元男子の美少女、世界に降り立つ
ひょんなことから『美少女アリス』として転生した俺は、何やら寂れた廃教会で目を覚ました。以前は荘厳であったのだろうその場所は今や荒れ果て、蔦や苔などの植物があちこち好き放題に侵食している。中央にある祭壇には、あのはっぴの女神――リースティアの彫像が祀られているが、長らく手入れをされていないらしく、その色はくすみ、埃を被っている。
「かなしいですねぇ」
ポンポンと埃を払いながらリースティアが呟く。何やら当たり前のように存在しているが、何故ここにいるのだろうか。俺はてっきり一人で異世界に放り出されるものだと思っていたのだが……。
俺の怪訝な視線を感じ取ったのだろう、リースティアはこちらに向き直り口を開く。
「私のミスであなたを超絶美少女として転生させてしまったのです……私もあなたの旅に同行します!」
……。
ありがたい(?)申し出ではあるのだが、転生ものとしてそれはどうなのだろうか。女神を連れまわすって……。俺はやる気に満ち溢れた表情のリースティアを見て暫し考える。うん、とりあえずはっぴは脱がそう。それに、いかにも「女神です」といった――外見だけは、そう、いくらその中身が隠し切れないポンコツ感を漂わせているとしても、その見た目はあまりに目立ちすぎる。ここは丁重にお断りするべきだろう。
「あー、気持ちは嬉しいんだけど、俺も別に気にしてないからさ。」
その言葉に偽りはない。美少女に転生したことを喜ぶ気持ちは微塵も無いが、成ってしまったものはしょうがない。取り消しが効かないとなれば気にするだけ時間の無駄だ。というか超絶美少女って……半分おもしろがってないか?コイツ。
「まぁそういうわけなんで。お世話?になりました。」
くるりと背を向けて歩き出そうとする俺のスカート(あろうことか初期装備が布のドレス。動きにくいにも程がある。)の裾がグワシッ!と掴まれる。振り返ればそこに女神はおらず、視線を下に向けるとまるでほふく前進をするかのようなポーズのリースティアが泣きながら首をイヤイヤと振っている。お前……仮にも女神だろう、威厳はどうした、威厳は。
「おねがいじまずぅぅ。このままでは女神の沽券にかかわるんですぅぅ……それに、私の考えうる限りの「可愛い」を詰め込んだあなたを間近で見ていた……じゃなくて、おねがいじまずぅぅ。」
何やら聞こえてはいけない言葉が聞こえた気がしたが、とにもかくにも面倒くさい。ええい、スカートを引っ張るなスカートを!というか、初期装備にドレスを指定したのも絶対コイツだろ、世界救わせる気ないだろ、おい。
「わかったからその手を放せ!ったく……わかったよ。ただし条件がある。そのド派手な見た目をなんとかしてくれ。あんた、彫像があるくらいなんだから民草に面は割れてるんだろ?女神が街中を歩いてたら爺さん婆さんなんてショック死しかねんぞ。俺は殺人の幇助はしたくない。」
「わっかりましたぁ!」
先ほどまでべそをかいていたとは思えないほどの変わり身に頭が痛くなってくる。このポンコツ女神を連れて世界を救う旅をするとか……いいように振り回される未来しか見えない。しかし男に二言はない。いくら見た目が少女になろうとも、魂は男のままだ。頑張れ、俺。負けるな、俺。
リースティアが眩しい光に包まれる……次の瞬間、そこにいたのは犬とも兎ともつかない、なんというかこの女神のあざとらしさを十二分に象徴するかのような、まぁ可愛らしいことは認めよう、小動物だった。……問題ははっぴだ。なぜ脱がない。あれか、おばちゃんが愛犬に服を着せるやつ。まさか本気ではっぴの女神にクラスチェンジするつもりか……?
俺の渋面などフル無視してエッヘン!といわんばかりに胸を張り、そのつぶらな瞳でこちらを見上げる小動物――もといリースティアの渾身のドヤ顔を無視し、俺はスタスタと歩き出す。
「あぁっ!待ってください!」
ピョンピョンと跳ね回りながら後ろをついてくるリースティア。というか喋れるんだな……。犬?兎?が喋ったらそれはそれで爺さん婆さんもショック死するのではなかろうかと思ったが、俺はもう何も考えないことにした。
女神なので当然といえば当然なのですが、リースティアは黙っていれば人智を超えた美人です。中身がアレなために「残念な美人」に成り下がってしまっていますが……。