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「運動不足」

作者: 加錬 剛

 「一寸行こうか。」8時過ぎ、事務所で会社の先輩に声をかけられた。まだメールも普及していない頃だった。

 

 この先輩は競馬で一儲けすると必ず私を呑みに誘ってくれた。昔、某有名大学のラガーマンだったという彼は体格こそ名残は残っていたが酒量は年々落ちて年相応の呑み方をしていた。彼は50歳だった。

当時30歳過ぎた私が妙に彼の年代の話題について行くことができ、趣味も似通っていた為二人で一緒に呑みに行くとずるずると終電を無くすこともままだった。

 面白いことにこの先輩と呑んでいると決して仕事の話が肴になることは無く、話題は映画、文学、政治、宗教にまではてしないほどの広がりを見せた。そんなだらだらした時間が私にはたいそう楽しく貴重な時間だった。またこの先輩は、会社に内緒で某軍事評論家のゴーストライターなどもしており、呑み代を稼ぐ程度の文才も持ち合わせていた。

いつも行く店は「安くてうまいものを食わせる店」が王道かつ永遠のテーマであり、お互い別口で行った店を2回に1回のペースで紹介し合っていた。当たり前の話だが流石に年上の彼は私の経験など足元にも及ばないほどテーマに即した店や肴を知っており、毎回私の目から鱗を落とし続けた。私もそれ相応のプレッシャーを感じており、彼を新しい店に連れて行くときは軽い緊張感を拭い去ることができず、彼が食べ物を口に入れた直後のコメントに敏感に耳を傾け、またそれを楽しんでいた。


 丁度この日は私が店を紹介する番で「豆腐屋の湯豆腐」に彼の賛辞を受け、気持ちよく酔っ払っていた。

ひとしきりだらだらと話は進行し、ひょんなことからスポーツの話題になり、私も体育会系であったため学生時代のスポーツ話が酒のピッチを早めていた。


その時彼がポツリと言った。


「最近運動不足なんだよなー。」


「どうしたんですか?」と私。


「ちょっと運動しにいくか。」


彼はそういって突然勘定を済ませ、無言で私を引きつれ、着いた先は立ち飲み屋だった。

暖簾をくぐって怪訝そうにしている私に彼は平然とこう言ってのけた。


「最近運動不足なんだよ。ここしばらく立ち飲みで呑んでいないんだ。」


その後我々の運動はおよそ2時間に及び、やはり終電を逸してしまった。


翌朝、二人とも筋肉痛よりもひどい二日酔いに悩まされたのは言うまでもない。

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