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不老不死にはわからない  作者: ある
対の二人
61/62

祝福

 門の前の空気が、ふっと緩んだ。


 先ほどまで張りつめていた魔力の余韻が静まり、代わりに、懐かしさのような温度が漂いはじめる。

 男が息を整えようとした、そのときだった。


「まったく……また勝手なことをしておるな」


 背後から、しわがれたが朗らかな声が響いた。


 振り返ると、そこには学園長が立っていた。いつの間に現れたのか、足音も気配もなかった。だがその存在感は、学園そのものの延長のように自然だった。


「迎え入れる前に試験とは、少し性急が過ぎるぞ、アニマ」


 学園長がそう言うと、空中でくるりと一回転していたアニマ・フォルマが、肩をすくめる。


「だって。学園に入る者は、わたしの“子”みたいなものだもの。ちゃんと見ておきたいじゃない」


 口調は軽やかだが、その奥には確かな責任が滲んでいた。


「この学園ができた日から、わたしはここを見てきたの。来る者、去る者、折れる者、育つ者。……だから、見定める必要があるのよ」


 学園長はやれやれといった様子で、だが口元は緩んでいる。


「その性格、昔から変わらん。わしがまだ子供だった頃も、そうやって偉そうに講釈を垂れておったな」


「だって、あなたは放っておくと無茶ばかりするんだもの」


 アニマはぷいと顔を背け、次の瞬間には学園長の周囲をふわりと一周する。


「転んで泣いて、魔力を暴発させて。あの頃は、毎日が世話焼きだったわ」


「ふぉっふぉっふぉ。懐かしい話じゃな」


 学園長はまるで幼子をあやすように、アニマの動きに目を細めた。


「この子はな、学園の“母”のようなものだ。わしがここに立つよりも、ずっと昔から、この場所を見守っておる」


 その言葉を、存在は静かに受け取った。

 彼女にはわかる。アニマの明るさの奥にある、長い時間と、選ばなかった干渉の重みが。


 学園長は、ふと表情を改め、男と存在へと向き直った。


「来てくれて感謝する。こうして門をくぐる前に会えたのも、縁じゃろう」


 そのときだった。


 アニマが、じとり、と男を見る。


 さきほどまでの朗らかさが嘘のように、値踏みする視線。


「……彼女のことは聞いていたわ」


 男は思わず背筋を伸ばす。


「でも。もう一人の“彼”って、誰?」


 存在が答えるより早く、男は口を開いた。


「僕は……彼女の夫です」


 はっきりと、迷いなく。


「心配だったから、ついてきました」


 一拍の沈黙。


 次の瞬間。


「えっ!? 夫婦!?」


 アニマの声が、思いきり裏返った。


「うそでしょ!? 本当に!? この子が!? あなたと!?」


 そう叫ぶや否や、アニマは男の周囲を高速で飛び回りはじめた。


「ちょっと、ちょっとちょっと! どうやって!? 何したの!? 魅了? 契約? それとも――」


 つんつん。

 肩を突かれる。

 袖を引かれる。

 頬の前まで顔を近づけられる。


 男は完全にたじろいだ。


「もしかして。……凄い技をもってるとか?」


 ニタァと表情をくしゃげるアニマ。

 おじさんみたいだなぁと心の中でつぶやきつつ、男はたじろぐ。


「い、いや、その……特別なことは……」


 そのとき、男は気づく。


 存在が、じっとこちらを見ている。


 無表情。

 だが、不快なのか、戸惑っているのか、あるいは別の感情なのか――判別がつかない。


(……まずい)


 空気が、微妙に歪む。


 そこへ、学園長の豪快な笑い声が割って入った。


「ふぉっふぉっふぉ! その辺にしておけ、アニマ。いつもの悪戯も、度が過ぎるぞ」


「えー、だって気になるんだもの」


「そろそろ訓練場の子供たちが待っておる。見学に来た客人を、門前で疲れさせるものではない」


 アニマは一瞬だけ頬を膨らませ、それから、ふっと表情を和らげた。


「……まぁ、いいわ」


 ふわりと、彼女は男と存在の頭上へと舞い上がる。


「歓迎するわ。あなたたちを」


 声は、柔らかく、どこか祝福めいていた。


「この学園は、探求する者の場所。ここで過ごす時間は、あるいは一生のうちで最も贅沢で、最も過酷なものになるかもしれない。

それでも。さあ、臆することなく踏み出しなさい。あなたたちが、この学び舎のなかでどのような時間を刻み、どのような『答え』へと辿り着くのか。その旅路を、わたしは心から楽しみにしている」


 光が、ぱっと弾ける。


 次の瞬間、アニマの姿は消えていた。

 魔力の残滓だけが、風のように漂い、やがて学園の奥へと溶けていく。


 学園長は、杖を軽く鳴らし、門を示した。


「さあ、入るがよい。ここからが、本当の始まりじゃ」


 男と存在は、顔を見合わせる。


 そして、並んで一歩を踏み出した。


 学園の内側へと。

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