元男子の美少女、ムキムキ髭ダンディにも危機を救われる
あまりにも低く威圧的な声に俺自身も肩をビクッと震わせてしまった。見れば筋骨隆々とした巨躯の髭男――背負っているのはスレッジハンマーか?――が俺を庇うようにして目の前に立っている。酔っぱらいの肩に置かれた分厚くゴツゴツとした手は今にも骨ごと肩を粉砕しそうだ。
「ひぃぃっ!か、勘弁してくれよっ!」
腰が抜けたのかその場にへたりこみ、尻もちをつきながら後ずさる酔っ払い。絵に描いたような小物ムーブだ。漏らさなかったことを褒めてやるべきか、などとのんきに考えていると、髭の大男がぐるりとこちらを振り返る。正対すると確かに物凄い迫力だ。「ズォォ」という効果音が目に見える気がする。
「大丈夫か?」
「あ、はい。えぇと、ありがとうございます。」
人に助けられるのはこの世界に来てから二回目だ。俺は幸運の女神に内心で感謝の祈りを捧げる。肩の上でこの世界の女神がこちらを睨みつけている気がするが……なんだヤキモチか?
ふんっと顔を背けた女神だったが、その目が巨躯の髭男を捉えると、俺の肩の上から天井にぶつかるんじゃないかと思う高さまで跳び上がった。愉快な芸当だ。いよいよ高値で売れるかもしれない。
(アリス様!アリス様!)
念話を通じてリースが話しかけてくる。やけに興奮しているが、もう少しボリュームを下げてくれ。
(この方、アリス様の前にこの世界に来られた転生者様です!)
「っ!?」
リースの言葉に耳を疑う。まさかこんなところで俺以外の転生者と出会えるとは。いよいよ幸運の女神が俺に微笑んでいるのを感じる。おかしいな、俺のLUCは10しかないんだが……。
気まぐれな幸運の女神に感謝しながら、俺はこの大男と関係を築く算段を考える。この男が本当に転生者だというのであれば、是が非でも腹を割って話がしたい。酔っぱらいから守ってくれたのだから悪人ではないだろう。
(間違いないのか?)
俺が心の中でリースに話しかけると、リースは嬉々として答える。
(この鍛え抜かれたムキムキボディにダンディなおひげ!間違いありませんわー!!!)
んわー……んわー……んわー……と頭の中でリースの声がこだまする。そうだった、転生者ということは目の前のムキムキ筋肉ヒゲだるまもまた女神の創造の産物なわけで……またえらいもんを創ったものだ、改めてリースのセンスに頭が痛くなる。俺は頭を抱えそうになったが、この機を逃すわけにはいくまい。
「……はっぴの女神に見覚えは?」
俺の言葉に巨躯の髭男が目を見開く。そう、それは転生者のみに通じる合言葉……俺は女神がこの大男の転生もはっぴの姿で出迎えた可能性に賭けた。なにせ小動物の姿となった今でもわざわざサイズチェンジしたはっぴを羽織るほどだ、よほど気に入っているに違いない。俺の前に何人がこの世界に転生してきたのかは知らないが、このポンコツ女神がその全員をはっぴ姿で出迎えていたとしても不思議ではない。話を戻そう。
「話がしたい。ついてきてくれないか。」
俺の言葉に大男がコクリと頷く。こうなりゃ依頼は後回しだ。俺は大男を引き連れて宿屋へ戻ると、ヴィンハイムが借りてくれた部屋へと案内する。俺の後ろをのしのしと歩く筋肉ダルマに女将が吃驚していたが致し方ない。邪魔が入らずに話せる場所といえばここしか思い浮かばなかったのだ。許せ女将。見た目は威圧感ハンパないけど悪い人じゃないよこの人。たぶん。
「改めてさっきは助かった。俺はアリス。つい先日この世界に来たばかりの転生者だ。中身は男なんだが、コイツのせいでこうなってしまった。」
部屋に入るなり俺ははっぴを着た小動物……もとい女神を突き出しながら自己紹介した。情報量の多さに髭面の大男は目をパチパチとしばたたいていたが、やがて得心がいったというように笑い出した。
「こちらの可愛らしいイヌウサギさんは女神様だったのですね!道理で見覚えのあるはっぴだと思いました!」
くすくすと笑う髭男(ムキムキ筋肉+ごついスレッドハンマー付き)……くすくすと笑う髭男ってなかなかのパワーワードだな、そうそうお目にかかれる絵面ではない気がする。しかしなんだこの違和感は。違和感でありながら同時に激しい既視感を覚える。何か、ものすごく身近な違和感とでも言うべきか。
「申し遅れました。わたくしの名前はドルトリア・ドルトヴァレリア……リアで結構ですわ。」
ニッコリと微笑むドルトリア……リアの姿に俺は深窓の令嬢を幻視した。
もしかしなくともドルトリアさんの前世での性別は女性です。