隠せない匂い
庭の小道に、ふわりと足音が降りた。
存在は裸足のまま外へ出ていた。陽を受けた芝が、まだ少し冷たくて気持ちよかった。
数歩先、弟が火球を操りながら振り返る。まだ幼さの残る顔立ちだが、その瞳には芯がある。
十一歳くらいの、年相応よりも少しだけ背伸びをしたような印象の少年だった。
「やっぱ来たな。姉ちゃん……いや、お前、魔力あるだろ」
挨拶代わりにそう言い放つ。
存在は軽く目を細めるだけで、返事はしない。弟は構わず続けた。
「隠しても無駄。そういうの、わかるんだ。魔力ってのは、匂いみたいなもんだからな」
弟は誇らしげに胸を張った。
「俺はすごいんだぞ。魔力量も、感知精度も学校の教官が驚いたくらいだし……兄貴よりずっとな!
兄貴の魔法じゃ、火種にすらなってなかった」
声が裏返るほど嬉しそうに話す弟を、存在はじっと見つめていた。
その視線に気づいたのか、弟がふいに表情を引き締める。
「……だからさ、お前みたいにコソコソしてるの、ちょっとムカつくんだよ」
「コソコソ?」
「そう。わざと“普通っぽく”してんだろ? でも、お前の魔力、透けて見えてるぞ。静かで、形が崩れない……っていうか、全然漏れてないのに、なんでだ?」
それは、普通の魔法使いではあり得ない精度だった。
弟は“すごい”とは思いながらも、あくまで「上手い人」程度の認識にとどめている。
存在の魔力操作であえて、そのくらいと錯覚させてるのだが。
存在は、そんな弟の真っ直ぐな視線に少しだけ口角を上げた。
「……あなた、面白いわね。目も、心も、真っ直ぐで」
「褒めたって何も出ないぞ。俺は強いんだからな。弱いヤツは守るって決めてるし、兄貴も、まあ、俺がいなきゃダメなときあるしな」
存在が小さく吹き出すと、弟はふてくされたように顔を背けた。
「何笑ってんだよ」
「ええ、なんでも。……ねぇ、弟さん。そんなに力があるなら、ちゃんと制御しないと。さっき、草が燃えかけてた」
「ぅ……見てたのか。……あれは、風が急に吹いたせいだ。火は、気持ちが乗ると……こう、爆発するんだよ」
言い訳のような言葉の中に、少しだけ自責の色が混じる。
存在は、その複雑な表情を見逃さなかった。
「あなたの魔法って、感情とすごく近いのよ。だから、怒りや焦りが混じると、すぐ形が崩れるの。あなたの火は、今ちょっと、暴れ気味だった」
「……そういうの、教えてくれるんだ?」
「必要ならね」
「ふん。じゃあさ、俺が頼んだら教えるか?」
「頼み方によるかもね」
弟はしばらく考え込んだあと、唐突に地面に座り込んだ。
「……よし、じゃあ! 試してやる! 勝負だ! 俺と魔法勝負!」
唐突すぎる挑戦状に、存在は少し驚いたように目を瞬かせる。
「いきなりね」
「だって! 強いなら、ちゃんと見せろよ。俺に勝てるなら、教えてもらってもいいかなって思ったし!」
「なるほど。じゃあ、まずはあなたに認めてもらわないといけないのね」
「当然だ。俺、こう見えて兄貴よりずっと強いからな」
その言葉に、ちょうど後ろから足音が近づく。
「おい、調子乗るなって……。今度は何してんだ?」
男がやって来た。コップを片手に、少し眉をひそめて弟と存在の間を見る。
「勝負らしいわよ。魔法で」
「は? お前、相手誰だと思ってんだよ。怪我でもしたら……」
「だいじょーぶ! 俺の火、ちゃんと止められるなら、本物ってことだろ? それに……」
弟は存在をちらりと見て、小さく肩をすくめた。
「この人、ぜってーただ者じゃねぇって、その澄まし顔……とってやるよ」
その言葉に、男と存在の視線が交差する。
その瞳の奥にある、言葉にならないものが、春風に紛れて揺れた。




