第25話 鬼と死
「はぁ、久々にツマミになる相手かと思ったが、結局殺戮以上のツマミにはならないか」
鬼人は酒を一口呑み、向かってくるサキへと刀を振るった。斬撃の軌道は確実にサキのことを捉えたかのように見えたが、刀が触れるか触れないかの瞬間、姿を消した。そんなスキルは持っていないため、実際に消えたわけではないが、鬼人からすれば消えているように見えた。
サキが姿を消したカラクリは、卓越した観察眼によるものだ。鬼人の瞳の動きを観察し続け、瞬きした一瞬の間に死角へと駆け抜けることで、姿を消したように錯覚させていた。
「どこ行きやがった!!」
「……」
サキは天然だが、戦闘における頭は誰よりもキレる。だから声を上げたくなるような場面でも、静かに奇襲を仕掛けるクレバーな一面を持ち合わせている。
「……」
サキは無言のまま、刀を振り抜いた。刃は鬼人のアキレス腱を捉えた。一撃で両足の腱を斬ることに成功したサキだが、慢心することなく距離を取った。
「クソがッ!!」
鬼人は口調が荒くなるが、特に動きに粗が目立つようになったわけではない。冷静にどうして斬られたのかを把握し、二度目は喰らわないであろう気迫を放っていた。そして斬られたはずのアキレス腱の断面がうにょうにょと動き始める。
「……再生的なスキルを持っているのかな?」
サキは再生するアキレス腱に対して、慌てて追撃を仕掛けるわけではなく、冷静に状況を観察して次の攻撃に繋げようとしていた。そしてアキレス腱が完全に再生し、鬼人が再び立ち上がると、サキは刀を構え直した。
「その凄まじい観察眼が、お前を見失ったカラクリか」
「もうバレちゃった?」
「良いツマミになりそうだ」
鬼人は、酒瓶に残っている少なくない酒を口へと流し込んだ。強烈な酒精が全身に駆け巡り、完全に酔いが回った。全身が真っ赤になり、血管が浮き出ている。そして刀を放り投げた。
「……ヒック」
「その構えは……酔拳!?」
鬼人は拳を握ると、ゆらゆらとした独特な構えを取った。
そして駆け出すと、最高速度まで一瞬で到達する。そのままの勢いで、拳を突き出した。
サキは刀で拳の軌道を逸らそうと試みるが、一瞬の接触で逸らし切れないと悟り、後ろへと飛び退いた。攻撃を避けるために飛び退いたが、さらなる追撃を招くことになった。
鬼人は一瞬、自身の拳を見つめたのち、サキとの距離を詰めた。先ほど以上の鋭さで放たれた拳は、逸らすことも避けることも難しい速度と威力だ。
(一か八か!)
サキは拳の中心を刃の芯で受けようとした。拳の中心、すなわち威力の根源を芯で受けることができれば、刀が痛むことはない。しかし拳が炸裂するまでのコンマ1秒にも満たない刹那の時間で、拳の中心を見切り、そこに刀の芯をぶつけるなど至難の業だ。机上の空論――その表現するのが、最もふさわしいであろう神業にサキは挑戦した。
世界がスローモーションに見える。しかし自身の身体もスローでしか動かない。そんな中、拳が迫る。彼女は全力で刀を顔の前に持っていこうとするが、中々持って行けず、じれったい気持ちを抱いている間も、どんどんと拳は近付いてくる。
暴風が吹き荒れた。いや、そう錯覚してしまうほどの衝撃波が周囲の存在を吹き飛ばす。カグヤは勿論、生い茂り深くまで根を張った木々も、根元から折れて吹き飛んだ。唯一例外なのは、実体を持たない幽霊少女だけだ。そして彼女だけが、2人の戦いを見続けていた。
「はぁぁぁぁ!!!!」
「うおぉぉぉ!!!!」
サキは、鬼人の予測できない乱打、一撃一撃が致命傷になり得る強打を捌き続けていた。目を見開き、拳の中心を刀の芯で受け続けていた。そんな神技、神にも等しい御業は幽霊少女に感動を与える。あまりの衝撃に、彼女の閉じていた記憶の扉が開く。
「うっ――」
幽霊少女は頭を押さえ、その場にしゃがみ込んだ。開かれた扉から溢れ出る記憶の濁流に、頭が悲鳴を上げている。やがて濁流も勢いが止んでくると、記憶の整理に入っていく。
「私はアリウム……あの鬼人に攫われて……うっ、おぇ――」
幽霊少女――アリウムは胃の中の物を吐いた。幽霊にそういった概念があるのか分からないが、見た目だけは人間と同じように吐き出していた。
「“聖炎”」
サキは埒が明かないと思い、刀に聖なる炎を纏わせる。刃でダメージを与えることができなくとも、聖なる力は抜群に効いていた。酒に狂った鬼人は罪を数多に重ねており、罪に対する特攻を持つ神聖魔法が弱点になっていた。
「クソがッ!!!!」
鬼人の口調が荒くなる。想像を絶する痛みは、酔いを醒ました。【酔拳】によるバフが消えた今、サキはトドメを刺しに掛かる。
「これで終わりだよ! “春風流・一閃”」
サキの一閃は鬼人の首を捉えた。拳をぶつけ合った際の強度から、首を斬り落とすのに苦戦すると思っていたが、案外すんなり首は斬れた。
鬼人は苦悶の表情を浮かべながら、聖なる業火に焼かれて消えて行った。
「サキお姉さん!!!」
「おっと、どうしたの?」
アリウムは、戦闘を終えたばかりで疲れ切っているサキに勢いよく飛びついた。
「私はアリウムって言うの!! それで、それで」
涙を流しながらも話そうとするアリウム。サキは何か事情があることを察し、幼い少女のことを優しく抱きしめた。
「大丈夫だよ。言いたくなかったら、言わなくてもいいんだよ。私だって話したくないことの1つや2つ、あるもん」
「――」
アリウムは大きな声をあげながら泣く。本来モンスターを集める行為になってしまうが、何故だかモンスターが近寄って来なかった。
「きゅう!!!!」
衝撃波に吹き飛ばされたカグヤが戻ってきたが、過去最大の鳴き声で威嚇していた。
「どうしたn――」
「ワシの縄張りで五月蠅いぞ」
見なくとも分かる、格上。肌で感じる覇気のみで息が詰まってしまう。そんな強敵が背後に立っている。
サキは震える身体を制し、振り向きざまに刀を振るった。
「太刀筋は良いが、あまりにも切れ味が悪すぎる」
サキの刀が、背後に立つ存在の赤い皮膚に触れた瞬間、弾け飛んだ。弾き飛ばされたのではなく、弾け飛んだ。刀だったとは想像もつかぬほどに粉々にだ。
「そのネックレスは外しておけよ。戦うつもりがあるのなら、構わんがな」
サキは素直に“守護のネックレス”を外し、一度だけ死を避けられる効果が切れた。
「良い覚悟だ」
腰に差した日本刀を抜き、サキの首を刎ねた。
サキが最後に見たのは、システムがその規格外の存在について記したものだ。
『【UM】酒呑童子“頼光”』
tips
・酒呑童子
【鬼の総大将】と呼ばれるモンスター。滅多に出現することがないが、日ノ國で何度か誕生したとの報告が残っている。
鬼に対する支配能力が確認されているため、戦う場合は鬼系統のモンスターは連れて行かない方が良い。




