男子、三日会わざれば美少女になる
別に今の人生に不満があるわけじゃない。趣味は無いが仕事はあるし、友達もいなければ恋人もいない。どのみち孤児院出身だ。家族なんていやしない。今日も今日とて仕事に行き、疲れて帰り、朝まで寝る。毎日がその繰り返し。うん、不満なんてアルワケナイ。
あるわけないのに当たってしまった、『異世界転生チケット』。
俺はただ毎年恒例〇マザキ春のパン祭りの懸賞に応募しただけなのに、手に入ったのは何故か白いお皿ではなく一枚の紙切れだった。今年の皿はやけに軽くて薄いなとは思ったが、まさか皿じゃなかったとは。おのれ〇マザキ。いや〇マザキは悪くない。悪いのはきっと俺だ。本当は不満しかないこの人生から目を逸らし続ける俺に対する警告だこれは。
「本当は生まれ変わりたいんだろう?」
チケットがそう言っている気がした。俺の考えを見透かされたような気がして気分が悪くなるが、お前に言われなくても分かっている。俺は生まれ変わりたい。
ならば――掲げよう、このチケットを。行ってやろうじゃないか、異世界とやら。これが手の込んだドッキリだとしても構うもんか。虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。俺は「ずんばずんば」と唱えながらチケットを掲げる。
次の瞬間、俺の視界が真っ白に染まり、次いで身体がふわりと浮くような感覚。なるほどこれが異世界転生、原理は不明だがあまり気持ちの良いものではない。この浮遊感というか、ジェットコースターとか苦手なんだよなぁ、俺。
などと考えているうちに両足が地面に着地した感覚を覚える。視界は依然として真っ白のまま……というか眩しすぎて何も見えない。
ふと、眩しさに目が慣れるのを待っている俺の耳に、この世のものとは思えないほど美しく澄んだ声が聞こえてくる。まぁ、ここが異世界なのであれば、さっきまで俺がいたこの世では既にないわけだが。
「ご当選おめでとうございます!ようこそフェテネシアへ!」
なんかはっぴ着てベルとか持ってそうな台詞だなぁ、抽選会場かよここは。そう思いながら漸く眩しさに慣れた目を開けると、はっぴ着てベルを持った女神……としか言いようのない存在がそこにいた。ミスマッチにも程があるだろう。あぁっ、ベルを鳴らすんじゃない。カランカランうるさい!
「私はこのフェテネシアを見守る女神、リースティア。今この世界は闇に覆われ、人々は魔王の脅威に苦しんでいます。どうか貴方様のお力をお貸しください、アリス様!」
……どうにもテンプレな導入だが、問題はそこじゃない。まず、俺の名前はアリスじゃない。このはっぴ着て目をキラキラさせている女神はどうやら人違いをしているらしい。というか見て分かるだろ、我、男ぞ?
「あー、女神様?悪いけど俺はアリスさんじゃ……」
言いかけて妙な違和感を覚える。身体の感覚がハッキリしてきたからというのもあるが、何かがおかしい。ふと、はっぴ女神の隣に置かれたご大層な鏡が目に留まる。そこに映っていたのは……。
……。
「なんじゃこりゃあ!!!」
そこに映っていたのは、どこからどう見ても女性だった。淡い金色の長い髪、透き通るような白い肌にどこまでも続く大空を思わせるような青く澄んだ瞳。AⅠが作成したCGじゃないのかと疑いたくなるような一人の美しい女性の姿……これが、俺?
「どうかなさいましたか!?アリス様!」
はっぴ女神がバタバタとこちらに駆け寄り、俺の顔を覗き込んでくる。動くたびにカランカランと鳴るベルもそうだが、頭のハチマキもうるさいな……「うぇるかむフェテネシア」ってまさか手書きか?いや、それどころじゃない。
「あー、リースティア様……でしたっけ?」
「はい!」
妙に人懐っこいというか、女神らしくない女神(はっぴの姿)に向けて、俺は当然のように疑問をぶつける。
「俺、男なんだけど。この姿は一体?」
はっぴの女神……もといリースティアはポカンと口を開けて固まってしまった。仮にも女神がそんな面白い顔を晒していいのかとは思ったが、とりあえず彼女のフリーズが解けるのを待つ。
「……ぁぁぁ。」
「ん?」
「やってしまいましたぁぁぁ!!!」
美しい眉を八の字にし、頭を抱えてリースティアが蹲る。よく見ればべしょべしょと泣いている。女神を泣かすって相当だぞ。大丈夫なのか、これ。
俺はダンゴムシのように丸まったリースティアの隣に膝をつき、とりあえず彼女の話を聴くことにした。彼女がもしょもしょと泣きながら語ったところによると、どうやら転生者のキャラメイクは女神が担当するものらしい。それこそ初期のステ振りから習得スキル、成長の傾向と武器の得手不得手……そして性別、外見、あと名前。
彼女の話によれば、性別は通常、転生前のものと同じにするところを「まちがっちゃった」らしい。あとはノリノリで「わたしの考えたさいきょうの美少女」を爆誕させた……って、いいのか、世界。この女神で。遠からず滅ぶぞ。
「本当にごめんなさい……。私のミスでこんなことに。」
ぽろぽろと涙を零しながら謝られては、こちらとしても怒る気にはなれない。なれないが、そのハッピーセットフル装備で謝られると実は高度な煽りなんじゃないかと思えてくる。まぁいい、女神にもミスくらいあるだろう。
「あー、転生する前の段階で気づけてよかったよ。とりあえず、性別だけ直してくれる?外見と名前も適当でいいからさ。」
「……せん。」
「ん?」
「できません……。貴方は既に美少女『アリス』として顕現してしまった。ここから修正することは私にも不可能なんです……。」
……。
はい?
かくして俺こと美少女アリスのフェテネシアでの冒険が幕を開けることとなった。
リースティアさんがいるのは現世と異世界とを繋ぐ中間地点のような場所です。彼女はちょうど主人公の前に訪れた転生者をムキムキ髭ダンディにビルドしたところだったため、「次は可愛い女の子にしたいな〜」という純粋ではた迷惑な潜在的欲求を爆発暴走させた結果、美少女アリスが生まれました。