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バインドスキルで生き抜くファンタジー世界生活  作者: アブラゼミ
第3章「男の正体」

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第90話「男の正体」

 冒険者になって3年目の春。

ある朝目が覚めると、身体が動かなかった。

起き上がろうにも、身体がいう事を聞かなかった。

いつまでも起きてこない俺を、安宿の主人が心配して見に来て医者を呼んだ。

医者は、主人に俺が心の病だと告げた。




 何者にもなれないという絶望はゆっくりと、俺の心を蝕んでいた。

ジンジャーに破門され、冒険者を続けたものの何も上手くいかず、レベルも上がらずスキルもバインドしかない。

頑張ろうと思った事は何度もあった。でもその度に打ちのめされた。

自分の才能のなさに、

自分の能力の低さに、

俺は絶望し続けていた。




 元冒険者の宿の主人は、宿代も手伝いもいらないからゆっくり休めと俺に言った。

俺の代わりにカイルやマシューやバロン達が宿の手伝いを頑張ってくれた。

俺は、それがありがたくて情けなくて仕方なかった。




 ほぼ寝たきりの暮らしを送り続けて、動けるようになったのは半年後の事だった。

俺は皆に謝り、宿の手伝いなどを馬車馬のように働き、半年分の宿代をちゃんと支払った。

けれども冒険者ギルドには行けなかった。

もう頑張る気力がなかった。

カイルやマシューが度々いっしょにクエストをやろうと誘ってくれたが、俺はそれを断った。




 どれくらいそんな日々を送っていただろう。

何年、気が狂いそうな期間を俺は何者でもないまま過ごしただろう。

何度も冒険者ギルドに行こうとした。けれども足が竦んで動かなかった。

もう何も、できる気がしなかった。


1日が終わる度に明日こそと思った。

週末が来る度に来週こそと思った。

月末が来る度に来月こそと思った。

春が来る度に今年こそと思った。

やがて、何も思わなくなった。

何も、頑張ろうという気持ちになれなくなった。




それでもこのままじゃダメだとなけなしの勇気を振り絞り、俺はある日冒険者ギルドへと踏み出した。


「……ユイト」


 俺の姿を見た途端、リリーが駆け寄ってきた。

そして前と変わらない様子で、俺にこう言った。


「クエスト、行こ?」


 それから俺は、元通りのクソ雑魚冒険者として毎日過ごしていた。

受けるクエストは安全なものだけ。

戦いはリリーやカイル達に任せサポートに徹する。

そんなんだからいつまで経ってもレベルは上がらず、うだつの上がらない冒険者としてロクに金も稼げないので副業として縄師を始めた。




――俺はずっと、死んで楽になりたいと願っていた。

何者にもなれないなら、

このままずっと何もできないままなら死んだ方がマシだと思っていた。

けれども、俺は死ぬ事はできなかった。




****************************




「自分で自分を殺すのは、サレン様の教えで大罪だ。だからそれはできなかった。俺はずっと死ねる機会をうかがっていた。あのドラゴンからアスミちゃんを助けた時、俺はやっと死ねると思った。誰かの役に立って死ねるのなら本望だと思った。やっと俺は楽になれるんだと思った。けれども少しも楽じゃなかった」


