第98話「ケジメの付け方」
「見張りの者によると魔人は、修理中の城門ではなく城壁を駆け上がって領内に侵入したそうだ。そしてあちこちで暴れ、人を襲ったと報告が出ている。襲われたのは若い男女が多く、特に男が多かった。祭りの最中のせいで警報を出すのが遅れた。警備もかなり手薄で気も抜けていた。これは今後反省しなければならない点だと思う」
冒険者ギルドに集められたわたし達は、セイラさんに魔人についての報告を受けていました。
「ユイトの話ではあの魔人の背中に魔王の幹部の紋章があったそうだ。きっと魔王の幹部なのだろう。そして確認は取れていないが、あちこちの街で破壊を繰り返している以前話した魔人に間違いないだろう」
以前魔王と魔王の幹部に話した時に出てきた、魔人の話を思い出します。
おそらくそうなのでしょう。
あの魔人が、あちこちの街で暴れている魔人なのでしょう。
セイラさんが、わたしの方を向きます。
「怪我人が大勢出ていて、正直アスミ様への負担が大きすぎたと思うのだが……、回復魔法で全員治療してもらった。アスミ様、ありがとうございます」
「何て事はありません。これくらい当然のことです」
疲れた様子を見せないようにして、わたしはセイラさんに答えます。
けれどもセイラさんは、わたしに向けて首を振ります。
「骨折など大怪我をした者が多かったのです。アスミ様、ご無理はいけません。どうぞおかけになって下さい」
「……」
セイラさんに椅子をすすめられたので、腰掛けます。
相当な人数に強力な回復魔法をかけたので、正直疲労はかなりあります。
ユイトさんがわたしを気遣わしげな目で見てきます。
そんな目をさせたくなくて、頑張ったのですができませんでした。
「皆、スマン。あの魔人は、あの魔王の幹部は俺の兄貴だ」
皆さんの前に進み出て、ユイトさんが頭を下げます。
わたしはザッと話を聞きましたが、皆さんはまだです。
一同に、困惑が広がります。
セイラさんが、代表してユイトさんに問いかけます。
「……とりあえず説明をしてくれるか。兄とはどういう事だ」
「ああ、あの魔人……クレトは俺の兄で、ウチの家の次男坊だ。俺より先にどこかの街に丁稚奉公に出たはずだが、すぐ辞めて冒険者になったっていう手紙が来て以降何してたかは知らない」
セイラさんに促され、ユイトさんがあの魔王の幹部の魔人についてわたしにした話をザッとします。
その説明に、レベッカさんが小首を傾げました。
「何してたかって……ご両親は心配して連絡したりしてないの?」
「親父もお袋も俺達に冷たかったんだよ。『独立しろ、帰ってくるな』って言われて送り出されたからな」
「「「……」」」
「そう深刻そうな顔すんなよ。田舎の農家の次男坊三男坊はどこの家もそんなもんだ。自分達に迷惑かけなきゃ勝手に生きてくれって所だろうよ。死んだって何とも思わねえだろうな」
「「「……」」」
皆さんが、何とも言えない表情でユイトさんを見てきます。
ユイトさんは、そんな皆さんの視線に居心地の悪い物を感じている様子でお兄さんについて話を続けました。
「ただクレトが冒険者になったって知った時は納得したぜ。アイツは昔っから腕っ節が強くてケンカ自慢だったからな。奉公先で金を貯めたら冒険者になるんだって俺によく言ってたし」
「「「……」」」
「でもまさか魔人になって、魔王の幹部になるなんて……。昔からワガママで、手のつけられない兄貴だったが、皆、本当にスマン!」
「そう気に病むな。貴様の兄がした事と、貴様は関係ない」
「そうです! ユイトさんは悪くありません!」
「……ん、ユイトは悪くない」
「そうだぜ、ユイトは何も悪くねえよ」
ユイトさんの謝罪にわたしやセイラさん、リリーやカイルさん達が声をかけます。
他の皆さんも同じ気持ちのようです。
マシューさんやバロンさんが気にするなと言わんばかりに肩を叩いています。
