第84話「約束」
「お久しぶりですね、サレン様」
「……」
「ここに来るのも……2ヶ月ぶりくらいですか? サレン様は相変わらずお美しいですね」
「……」
相変わらずこの世のものではない雰囲気が漂う『死者の部屋』で、俺は女神サレン様に相対していた。
「あのゴーレム使いって魔王の幹部だったんでしょう? 小さいから分かりづらかったけど、背中に幹部の紋章があったし。道理で厄介な奴でしたよ」
爆発玉を投げる直前、逃げる背中に紋章があったのを見ただけに、あのゴーレム使いは魔王の幹部だったと確信する。
ジンジャーの話じゃ精々50体くらいしかゴーレム使いは操ってなかったという話だっただけに、おかしいと思っていた。おそらく魔王の力で強化されてたのだろう。
イゾウはともかく、あの剛腕のリューガの鉄壁も魔王に与えられた力なんじゃないかと俺は睨んでいる。
「アイツは仕留められましたか? まあ仕留めたとは思いますけど、正直運がよかっただけですよね。俺なんて、大した力もないクソ雑魚冒険者なんですから」
「……」
「バロンやマシューに、カイル達やリリー達、本当に周りに恵まれましたよ。アイツらがいてくれたから、魔王の幹部を倒せた。俺は幸せ者です」
「……」
「そうだ。ジンジャーがここに来たでしょう? 俺の師匠で腕の立つ冒険者なんですけど、何か言って……」
「冒険者ユイト」
いつになく厳しい声と表情で、サレン様が俺の名前を呼ぶ。
しかし怒っている訳ではないらしい。その顔と声は、困惑に満ちていた。
「わたくしの僕に、なぜあのような事を約束させたのですか?」
俺はその問いに、アスミちゃんに言った言葉を繰り返した。
「俺ばかり生き返るのは、アイツらに申し訳ないじゃないですか」
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「ユイトさんにお願いされたんです……。『俺が死んでも、もう蘇生魔法は使わないで欲しい』って……」
セイラさんとレベッカさんに囲まれ、わたしはユイトさんに蘇生魔法を使わない、いや、使えない理由を答える。
「もちろんわたしは反対しました。助けられるなら助ける、それがわたしの使命ですから。ですがユイトさんに言われたんです」
「な、何を……?」
震える声で尋ねてくるレベッカさんに、わたしはユイトさんが言った言葉を伝える。
「『自分ばかり生き返るのは、アイツらに申し訳ない』って」
「アイツら?」
「ユイトさんより先に死んでいった、冒険者仲間達だそうです」
「「「……」」」
セイラさんとレベッカさんが目を見開き、
マシューさんやバロンさん、カイルさん達が一斉に空を見上げる。
彼らには、ユイトさんの気持ちが分かるのでしょう。
共同墓地には彼らの仲間の墓があり、定期的に清掃しに来ているそうだから。
「『だから死ぬ時は自分の運命を受け入れる』ユイトさんはそう言っていました。ですから……」
セイラさんが、わたしの腕を掴んできました。
「アスミ様……頼む! この通りだ! この男を生き返らせてやってくれ!」
「セイラさん……」
「2人が約束をした事は分かった! だが私には、私達にはこの男が必要だ! だから頼む! ユイトを生き返らせてくれ!」
「あ、あたしからもお願いするわ! こいつとはまた釣りに行くって約束したのよ! 庭の野菜だってまだ育ててる途中だし!」
「バロンも、お願いする。アスミ様、頼む」
「オレからも頼む!」
「お、俺からも!」
「アタシからも!」
セイラさんが、レベッカさんが、バロンさんが、マシューさんが、ゲイルさんが、ミアさんがわたしに縋り付く。
けれどもわたしは、首を振った。
わたしだって生き返らせてあげたい。
まだこの人に、あの時の恩返しができていないし、伝えられていない思いもある。
でも……
「蘇生魔法は、本人に生き返る意志がないと効果がありません。ですから……」
わたしの言葉を最後まで聞かず、セイラさんが鎧と篭手を外し始める。
そしておもむろに、ユイトさんの口に自らの口をかぶせた。
