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3.義姉のわがまま

部屋に入ってきたのは、綺麗な金髪をくるりと巻いた義姉のジュディットだった。

侍女もつけずに一人で来たらしい。


「クラリス、起きてるわよね」


「お義姉様、どうしたの?」


こんな夜にどうしてきたのかと思ったら、手に何か持っている。


「これに刺繍しておいて。

 そうね、白い小花がいっぱいのがいいわ.

 とっても可愛らしくしてね」


「刺繍?」


渡されたのはハンカチだった。三枚もある。


「明日までによろしくね」


「明日なんて無理よ!三枚もあるのよ」


「だって、明日渡したいんだもの。お友達になった記念に渡すの。

 時間がたってしまったら意味ないじゃない」


「でも……今から三枚もだなんて」


「あら。そのくらいやってくれるわよね。居候なんだから。

 少しは私の役に立とうと思わないの?」


それは思ってる。

思っているから、お義姉様のわがままを聞いてきたけれど。


「……わかったわ」


「じゃあ、明日の朝に取りに来るわね」


お義姉様はにっこり笑って出て行った。

これから三枚も……寝なければ終わるかもしれないけれど、

魔石作りを終えたばかりで全身くたくたに疲れている。


「……やらなかったら、機嫌悪くなるのよね」


やりたくはないけれど、終わらなかった時のことを考え、

あきらめてハンカチを手にする。


お義姉様は言うことを聞いていれば機嫌がいい。

機嫌が悪くなると暴れ出して手に負えなくなるから、

できるかぎり願いを叶えなくてはいけない。


今日は眠る時間がなさそうだと覚悟を決めて、針に糸を通す。

集中して針を刺している間に時間はどんどん過ぎていく。


三枚目のハンカチの糸を切った時には、もう明け方になっていた。

できあがったことにほっとしながら、

ほとんど寝る時間がないことにがっかりする。

それでもソファに座ったまま、目を閉じた。


ハンカチを取りに来たお義姉様はお礼も言わずに持って行った。

それもいつものことだけど、寝不足の頭が少し痛む。

時間になってしまったので朝食を食べるために食堂へと向かう。


食事の席では、いつもお義姉様とお母様が話している。

金髪のお義姉様と薄茶色の髪のお母様。

髪色は違うけど、目の色は同じ緑色で顔立ちもなんとなく似ている。


私も目の色は同じ緑色だけど髪は濃い茶色で、

亡くなったお父様に似たのか、あまりお母様に似ていない。


こうして仲良く話している二人を見ると、

まるでお母様と血がつながっているのはお義姉様のようだと思う。


お母様が再婚した時は、お義姉様はまだ二か月だったから、

お義姉様にとってもお母様が母親で間違いはない。


それでも、私へは感じない母親の愛があるように思うのは、

優しくしてもらえない私の僻みなのかもしれない。


「お義母様、アレクシスとラファエルの妃選びが始まるって本当?」


「あら。王妃様からは何も聞いていないの?

 お二人とも十八歳になるから、そろそろ始まるはずよ」


「本当だったのね。昨日、お友達から聞かれて驚いたわ。

 どうしてお茶会の時に教えてくれなかったのかしら」


第一王子と第二王子の妃選びが始まる……。

お二人とも学園の三年だったはず。

学園の卒業までに正式な婚約者を決めるのかもしれない。


「ふふ。きっと求婚されて驚くジュディットが見たいのね」


「そうかもしれないわ。ねぇ、どっちを選べばいいと思う?」


「ジュディットはどちらがいいの?」


「そうねぇ。仲がいいのはラファエルだけど、アレクシスも素敵なのよね。

 いつも照れてるのか、あまり話してくれないんだけど」


「まだどちらが王太子になるのかはわからないのよね。

 妃次第じゃないかと言われているみたいだけど」


「じゃあ、私が選んだ方が王太子になるのね!」


「そうだと思うわ。

 ジュディットよりも優れた令嬢なんていないものね」


「どうしようかしら。迷ってしまうわ」


もうすでに王子二人に求婚されると確信しているお義姉様に、

お義姉様が王太子妃にふさわしいと笑うお母様。


たしかに血筋と家柄で敵う令嬢はいないと思う。


お義姉様の母は亡くなった前公爵夫人、王妹だったシャルリーヌ様だ。

陛下が可愛がっていた妹だったそうで、

残されたお義姉様のことも陛下は大事にしているらしい。


お義姉様は王妃様や王子三人とも仲がよくて、

まるで王女のように可愛がられているとも言われている。


幼い頃、私も一度だけ王宮についていったことがあった。

お義姉様が初めて王宮に行った日、

養女になった私とも会ってみたいと王妃様が望んだからだ。


帰り際に王妃様に挨拶はしたけれど、お気に召さなかったようだし、

三人の王子と会ったのはそれきり。

私が王宮に呼ばれることはなかった。


今でもお義姉様は王宮に呼ばれて遊びに行っている。

王妃様とお茶会をするんだと言われ、

王妃様に渡すハンカチに刺繍を頼まれたこともある。


公爵令嬢として社交しなければいけないお義姉様は忙しい。

だからこそ、私が支えなくてはいけないのはわかっている。


だけど、もしお義姉様が本当に王太子妃になるのだとしたら。

勉強も刺繍も人任せで、大丈夫なのかと心配する。


私もそのうちどこかの家に嫁ぐことになる。

その時、お義姉様は自分で何もできなかったら困ると思う。

もう一度、きちんと話をしたほうがいいのかもしれない。



眠たい目をこすりながら、学園に向かう馬車に乗る。

お義姉様と乗る馬車は別だ。

クラスが違えば、授業時間も帰る時間も違う。


お義姉様は公爵家の紋が入った大きな馬車。

私は使用人たちが使うのと同じ馬車で通っている。


学園に着くと、知らない令嬢たちから冷たい目で見られる。

……私が何かしたのだろうか。


「ほら、あの人だわ。ジュディット様の義妹って」


「素行が悪いって本当かしら?」


「本当なんじゃない?だって、基礎クラスだという話だし」


え?私の素行が悪い?

そんな噂が流れているのは知らなくて、令嬢の方を見てしまう。


私に聞こえていたのがわかったからか、

令嬢たちは気まずそうな顔をして去っていった。


どういうことなんだろうと思いながらも、誰かに聞くこともできない。

唇をかみしめながら、基礎クラスの教室へと向かった。







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