7.事情聴取
「このままにしておくわけにもいかないし、事情を聞く必要がある。
学生会室に連れて行くから、おとなしくしていてくれ」
アレクシス様に抱き上げられ、混乱して頭の中がぐるぐると回りだす。
どうしたらいいのかわからないで固まっていると、
そのまま近くの建物の中へと入っていく。
大きな扉をアレクシス様が足でノックすると、中から令息が出てきた。
「どうしたんですか!?」
「怪我人だ。事情を聞くために連れてきた」
「わかりました!」
学生会室の内装は教室とはかなり違っていた。
まるで公爵家の客室のような豪華な造り。
学生会室は関係者以外立ち入り禁止だとお義姉様が言っていた。
連れてこられたとはいえ、私が入っていいのだろうか。
アレクシス様は私をゆっくりとソファへと降ろしてくれる。
すると、さきほどの令息が何かを手にして戻ってきた。
「アレクシス様、持ってきました」
「ああ」
なんだろう……魔術具のようだけど。
「すぐに治療する。痛むのはどっちの足だ?」
「あ、右足首です」
「……悪いが、ふれるぞ」
返事をする前に、足首へとアレクシス様がふれる。
痛みもあるけれど、アレクシス様がふれたことで身体がびくっとなる。
「痛むか……少しだけ我慢してくれ」
「……はい」
少しずつ痛みが薄れていく。
この魔術具は治療具だったんだ。初めて見る。
今まで怪我をしたことがないわけじゃないし、
公爵家にもあると思うけど、私に使われたことはない。
私なんかに魔石を使うのがもったいないからだと思う。
「もう、大丈夫か?」
「はい。痛みはなくなりました。
こんな高価な魔術具を使わせてしまって申し訳ありません。
助けていただいてありがとうございました」
「ああ。さっきの状況を最初から説明してくれるだろうか?」
「……はい」
あれを説明するということは、
アレクシス様に私が不真面目だとわかられてしまうことになる。
そういう人だと思われたくないけれど、説明しないわけにもいかない。
仕方なく教室から連れ出されたところから説明を始めたら、
さきほどの令息が私の話を書き留めている。
もしかして、これはどこかに報告されるんだろうか。
アレクシス様は私の話が終わるまで黙って聞いていたけど、
なぜか隣国クルナディア王国の言葉で話し出した。
『今日のことは公爵家に報告したほうがいいか?』
「え?」
『言われたら困るのなら、あの令嬢たちは軽い処分にして、
公爵家には言わないでおくこともできるが、どうする?』
どうしてクルナディア語なのかはわからない。
ふと、後ろにいる令息が慌てているのが見えた。
もしかして、令息はクルナディア語がわからない?
令息には内緒で罪を軽くしてくれるってことなのかな。
じゃあ、私もクルナディア語で話したほうが良さそう。
『できるのなら、そうしてください』
『あの令嬢たちに恨みはないのか?』
『困ってはいましたけど、恨むようなことではないです。
あの令嬢たちは、私に真面目になってほしかっただけだと思います』
『公爵令嬢にあんなことをして許されるとでも?』
それは困る質問だ。
たしかに身分が上の令嬢にあんなことをして許されるわけがない。
それを許したら、身分制度が崩壊してしまう。
だけど、私はそこまでする必要はないと思った。
『私は本当の公爵令嬢ではありません。
母が再婚して養女にしていただいただけですから』
「そうか。マルス、これでわかっただろう?」
「……はい。そうですね。アレクシス様が正しいみたいです」
何を言っているんだろう?
後ろに控えていた令息が私へと頭を下げる。
長い金髪を後ろに一つで結び、眼鏡の奥には緑色の目。
お義姉様と同じ王家の色……。
「今まで誤解していて申し訳ありません」
「え?」
「クラリス、こいつは副会長のマルス。オダン公爵家の三男だ」
「マルス・オダンです」
「え、あの、クラリス・バルベナと申します」
突然挨拶をされて驚いたけれどオダン公爵家の人だったとは。
先代のオダン公爵が王弟だったはず。
この国に公爵家は三つある。
筆頭公爵家のバルベナ家。王妃の生家であるモーリア家。
そして、騎士団長のオダン公爵家。
モーリア家とオダン家に令嬢はいないし、
どちらの家も嫡男はもうすでに結婚している。
そのため、お義姉様とお母様の話題にもほとんど出てきたことがない。
三男のマルス様が学園に在籍していたことも知らなかった。
「今日の件は内密に処罰しておくよ。
次に同じことをしたらただでは済まさないけど」
「はい、ありがとうございます」
大騒ぎにならずにすんでほっとする。
こんなことが知られたら、叱られるのは私の方だと思う。
もっとうまくあしらいなさいと言われるに違いない。
「ただ、クラリスにお願いがあるんだ」
「お願いですか?」
「ああ。実はもう少ししたらクルナディアから留学生が来るんだ」
「こちらの学園に留学ですか?」
「第ニ王子なんだけど、少し変わりものらしい。
うちの国に来ても、学ぶことなんてないと思うんだがな」
アレクシス様がそう思うのも当然のこと。
隣国のクルナディアは高度な魔術を操る魔術師が多く、
魔術具を作る職人も豊富にいる。
我が国、ラデュイルでは作り出せなかった結界を張る魔術具。
それを作り出したのがクルナディアだ。
クルナディアとの力の差はわかりきっていることで、
何を学びに来るのかと不思議に思う。
「留学には王子だけではなく、令嬢も来るそうなんだ。
案内役としてクルナディア語が話せる令嬢が必要なんだが、
通訳できそうな令嬢が他に見つからなくて。
クラリスに頼みたいと思っている」
「私がですか?」
さっきのクルナディア語、そのためだったんだ。
しまった……話してはいけなかった。
私が基礎クラスにいるのがおかしくなってしまう。
さーっと血の気が引いていく。
座っているのに、くらりとして倒れそうになったら、
すかさずアレクシス様が隣に座って支えてくれる。
両手を包み込むようにされ、アレクシス様の体温が伝わってくる。
じんわりと心に伝わってくるようで、動揺する気持ちが少し落ち着く。
「クラリスを困らせるつもりはない。
クルナディア語を話せるのを知られたら困るのだろう?」
「……はい」
「それが困らないような状況になるまで、言うつもりはない」
困らない状況になる?どういうこと?
「俺は、お前を困らせることはしない。
約束しただろう?」
「アレクシス様……」
「呼び方が違うだろう。俺はお前には許したはずだ。
もう、忘れたのか?」
「……アレク様」
八年前、王妃の庭でアレクシス様に会った時、
そう呼んでいいと許された。
でも、もう二度と話すことはできないと思っていた。
またこんな風に手をつなげるなんて……
「あの……アレクシス様、俺がいるの忘れないでください」
「あ、ああ。悪い。
クラリス、もう授業が始まる。教室に戻った方がいい。
また連絡するから、少しだけ待っていてくれ」
「……わかりました」
マルス様がいるのに、アレク様と手をつないで見つめあってしまった。
なんて恥ずかしいことをしてしまったのかと、慌てて立ち上がる。
急いで基礎クラスの教室へ向かったが、
もうすでに授業は始まっていた。
だが、令嬢たちに呼び出されたことを知っているからか、
学生たちはくすくす笑っているだけだった。
さっきあったことは本当だったんだろうか。
またアレク様に会えるんだろうか……。
期待した後で裏切られたらつらいことになるのはわかっているのに、
それでも信じたいと思ってしまう。
まだアレク様にふれられた足が熱を持っているような気がした。