元男子の美少女とはじめてのおつかい
「おう坊主、ここはガキの遊び場じゃないんだぜぇ?さっさと帰れ帰れ!」
ギルドに足を踏み入れると、またしてもあの酔っぱらいの声が聞こえてきた。見れば年端もいかぬ少年に絡んでいる。
「ガキじゃない!ちゃんと依頼に来たんだ。お金ならここにあるから……。」
「なにぃ?」
酔っぱらいが少年の手から小銭を受け取り律儀に数え始める。
「たったの83メニーかよ!俺様に依頼をしたきゃ、この100倍は持ってこ」
酔っぱらいの口が「こ」の形で固まった。入り口に立つ俺たちに気が付いたのだろう。
「どうかしたのか。」
リアが酔っぱらいに詰め寄る。先ほどまでのお嬢様口調はどこへやら、酔っぱらいが気の毒になるレベルの威圧感をもって凄むリア。「ロールプレイならお任せですわ!」とはリア本人の談だが、すっかり髭の巨漢になりきっている。
「やっ、き、筋肉のだんなっ!いやなに、このガキがはした金で依頼をしたいなんて言うもんで、礼儀を教えてやっていたんでさぁ……。」
酔っぱらいの声がみるみる小さくなっていく。俺は酔っぱらいを無視して少年に歩み寄ると事情を聴く。
「ねえちゃんがいなくなっちゃったんだ……。騎士団にも頼んだけど見つからなくて。ここなら見つけてくれる人がいるかと思って……。」
人探しか。確かに酔っぱらいの言う通り、83メニーでは宿代どころか露店の串焼きすら買えないが……。
「リア、構わないよな?」
「もちろんですわ!じゃなかった、もちろんだ。その依頼、我々が引き受けよう。」
あんぐりと口を開く酔っぱらいの脇を通り抜け、俺とリアは受付の少女に依頼の承諾を伝える。ギルドを介した正式な依頼という手続きを踏んでおけば、冒険者としての実績にもなるだろう。少年は目に涙を溜めながら「ありがとう。」と呟いた。なに、困っている子どもを見過ごしたら男がすたる。この小銭だって少年が必死にかき集めたものだろう。大切な身内がいなくなったのだ。少年の心中は察して余りある。
「まずは状況を確認したい。お姉さんはいついなくなったんだ?」
「二日前だよ。朝起きたらいなくなってて、いつもはぼくに朝ごはんを作ってくれるのに、こんなこと今までなかったのに……。」
泣きそうになる少年をなだめながら状況を整理する。少年の姉(ライザという名前らしい)は道具屋を営んでおり少年と二人暮らし。三日前の夜にはまだ家にいたらしいから、夜のうちに家を出てそのまま行方不明になったということか……。
「なんでぇお前、道具屋の姉ちゃんの弟かよ。どうせ男と駆け落ちしたとかそういうオチだr」
リアが物凄い形相で酔っぱらいを睨む。酔っぱらいは「ひぃん」と鳴いてギルドの片隅にうずくまった。
「男……そうだアイツだ!きっとアイツがねえちゃんをさらったんだ!」
少年が思い立ったように叫ぶ。
「アイツって?」
「斜め向かいに住んでるニコルってやつ!アイツ、いっつも遠くからねえちゃんのことジロジロ見てたし、絶対そうだよ!」
なるほど、確かに怪しいな。俺とリアはそのニコルという男に会いに行くことを決め、ひとまず少年の姉が営む道具屋――『カリンカ道具店』へと足を運ぶ。店の軒先には少年と二人で撮ったのだろう写真が飾られていた。長い髪を三つ編みに垂らして優しく微笑む女性――この女性がライザだろう。少年とは二人暮らしらしいが、両親はいないのだろうか。
「とうちゃんとかあちゃんは仕入れに出かけた先で事故に遭ったって……ねえちゃんまでいなくなったら、ぼく……。」
再び泣き出しそうになる少年をリアが優しくなだめる。
「大丈夫。お姉様は必ずわたくしたちが見つけ出しますわ。」
リアの言葉に少年は一粒だけ涙を流し、ぐいと目元を拭ってリアに礼を言った。
「ありがとう。変な喋り方のおじちゃん。」
俺は吹き出しそうになるのを必死に堪えたが、肩の上ではリースが「ぶふっ!」と盛大に吹き出していた。いや、リアをこんな姿にしたのお前だからな。
「とにかく、そのニコルとかいうヤツに話を聞かないとな。」
こちらには最終兵器筋肉髭ダルマがいるのだ。吐きたくなくても吐いてもらうぜ。
ギルドの酔っぱらい:D級冒険者。ギルドでは冒険者をE~Sまでランク付けしており、Sランクの冒険者となると世界に数人しか存在しない。Eに留まっていないあたり、この酔っぱらいも酔ってさえいなければそこそこやる……のかもしれない。あまりにも性格がアレではあるが。