刃が消えた。太陽が輝いているような普遍的な世界の上下関係がひっくり返る。どうしてそんな世界に変わってしまったのかを理解しないまま、ポリゴンとなって世界の輪廻へと還って行った。
「ふぅ、やっぱり技術や一芸がなくて、力だけの相手には簡単に勝てちゃうなぁ」
「サキお姉さん、やっぱり強いです!」
「まあ、努力はしてきたからね!」
サキは頬を赤く染めながら、胸を張っていた。
褒められてテンションが上がっているサキは、自慢の剣術を見せてあげようと思っていたが、思っていたよりも魔力を消費していることに気付いてしまったため、一度街へと帰ることにした。
――ステータス――
人物
プレイヤーネーム サキ
種族 人間
体力 4350/4350
魔力 3620/15800
職業 聖女Lv17
スキル 刀豪術Lv4 薬術Lv3 料理Lv1 採取Lv2 神聖魔法Lv2 テイマーLv4 魔力増加Lv14 毒耐性Lv2
称号 礼儀正しい人 規格外 ギルドマドンナのお気に入り 優しきテイマー
装備
頭
上半身 普通の服
下半身 普通のズボン
靴 普通の靴
武器 初心者の刀
アクセサリー 守護のネックレス
魔法
聖炎 ヒール エクストラヒール キュア 聖女の祝福 テイム
テイムモンスター
名前 カグヤ
種族 ルナラビットLv9
体力 253/253
魔力 315/740
スキル 月の波動Lv2 噛みつくLv6 飛び蹴りLv2 魔力増加Lv13
装備
アクセサリー
名前 アリウム
種族 幽霊少女Lv6
体力 245/245
魔力 210/840
スキル 青魔法Lv4 ポルターガイストLv2 霊体Lv―
装備
アクセサリー
魔法
アクアボール
――ステータス――
ファスターに戻って来たサキは、ステータスを確認してから街の中へと帰還した。
「スキルとかのレベルは順調に上がってきているから、装備を購入しないとなぁ」
「タイルさんって人が鍛冶師をやっているって言ってましたよ?」
「確かに! じゃあタイルさんのところに行って、武器だったり装備を揃えよう!」
「おー!」
「きゅう!」
サキたちは拳を突き上げ、タイルから聞いていた場所へと向かおうと思ったが、お金があまりなかったため、一度ギルドでアイテムを販売してから向かった。
「おっ、さっきぶりだな」
「タイルさん、さっそくなんですけど武器と装備をお願いしたくて」
「作るのは構わないが、お金はあるのか」
「このくらいなら……」
「それだけか……鉱石や素材を持ち込むのなら、足りるな」
「持ち込み……素材ならあるけど、鉱石は何処で採れますか?」
「今のところ鉱石が採れる場所は、“南の森”の先にある“ファンタ鉱山”だ。ただ、“ファンタ鉱山”に行くには“南の森”のエリアボスを倒さないといけないから、気を引き締めて挑めよ」
ファスター周りのマップでは、“東の森”、“西の森”、“南の森”、“北の森”にそれぞれエリアボスが存在しており、そのモンスターを倒さなければ、次のマップに進むことができなくなっている。
「そのモンスターは、初心者の刀でもダメージを入れられますか?」
「……無理だな。いや、どれだけ高性能な刀でもダメージを与えるのは無理だと思うぞ。なんたって“南の森”のエリアボスはゴーレムだからな」
「ゴーレム……倒せるか分からないですけど、行ってみます」
「おう、頑張れよ」
サキは再び“南の森”へ向かうことになった。
tips
・エリアボス
そのモンスターを倒さなければ、次のマップに進めない。
・現在公開可能なマップ
“南の森”の先 “ファンタ鉱山”
“北の森”の先 “マケトニア王都”