 死は、少しも楽でも甘美でもなかった。


「あんな思いをするのはもうゴメンだと思った。今はもう死が怖くて怖くて仕方ねえ。あんなに苦しい思いは、2度としたくない……!」


 地獄のような苦しみが、永遠に続いてるんじゃないかと思った。

まさしく人生最悪の十数秒間だった。

ずっと味わっていた絶望すら、ぬるいものに思えた。


「これが俺の正体だ。俺は情けなくてどうしようもねえクズ野郎なんだよ。……あの家から追い出したかったら追い出せ。どことなりにでも、消えてやるよ」


 俺の過去を、俺の正体をセイラにすべてぶちまけ俺はようやく一息吐く。

時刻はもうすっかり19時だ。

誰もいない公園の空は夕焼けに染まり、夜が近づいている。

街灯に灯りが灯る。

そしてずっと黙って俺の話を聞いていたセイラが、口を開いた。


「やはりそうだったか」

「……」

「貴様について調べても、何も出ないからおかしいと思ったのだ。何も出なくて当然だ。なぜなら、何もしていなかったのだからな」

「……」

「1つだけ聞かせてくれ」

「……何だよ」

「なぜ貴様は、冒険者になった。なぜ才能もないのに冒険者を続けている。何か他の道を探そうという気にならなかったのか」

「……俺の3つ上の兄貴、次男坊の兄貴がよく言ってたんだよ。冒険者になって世界を旅するって。俺はそれに憧れて冒険者になりたいと子供心に思ったんだ。職を失った時、他の道が思いつかなかったってのもあったが、どうせならと思って冒険者になったんだよ。続けてるのはただの惰性だ。他の道で頑張る気力がなかったってのもあるがな」

「……」


 俺の返事を聞いて、セイラが黙り込む。

黙り込みしばらく思案した後、こう言った。


「私に貴様の気持ちは分からない」

「……だろうな」


理解など求めていないし、理解してもらえるとも思っていない。

コイツに俺の気持ちは分からないだろう。分かるはずがない。

分かるなんて言われたら、ふざけるなとブチ切れるだろう。


「正直に言おう。私がその頃の貴様に出会っていたら、『甘ったれるな』と尻を蹴飛ばしていただろうな」

「……だろうな」


 実際そうされていただろうし、そういう存在を俺は求めていたのかもしれない。

乱暴だろうとなんだろうと、俺を引っ張り上げてくれる存在を。

けれどもそんな奴現れるはずもなく、俺はずっと腐っていた。

こんな人間、生きている価値……




「私は貴様を尊敬している」

「……はっ?」




 突然聞こえてきたセイラの言葉に、耳を疑う。

尊敬? 今の話を聞いていて、どうしてそんな言葉が出てくるんだ?


「貴様は自らの危険を顧みず、アスミ様を救った。レベッカの命も助けた。魔王の幹部相手にも立ち回り、過ちを犯しかけた私を何度も諭した。あまつさえ、魔王の幹部をも討ち取った」

「……運がよかっただけだ」

「だとしても、だ。私は貴様を尊敬する」

「ふざ、けんじゃねえ。俺なんて……」

「これを見ろ」


 突然、1冊の冒険者ブックが渡される。

随分古びた物だ。一体これが何だと言うんだ?


「ジンジャー殿の冒険者ブックだ」

「ジンジャーの……!?」


 仲のいい冒険者にも、俺にも見せなかったジンジャーの冒険者ブック。

絶対に他人に見せようとしなかった冒険者ブック。

それをなんでセイラがと疑問に思ったが、俺は震える手でその表紙をめくった。


「『ジンジャー・キングズベリー』……!?」

「そうだ。ジンジャー殿は元王族だ」


 ジンジャーの正体に、俺は驚愕を隠せない。

けれどももっと驚く事実が記されていた。


「冒険者……!? ジンジャーのジョブが、冒険者だって……!?」

「そうだ。ジンジャー殿のジョブは最弱職の冒険者だ。最も弱く、ステータスも低く、大したスキルも覚えられないジョブだ。そしてジンジャー殿は、そのスキルを得る才能すらなかった」