けれども1人だけ、納得していない人がいました。
「いや、俺はユイトに責任があると思う」
「ゲイル……」
戦士のゲイルさんが、普段のおどおどした様子とは打って変わった厳しい顔つきでユイトさんにも責任があると断じました。
そんなゲイルさんに、カイルさんが問いかけます。
「オイゲイル、ユイトに何の責任があるって言うんだよ」
「魔王の幹部はユイトの兄ちゃんなんだろ? だったら無関係って訳には行かないよ。もしカイル兄ちゃんが魔人になって魔王の幹部になったら、俺はその責任を取るもの」
「責任って……、ユイトにどう取れって言うんだよ」
「それは、ユイトなら分かってるだろ?」
「……ああ、そうだな」
ゲイルさんの問いかけに、ユイトさんが頷きます。
「アイツは、クレトは俺が倒す」
ユイトさんの宣言に、皆さんからどよめきが漏れます。
無茶だ、無謀だ、そんな事する事ない。
カイルさんやマシューさんやミアさんが、一斉にユイトさんをなだめにかかります。
けれどもユイトさんは決意を固めたようで説得に応じませんでした。
なのでその矛先は、ゲイルさんに向きました。
「なあゲイル、無茶言うんじゃねえよ。魔王の幹部相手に1人で戦えなんて死にに行くようなもんだぜ」
「カイル兄ちゃん。でもユイトにはその責任があると思うんだ」
「責任? 何の責任だよ」
「これまで魔王軍やモンスターが、何度もこの街に攻め込んできた。その戦いで何人もの冒険者仲間が死んだ。でもユイトが戦うようになってから死者はゼロだ。ユイトが戦っていたら、あいつらは死なずに済んだんじゃないか? あいつらが死んだのは、ユイトのせいじゃないか?」
「ゲイル! 言っていい事と悪い事があるぞ!」
カイルさんがいきり立ち、ゲイルさんに掴みかかります。
慌ててバロンさんがカイルさんを羽交い締めにして引き離します。
ゲイルさんの言い様はあんまりですが、ゲイルさんと同じ気持ちを抱いている人も何人かいるようです。
ギルドの中を、気まずい空気が漂います。
ユイトさんの過去を知らないだろうレベッカさんが、戸惑った顔で周りを見回しています。
カイルさんが、バロンさんに羽交い締めにされながらゲイルさんに食ってかかります。
「あいつらが死んだのは魔王軍やモンスターのせいだ! ユイトのせいにしてんじゃねえ!」
「でもユイトが戦いに参加するようになってから死人は出てないだろ? ユイトが参加してくれていれば……」
「リリーが振り向いてくれないからってユイトに八つ当たりすんなよ! ユイトを死なせたいのか!」
「……私?」
「べ、別にリリーの事は関係ない! それにどうしようもなくなったら俺が助けに行くし、もしもの時はアスミ様の魔法だって……」
「いや、この戦いは俺1人でやる」
揉め始めたゲイルさんとカイルさんの間に割って入り、ユイトさんが宣言します。
そんなユイトさんに、カイルさんが少し逡巡した後渋い顔をします。
ユイトさんの過去について話す事を、避けたいのでしょう。
「ユイト……、いくらなんでもそれは無茶だぜ」
「ああ、だから1人だけ手を貸してもらいたい。ミア」
「アタシ?」
「そうだ、手を貸してもらえないか」
「アタシよりレベッカとかリリーの方がいいんじゃない? レベッカの方が火力あるし、リリーはアンタとコンビ組んで長いし息も合ってるし……」
「一緒に戦ってくれって事じゃねえよ。ただミアにしかできない事をいくつか頼みたいんだ。頼めるか?」
「まあ……いいけど」
ピンク色の髪をいじりながら、ミアさんが答えます。
きっと頼られてうれしいのでしょう。素直じゃない人です。
「まず明日の天気を占ってくれないか」
「天気? 天気なんか占ってどうするの?」
「頼む」
「別にいいけど……」
ユイトさんに頼まれミアさんが水晶を取り出し、魔力を込めて天気を占い始めます。
天気なんか占わせて、ユイトさんは何がしたいんでしょうか?
