元美少女のムキ髭ダンディ、かく語りき
巨躯の髭男――リアはいかにもお嬢様然といった口調で名乗りを上げた。視覚と聴覚の両方から取り込んだ情報に脳の処理が追い付かない。俺には見える。筋肉ダルマを通して窓辺に佇む病弱な美少女の姿が……!
俺はジロリと横目でリースを睨む。こんなふざけたキャラメイクをするヤツなんざこの世に一人しか存在しない。俺の言わんとするところを察したのか、リースが慌てて弁明を始める。
「ご、誤解ですっ!リア様のお姿は彼女がお望みになられた姿そのもので……!」
「えぇ、確かにわたくしはあの日、病床で願いました。病を知らぬ強い身体に生まれ変わりたいと――。」
どこか遠いところを見るような目をしたリアが呟く。リースが必死にコクコクと首を縦に振っているが、要するに病気とは無縁の健康的な肉体をオーダーしたら筋肉ムキムキの髭ダルマにされたってことだろ?コイツはまず自分の病的なセンスをなんとかするべきだ。
「リースティア様には本当に感謝していますわ。」
訂正。この人のセンスも大概だった。俺か?俺がおかしいのか?
「えぇと……やっぱりリアも懸賞で転生チケットを当てたのか?」
「いいえ。わたくしの場合は不治の病に侵され余命幾ばくも無く……最後に甘いものが食べたいと爺やにお願いしたところ、買ってきてもらったチョコレートの包装の中にチケットが入っていたのです。」
チョーリーとチョコレート工場かよ……。えらく手の込んだ仕掛けだがそれも女神がわざわざ仕込んだのか。というかあの転生チケットって世界に何枚くらい存在したんだ。
「ざっと100枚はばら撒きました!ですが皆様、せっかくチケットを手に入れてもゴミ箱にダンクされる方がほとんどで……。」
まぁ、『異世界に転生できるチケット』なんて見るからに怪しいもんな。俺みたいに望んで入手したわけじゃないのなら……人生が充実している奴には必要ないものだろう。というか人の思考を読むんじゃない。
「わたくしはこうして生まれ変わることができ、本当に感謝しているのです。逃れられぬ死の影に怯えていた私に第二の人生を与えてくれた……両親も爺やも涙ながらに見送ってくれましたわ。」
家族公認かよ。すごいな。転生もので家族公認ってあまり見ない気がするが……。まぁ、確かに娘が死んでしまうよりは、たとえ二度と逢えなくとも生きてほしいと願うものか……まさか筋肉髭ダルマにされているとは夢にも思わないだろうが。
「とにかく同じ転生者に出会えて嬉しいよ。よかったらしばらく一緒に行動してくれないか?」
同じ境遇の相手がいるのは心強い。それにリアは俺より先にこの世界へ転生しているのだから、俺よりも情報を持っていると考えるべきだろう。俺の提案にリアは嬉しそうに頷く。
「それは素敵な考えですわ!わたくし、幼少の頃よりずっとお友達もおらずひとりぼっちでしたから……よろしくお願いいたしますわ、アリス様!」
バリトンボイスにですわ口調って人の脳をバグらせるんだな。悪魔も二度聴きどころか三度聴きするレベルの合体事故だろ、などと考えながら俺はリアのゴツすぎる手と握手を交わす。最後に誰かの手に触れたのはいつだったか……リアの手は武骨だが温かかった。
「私も忘れないでくださいっ!」
言いながらリースも小動物としての小さな手――前脚か?を俺たちの手の上に乗せる。見た目だけは少女の俺と中身が令嬢の大男に小動物の姿をした女神……なんとも珍妙な組み合わせだが、不思議と安心するのは俺も天涯孤独だったからだろうか。俺たちはしばし談笑したのちに今後の指針について考える。
「やっぱり先立つものは必要だよな……となるとギルドで依頼を請け負うしかないか。」
「そうですわね。何か特別な技術があれば商売でもできそうなものですが……。」
技術……技術か。確かに今の俺が討伐系の依頼を請け負うことは難しい。とはいえ俺自身も商売ができるほどのスキルがあるわけでもない。何か閃きそうではあるんだが……。いや、まずは明日の宿代を確保したい。ここはやはりギルドに出向いて依頼を確認するべきだろう。
「よし、それじゃギルドに戻ろうか。さっきのアイツ、いないといいけどなぁ……。」
「大丈夫ですわ!アリス様はわたくしが守ってさしあげます。」
なんとも頼もしい相棒だ。ニッコリと微笑むリアに苦笑を返し、俺たちは宿屋を後にした。
宿屋のおばちゃんは客に振る舞う晩御飯を作っています。