 セイラの言葉にジンジャーの冒険者ブックのスキル欄のページをめくる。

そこには、何のスキルも記されていなかった。


「なんで……、なんでなんでなんでジンジャーは冒険者になったんだ……!? なんで何のスキルもなかったのにあんなに強かったんだ……!? 」

「ジンジャー殿は元は小さな領を治める領主だった。だがしかし、ある1人の冒険者に出会ったのだ」

「だ、誰に……?」

「ジンジャー殿の、奥方になる女性にだ」

「……」

「その女性に一目惚れしたジンジャー殿は、王族の地位も領主の座も捨て女性の後を追った。最弱職の冒険者である故大変苦労したし、追いかけた女性も最初は振り向いてくれなかったそうだが、1年旅を共にし結ばれたそうだ。そしてジンジャー殿は、奥方にふさわしい男になるため血の滲むような鍛錬を積んであの強さを手に入れたのだ」

「……なんでお前が、そんな事知っているんだ」

「ジンジャー殿本人から聞いたからだ」


 セイラが、フウと息を吐く。


「イゾウを倒した直後だったな。ジンジャー殿に呼び出されて話をされたのだ。この冒険者ブックを見せられてな。そして言われたんだ。『俺が死んだら、ユイトに俺の冒険者ブックを渡して、この話をしてやってくれ』とな」

「……」

「いつ話すべきか悩んだのだが、貴様が貴様の過去を打ち明けたら話そうと思っていた。大体予想はついていたが、自分から話してくれるまで待とうとな。その時がこの話をするいい機会だろうと」

「な、なんで……」

「決まっているだろう。貴様が自分を卑下するのが目に見えていたからだ」


 セイラが、少し悩ましげな表情を浮かべた後俺の胸に拳を当てる。


「貴様は自分を卑下するだろう。情けない男だ、生きる価値のない男だと思っているだろう。だが貴様はこの3ヶ月で何をしてきた? 魔王の幹部を2人も討ち取り、何人もの命を救い、私の大切な親友と、アスミ様も救ってくれた。……王都でもな」


 第一王子の事件は誰にも話してないし、アスミちゃんも話していないはず。けれどもそれを調べ見当をつけているセイラの鋭さに舌を巻く思いになる。


「……俺は、俺にできる事をしただけだ」

「だとしても私は貴様に感謝する。魔王の幹部との戦いの事だけじゃない。あの家を、私の大切な家を蘇らせてくれたのは貴様だ。貴様がいなければ、あの家はボロボロになって朽ちていくだけだったろう」


 セイラが、おもむろに俺の頭を自分の胸に抱きしめてきた。


「ありがとう。貴様がいてくれてよかった。貴様が生きていてくれてよかった。私はそれに、感謝する」

「……っ! でも、俺は……」

「貴様はジンジャー殿に何を託された? あの刀をジンジャー殿が託したのは、何故だと思う?」

「……」

「ジンジャー殿が、貴様を見込んでいるからだ。そうであろう?」


 俺の顔を胸に抱いたまま、セイラがやさしい声で言う。


「貴様がどんな人間であれ、どんな過去を持っていようと関係ない。弱くて情けなくてカッコ悪いが、色んな人間から必要とされている人間だ。もちろん、私も貴様を必要としている」

「……っ」


 セイラの言葉に、視界が滲む。

けれども泣くもんかと思いこらえる。

コイツにこれ以上、情けない姿を見せたくないから。

セイラが、俺の頭を胸から話す。

その顔は、いつもの凜々しいものだった。


「生きろ、ユイト。生き抜け。私には貴様が必要だ」

「……随分お節介な雇用主だな」

「そうだ、私は貴様の雇用主だ。雇用主の命令は絶対だ。貴様は生き抜かねばならん」

「……そうだな、雇用主命令なら仕方ねえな」


 俺は立ち上がり、家への道を歩く。

その後ろを、セイラが黙ってついてきた。

夕焼け空がすっかり夜空になっている。

星が輝き、月も姿をはっきり浮かべていた。

そして俺はこの日決めた。

これから先、何があっても生き抜いてやると。

師匠と、仲間達と、お節介で厄介な雇用主のために。

 これで第3章は完結です。

次回更新は7月です。

次章、メインヒロイン(仮)がついに本領発揮。

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