29.お母様との決別
「その、大事なジュディットのために、
こうまでしてクラリスを戻そうとしているのだろう?」
「え?」
「侍女に解かせた試験は上級クラスが精いっぱいだったようだな」
それを聞いたお母様は目に見えて動揺し始める。
アレク様にまで知られているとは思わなかったらしい。
お母様が自らオダン公爵家まで私を連れ戻しに来たのは、
使いの者が追い返されたことと、ジュディット様にお願いされたからに違いない。
それがわかっているから、戻れと言われても心が動かない。
「その上級クラスでは教師に当てられても何も答えられなかったらしいな。
恥ずかしかったのか、すぐに早退したと聞いている。
明日から授業は休むつもりなのか?」
「……ジュディットが早退したのは、
クラリスのことが心配で……体調が悪かったせいですわ」
「そんな言い訳は聞かないよ。
クラリスをバルベナ公爵家に戻したい理由は、
次の試験でジュディットを特別クラスに上がれるようにしたいんだろう?
特別クラスなら授業を受けなくて済むから、違うか?」
「そ、そんなことはありません。
ジュディットのことは関係なく、私はただクラリスと一緒にいたいだけで……」
何を言われても認めようとしないお母様に、
アレク様はそれ以上に知られたくないだろう事実を突きつけた。
「違ったか?では、王家に魔石が納められなくて大変だからか?」
「な、なにを!?」
「もうすでに期日は過ぎているよな。
バルベナ公爵家からは納められていないようだが。
ああ、売りさばいていた先からも催促されたか?」
売りさばいている先?
何のことだかわからなかったけれど、お母様は顔色を変えた。
「……私には何のことなのか」
「ここではっきり言ってもいいんだぞ?
俺はすべてを知っている。
話されたくなければ、おとなしく帰るんだな」
「……」
魔石を作っていたのが私だと知られるわけにはいかないのか、
お母様は悔しそうな顔をしながらも馬車へと戻ろうとした。
これで帰ってくれる、そう安心したらお母様が振り向いた。
「クラリスは良い子だもの。
ちゃんと帰ってきてくれるって信じているわよ」
「……」
にっこり微笑まれて、すぐに言葉を返すことができない。
代わりに言い返してくれたのはアレク様だった。
「クラリスはとても良い子だから、バルベナ公爵家には帰らないんだよ。
クラリスが戻れば、ジュディットが婚約者候補に選ばれることはないからな」
「そんなのはクラリスが辞退すれば良いことです」
「辞退?そんなことをさせるわけないだろう」
「いいえ、クラリスには荷が重すぎますから。
すぐに自分が王子妃になんてなれる身分ではないと気がつくでしょう」
私が辞退するのが当然と言い切るお母様に、
気がついたらアレク様の前に出ていた。
「私が辞退することなんてありません!
私はオダン公爵家の長女として!アレク様に嫁ぎます!
……バルベナ公爵夫人にはお世話になりました。
私がバルベナ公爵家に戻ることは一生ありません。
どうぞ、お元気で……」
「なんてこと……この親不孝者が!
後悔するわよ!」
「いいえ、後悔しません。
今は家族とアレク様に愛されて、幸せですから」
「なっ!」
「これ以上騒ぐようなら騎士に捕縛させると言っただろう。
王宮の牢につながれたいのか?」
「……アレクシス様も後悔されますよ。
こんな愚かな娘を選ぶなんて」
「愚かな娘?ジュディットのことか?」
アレク様にジュディット様を愚かと言われたことが悔しかったのか、
今まで見たことがないほどお母様の顔が赤黒くなる。
何か言うのかと思ったが、そのまま馬車に乗るとドアを思いっきり閉めた。
「バルベナ公爵夫人がお帰りだ。
門の外まで馬車を誘導してやれ」
「「「「はっ!」」」」
騎士たちに誘導され、バルベナ公爵家の馬車は出て行った。
お母様と対峙したことで疲れたのか、足がもつれそうになる。
ふらついた私を見かねたアレク様が抱き上げ、馬車に乗せてくれる。
敷地内ではあるが、奥の屋敷まではまだ距離がある。
馬車の中でも抱き寄せられ、ゆっくりと髪を指で撫でるようにすかれる。
「よく頑張ったな……つらかったか?」
「つらいと思うような余裕もありませんでした。
ただ、言い返さなきゃダメだって、そう思って」
「そうか。後悔しないと言ってくれてうれしかった。
俺を選んだこと間違いじゃないって思い続けてくれるように、
クラリスのこと大事にするから」
「はい……アレク様」
アレク様の唇が額にあてられる。
それが誓いの証のように感じて、目を閉じた。
「……目を閉じられたら、口づけしてしまうよ?」
「……かまいません」
アレク様がそうしたいのなら、何をされてもかまわない。
そう思っていたら、唇に熱いものが押しつけられる。
また口づけされていると思ったのは一瞬で、
ふれている気持ちよさに何も考えられなくなった。
数分後、奥の屋敷に着いた時は立ち上がることができず、
結局アレク様に抱き上げられたまま帰宅することになった。
玄関では私の帰りが遅いとマルス義兄様が待ち構えていた。
「……アレクシス様、帰りが遅かったようですが、
何があったのか聞かせてもらえますか?」
「すまないな。いろいろとあったんだが、
そのことも話をしたい。
公爵と夫人は在宅しているか?」
「父上と母上ですか?本当に何かあったのですね。
わかりました。応接室へどうぞ」