「明日の天気は……朝は晴れだけど昼からくもりになって、夕方から雨が降るわ。にわか雨だけど結構降るわね」
「そうか、ありがとう。じゃあ戦いは明日の夕方にするか」
「明日の夕方にするかって……。オイオイ、どうやってお前の兄貴を誘い出すんだよ。いつ襲ってくるか分かんねえだろ? そもそも近くにいるのかよ?」
「いると思う。これまでの魔王の幹部は近くに拠点を設けていた。アイツも近くにいるはずだ。そこでミアの出番だ。ミア、お前炎魔法の応用で魔法の文字を書けるだろ?」
「ええ、まあ……」
「それで明日城壁にアイツに向けたメッセージを書いて欲しい。俺が待ってる、夕方に1対1で勝負をしようってな」
「分かったわ」
「オイオイ、そんなんでホントに来るのかよ」
「来る」
疑問を呈すカイルさんに向けて、ユイトさんは確信を持っているように答えます。
「アイツはきっと来る。アイツは俺を認識していた。気になって様子を窺ってるはずだ」
確証があるように言うユイトさんに、皆さんはそれ以上言う気がなくなったようです。
そこまで言うならきっと来るのでしょう。
しかしユイトさんはどうやって戦う気なのでしょう?
「……なあユイト、聞かせてくれ。貴様の兄と、魔王の幹部とどうやって戦う気だ?」
わたし達を代表してセイラさんが、ユイトさんに問いかけます。
きっと無茶だと判断したら止めるつもりなのでしょう。
しかしユイトさんは、自信というよりは、確信がある顔でこう言いました。
「俺に考えがある」
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「……城壁にあんなもん書いて果たし状とはなあ。随分な身分になったじゃないか、ユイト」
「別に出世なんかしてねえよ。アレだってちゃんと領主の娘に許可を取った」
翌日の夕方。
ユイトさんの言ったとおり城壁のメッセージを見て魔王の幹部、ユイトさんのお兄さんが城門の前の荒野に現れました。
ユイトさんの果たし状の時間と場所の通りです。よほど自信があるのでしょう。
昨日も見た魔人の姿です。
赤い肌に、紫の短い髪、頭には2本の角。黒い道着を着ていて格闘家のようです。
背丈はユイトさんより頭ひとつ分くらい上でしょうか。
体格も一回り大きいです。
そしてその胸には、黒い玉のような物が埋め込まれています。
「お前1人って訳じゃねえんだろ? いいぜ、何人がかりでも相手して来いよ。全員ぶちのめしてやるからよ」
「いいや、お前なんて俺1人で十分だ」
「何?」
「お前なんて俺1人で十分だって、言ってんだよ」
ユイトさんのお兄さんが、ユイトさんの言葉にお腹を抱えて笑い始めます。
「ハッハッハ! ユイト! お前冗談うまくなったじゃねえか! 会わねえ間に冗談の特訓でもしてたのか?」
「してねえよ。本気だ。お前は俺1人で倒す」
ユイトさんの言葉に、ユイトさんのお兄さんがキっと鋭い顔になります。
「冗談も休み休み言えよ。殺すぞ」
「殺されねえよ。殺されるのはてめえだ」
「……土下座して謝るなら今の内だぞ。そしたら見逃してやってもいい」
「しねえよ。とっとと構えろ」
背中に背負ったジンジャーさんの刀を抜こうとして、抜けなかったユイトさんがダガーと銀の盾を構えます。
それを見てユイトさんのお兄さんも、構えを取ります。
武術に関しては素人のわたしですが、強者の予感です。
ただの乱暴者という訳ではなさそうです。冒険者の間に、ちゃんと修行を積んできたのではないでしょうか。
「来いよ、バカ兄貴」
「うるせえ、できそこないの弟」
そして、
後世に語り継がれる哀しい戦いが始まったのです。
ジンジャーの刀
「いや抜かせねえよ? お前まだ全然ダメじゃねえか。なんで抜けると思ったんだよ」




