20.クラリスがいない(ジュディット)
「ああ、そうか。読んでいないのか。
クラリスはオダン公爵家の養女になった」
「旦那様!どうしてですか!クラリスは私の娘ですよ!?」
「お前の連れ子だとしても、養女になった時点で私の娘だ。
私の判断でオダン公爵家にくれてやった」
クラリスをオダン公爵家の養女にした?
それって、クラリスがこの屋敷からいなくなるってこと?
そんなことしたら……まずい!
「お父様、どうしてよ。
クラリスは私の大事な妹なのよ。
どうして他の家に渡したのよ!」
「お前のために決まっているだろう」
「私のため?」
「成績も素行も悪い、どうしようもない養女に、
これ以上バルベナ公爵家の評判を悪くされたらかなわない。
王妃になるジュディットにそんな義妹はいらないんだ。
まったく、アリーサは実の娘だからと甘やかしすぎたのではないのか?」
「甘やかしただなんて!そんなことはありません!」
「だが、実際にそうなっただろう。
夜遊びはするし、成績は最下位だそうだな。
これ以上はバルベナ公爵家に置いておけん」
「そんな……」
まさかクラリスの悪評が原因だとは。
やりすぎたのかもしれない。
評判が悪くなれば、嫁ぎ先がなくなるからと……。
お父様がバルベナ公爵家の名を守るためにクラリスを追い出すなんて。
「それに、ジュディット。
お前がラファエル様の婚約者候補になるためには、
クラリスを追い出すしかなかったんだぞ」
「え?どういうこと?」
「同じ家から二人も婚約者候補にするのは無理だ。
先にクラリスが指名されてしまったからには、
クラリスを他家に出さないかぎり、ジュディットは指名されない」
「そんなのはクラリスを辞退させたらいいじゃないの」
「それも無理だ」
「どうしてよ!」
「クラリスはもうオダン公爵家の養女になっている。
辞退するかどうか決めるのはオダン公爵で、
ジュディットやアリーサが何を言っても無駄だ」
もうオダン公爵家の養女になっている?
まさか……
「もしかして、クラリスが学園から戻ってこないのは」
「戻ってこないのなら、オダン公爵家に行ったのだろう。
屋敷に迎えに来ると思ったのだが学園からそのまま行くとは。
向こうでもあまり大事には扱われてなさそうだな。
まぁ、それもあのクラリスでは仕方ないだろう。
アレクシス様も本当に物好きなことだ……」
呆れたように言うお父様の言葉が頭の中をただ過ぎていく。
どうしよう。クラリスがオダン公爵家に行ってしまった。
なんとしてでも連れ戻さなくてはいけない。
私とお義母様が呆然としている間に、
お父様はまだ仕事があるといって王宮に戻っていった。
「お義母様、すぐにオダン公爵家に行きましょう。
引きずってでもクラリスを連れて帰って来ないと」
「ジュディット、待ちなさい。
そんなことをすればあなたの評判が落ちてしまうわ」
「じゃあ、どうすればいいのよ!」
「……明日の朝まで待ちましょう。
使いの者を出して、クラリスを帰すように言いましょう。
ずっと私たちの言うことを聞いてきたのだもの。
迎えが来たと言われたら、素直に戻って来るわ」
「……そうよね。ならいいわ」
次の日の朝、食事室に向かうと、
お義母様は使用人に怒鳴りつけていた。
「ちゃんと連れて帰って来いと言ったでしょう!」
「……ですが、オダン公爵には誘拐だと」
「クラリスは私の娘なのよ!」
「も、申し訳ございません」
「お義母様、クラリスを連れて帰るのは失敗したの?」
「あら、ジュディット……」
振り返ったお義母様の顔はやつれたように見える。
使いの者に行かせる作戦は失敗したらしい。
素直に帰ってくれば怒らないであげようと思っていたけれど。
「お義母様、学園でクラリスを捕まえてくるわ」
「学園で?」
「あの真面目なクラリスだもの。
いつも通りに基礎クラスで授業を受けているでしょう。
捕まえて連れて帰ってくるわ。
部屋に閉じ込めて、二度と家から出さないようにしないと」
「……そうね。部屋のドアに頑丈な鍵をつけておかなくちゃ。
ジュディット、お願いするわね」
「まかせて、お義母様」
意気込んで馬車で学園で向かうと、門の外まで騒ぎになっていた。
人込みがすごくて馬車が中に入っていけない。
仕方なく降りて歩くことにすると、学生たちが私を見て騒ぎ出す。
「ジュディット様だ。おはようございます!」
「おはよう、これは何の騒ぎなの?」
「学園長が何か検査をしているようで……一列に並ぶようにと。
ジュディット様は並ぶ必要はありません。どうぞ、前へ行ってください」
「あら、みんな並んでいるのに悪いわ」
「そんなことはないです。ほら、みんな前を開けるんだ」
その声で行列にいた者たちが私の存在に気がつくと、
皆が口々に前に行ってくださいと言い出す。
そうよね。私がみんなと同じように並ぶ必要なんてないわよね。
一番前まで歩いていくと、学園長と数名の男性が出入り口前に立っていた。
腰くらいの高さの台があって、その上に置かれた石に学生が手を置いている。
何の検査をしているのか、さっぱりわからない。
「ああ、次はバルベナ家の令嬢か。
この石の上に手を置きなさい」
「これは何の検査ですか?」
「今度、クルナディアから留学生が来るんだ。
その時に部外者が中に入って来れないようにしたい。
学生はこの魔術具に記録して通れるようにしている」
「へぇ……学生を登録ですか」
よくわからないけれど、怖い検査ではなさそう。
石の上に手を置くと、何か吸い込まれるような感覚がしたけれど、
それも一瞬で終わった。
「はい、終わったよ。中に入っていい」
「わかりました」
登録は思ったよりもあっさりと終わった。
だが、一人ずつ簡単な説明をしてから通しているので時間がかかるようだ。
この分なら授業は遅れそうだし、今のうちにクラリスを捕まえに行こう。
基礎クラスの教室に入ると、まだ数人しか来ていない。
クラリスの姿が見えないので、近くにいた令嬢に聞いてみる。
「ねぇ、クラリスはどこにいるの?
この時間ならもう来ているはずよね?」
「今日はまだ来ていないと思います。
昨日も来ていませんでした」
「昨日も来ていない……?」
あのクラリスが休むなんて。
では、オダン公爵家の屋敷に行くしかない?
そういえば、オダン公爵家の令息が三学年にいるのを思いだした。
その令息にお願いしたらいいのでは?
三学年の校舎に入ったところで、ラファエルに声をかけられた。
「ジュディット、こんなところでどうした?」
「ああ、ラファエル。オダン公爵家の令息を探しているの。
ラファエルは知っている?」
「知っているよ。アレクシスの側近になる予定の令息だろう」
「アレクシスの?」
「ああ。学生会の副会長もしている。
ジュディットは会ったことはなかったか?」
学生会と言われて思いだした。
一度アレクシスに会いに行った時に、もう一人学生がいた。
あれがオダン公爵家の令息だったのか。
「あいつなら三学年の特別クラスだ。案内するよ」
「ありがとう」
いつも通りに優しいラファエルにほっとする。
この二日間、あり得ないことばかり起きている。
早いうちに元通りの生活に戻さないと、
このラファエルの優しさも失うかもしれない。
特別クラスに着くと、ラファエルが令息を呼んでくれる。