第92話「アスミ様の禁酒令」
朝6時。
ランニングを終え庭の野菜や花に水をやり、顔を洗ってから湯を沸かす。
それから朝飯を作り、米が炊けるまで時間ができる。
俺はその間に新聞を読むのが最近のルーティーンになっていた。
セイラが新聞をこの家に取るようになったので、読まないともったいない。
冒険者達も、セイラに言われ冒険者ギルドに入るようになった新聞を皆で読むようになった。
おかげで最近のニュースにちょっとだけついていけるようになってきた。
「ユイト、相変わらず早いな」
6時半になり、セイラが起きてきた。
いつも寝坊のレベッカと違い、セイラは早起きだ。
ただ仕事で疲れているからか、今日は俺より遅い。
剣の稽古は、今日はなしのようだ。
それでもいつも寝癖だらけのレベッカと違い、身だしなみを整えているのはさすがだ。
「新聞を読んでいるのか。何かニュースはあるか?」
「いや、今のところは大したニュースはなさそうだ」
「読み終わったら回してくれ」
「ああ」
茶を淹れて飲み始めたセイラの横で、新聞をめくり続ける。
正直そんなに面白いニュースはない。
王都の記事なんて遠い話だし、最近は魔王軍の襲撃も減っているらしい。
新聞にザッと目を通してめくっていく。
しかし、ある記事が気になって手を止めた。
「セイラ、この記事見てくれ」
「どの記事だ?」
「この記事だ」
俺の指さした記事を、セイラが覗き込む。
しばらく読んだ後、セイラが目を見開く。
俺とセイラは目を合わせ、無言で頷いた。
それは、子供の頃から酒浸りの暮らしを送っていたある貴族が病気で早死にしたという記事だった。
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「イ~ヤ~で~す~~~!!!」
ワインを没収する俺とセイラを止めようと、アスミちゃんがズルズル引きずられながら抵抗する。
「神の血はわたしの生きがいなんですぅ! 神の血がないと生きていけません! 神の血がないと、死んでしまいますぅ!」
「どう思う? セイラ」
「立派なアル中だな。没収しよう」
「だな」
「や~め~て~く~だ~さ~い~~~!!!」
ワインのボトルを袋にまとめ、持って行こうとする俺とセイラの服を掴みズルズル引きずられながらアスミちゃんが抵抗する。
俺達は、そんなアスミちゃんに向けて何度目かになるか分からない説得を試みた。
「アスミ様、こちらをご覧下さい。子供の頃から酒を嗜んでいた貴族が若くして亡くなったという新聞記事です。他にもこのような事例があるようです。私達はアスミ様の身体の事を思い、禁酒を提案しているのですよ」
「わたしは肝臓が強いので大丈夫です!」
「いくら強くても大丈夫じゃないだろ。アスミちゃんはあまり運動してないし、毎晩飲んでるんだろ? このままじゃ早死にするぞ?」
「神の血で早死にするなら本望ですぅ! 飲みながら溺れ死にしたいくらいです!」
「どう思う? セイラ」
「立派なアル中だな……」
セイラがハア~っとため息を吐く。
そんな俺達を見ていたレベッカが、アスミちゃんに声をかける。
「アスミちゃん、あたしもセイラとユイトに賛成よ。友達だから大目に見てきたけど、あたしも飲み過ぎだって思ってたの」
「レベッカさん!? 裏切るんですか!」
「裏切るも何も、こんな記事を見ちゃったらあたしも賛成に回るわよ。アスミちゃんに早死にして欲しくないし」
「そんな!?」
嘆きの声を上げるアスミちゃんだが、ここにいる4人中3人が禁酒させる側にいるので味方がいない。
とはいえ泣きそうな顔をされて可哀想なので、俺は用意していたある物を取り出した。
「アスミちゃん。ワインの代わりに、いい物を用意したんだ」
「……何ですか?」
「ワインの代わりになる物だよ。これを代わりに飲んでくれ」
「……何ですか?」
「はい、ぶどうジュース」
「子供扱いしないでください!」
「子供だろ……」
ぶどうジュースを手ではねのけるアスミちゃんに、俺達は呆れ果てる。
どこからどう見ても子供だ。
背も胸も尻も子供だ。今後の成長に期待したい。
「イヤなものはイヤなんですぅ! わたしから神の血を奪わないで下さい!」
「そう言われてもな」
「アスミ様、ワガママ言わないで下さい」
「あたしも没収に賛成だわ。こんな記事を見ちゃったらね」
四面楚歌に陥ったアスミちゃん。
しかし何か名案を思いついたようにパアっと顔を輝かせた。
「サレン様の神託を頂きましょう!」
「へっ?」
「今ここで、サレン様の神託をいただくのです! わたしが禁酒すべきかどうか、サレン様に決めていただきましょう!」
「「「……」」」
俺達は往生際の悪いアスミちゃんに呆れつつも、何を言い返したらいいか分からず黙り込む。
そうしている間に、アスミちゃんが両手を胸の前で組んで何やらブツブツ言い始めた。
サレン様の像が、白い光を放ち始める。
神々しい光だ。いつも『死者の部屋』で見てるような。
まさか本当に、サレン様が現れるのか?
『アスミよ』
サレン様の像から、サレン様の声がする。
どうやら現世に降りてくるわけではなく、声だけ届けるようだ。
『我が僕、アスミよ』
「はい! サレン様!」
『この者達の言うとおり、禁酒なさい』
当然の事を告げたサレン様の像から、用が済んだと言わんばかりに光が消えた。
アスミちゃんは、膝から崩れ落ち両手を床に着いてうつむいた。
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「グスっ……。さようなら、わたしの神の血……。これからわたしは何を生きがいにすればよいのでしょうか……」
サレン様に言われてしまっては逆らえないのか、アスミちゃんがワインのコレクションに別れを告げる。
「まあいいじゃない。おいしいものでも食べて元気出しましょうよ」
「そうだぞアスミちゃん、そろそろ庭の夏野菜が食べ頃なんだ。何かご馳走用意するから食べに来いよ」
「夏野菜……?」
「ええ、そうですアスミ様。お酒以外にも楽しみはいくらでもあります。新しい楽しみを見つければよいのです」
「……仕方ありません。サレン様にも言われてしまいましたし、ガマンしましょう。その代わり! おいしいものを用意してくださいね!」
「へいへい、分かった分かった」
アスミちゃんに頼まれ、俺達は笑いながら頷く。
しかしこの時、俺達は知らなかった。
この後、あんな事が起きてしまうなんて。
・アスミにかかっていた月のワイン代 100万マニー
セイラ「アスミ様(怒)!」