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「アイツらは、俺より先に死んでいったアイツらはきっともっと生きたかったはずです。俺の師匠のジンジャーだって……。だから俺だけ2回も生き返るのは不公平です」
「……」
「それに俺なんて、生きていても仕方ない人間じゃないですか。サレン様は知ってるんでしょう? 俺が本当はどんな人間か。セイラの奴も嗅ぎ回っていて、多分もう感づいてるだろうし、アイツもきっと……」
「冒険者ユイト」
サレン様の、やさしい声が俺の名前を呼ぶ。
「あなたは生きていても仕方ない人間なんかじゃありません」
「でも……」
「そんな人間、どこにもいません。どんな人間にも生きる価値があるんです。命があるという事は尊い事なのです。あなたにはあなたの価値があるんです」
「……」
「それにあなたには、これからも魔王の幹部達と戦わないといけないという使命があるのです。それをやり遂げるまでは、死んではなりません。生きて生きて生き抜くのです。あなたの嫌いな、あなたが呪ったこの世界を」
「サレン様……、ですが俺はもう死んで、アスミちゃんの蘇生魔法もかけられなくて……」
俺はもう死んでいるし、アスミちゃんはきっと約束を守る。
あの子には申し訳ないし、つらい思いをさせてしまうだろうけどきっと約束を守ってくれる。
だから俺が生き返る事は……
「それはどうですかね?」
「え?」
「あなたを蘇生させられるのは、アスミの蘇生魔法だけではないのですよ?」
「それは、どういう――」
「それはご自分の目でお確かめなさい」
サレン様がイタズラっぽい顔で微笑む。
それはどういう事なのか尋ねる前に、
俺の視界が白い光に包まれ――――――――――青い空が広がった。
「起きろ起きろ起きろ起きろ起きろユイト! 生き返れ! こんな所で死ぬなど許さんぞ!!!」
セイラが、顔を真っ赤にして体重を乗せて俺の胸を両手で押している。
それから俺の鼻を手で掴み、俺の口に口をかぶせ息を吹き込んでくる。
キス!? いや、人工呼吸してるのか!?
身体に息を吹き込まれ、息が、苦しい……!?
「……ゲホッ!? ガハッ!? カハッ! ガハッ、グハッ……!?」
セイラの口が離れ、俺は新鮮な空気を求めて息を荒く吐き出す。
「ユイトさん!!!」
「ユイト!!! セイラ! ユイトが目を覚ましたわよ!」
「セイラの姉ちゃん! 心臓マッサージはもういい! ユイトが息を吹き返したぞ!」
カイルに後ろから羽交い締めにされ、俺の胸を両手で体重を乗せて押していたセイラの目が俺の目と合う。
そして、その整った顔をクシャクシャの泣き顔に変えた。
「ユイト!!!」
「わぷっ!?」
セイラがカイルを振りほどき、俺に抱きついてくる。
「この馬鹿者が! 勝手に死ぬとは何事だ! 貴様が死んだら私達の勝利も勝利ではなくなるだろう! まだ夏野菜の収穫も済んでいないのに! 勝手に死ぬな!」
自分でも何を言っているのか分からないのだろう。
セイラがメチャクチャな事を言いながら俺を抱きしめてくる。
ってか、メチャクチャ痛え!? コイツ、力強すぎるだろ!
「ガッ……!? グアッ……!?」
「セイラの姉ちゃん!? ユイトが白目剥いて泡吹いてるぞ!?」
「このままじゃ、ユイト、また死ぬ!」
「力強すぎるのよアンタは! セイラ! ユイトを離しなさい!」
カイルやバロン達に引き剥がされ、セイラがようやく俺から離れる。
滲んでいた視界が少しずつ輪郭を取り戻し、苦しかった身体も落ち着いていく。
「ゲホッ、カハッ……!」
「ユイト!」
「ユイト!」
「ユイトさん!」
マシューが、レベッカが、アスミちゃんが俺の名前を呼び心配そうに身体を支える。
おかげでようやく呼吸が楽になった。
「俺は……、いや、その前に状況を聞かせてくれ……。ゴーレム使いはどうなった……?」
「お前の爆発玉で爆死したよ。その後すぐにゴーレムも動かなくなった」
「バロン達、ピンチだった。でも、助かった」
「……怪我人は? 死人は何人出た?」
「死人はゼロよ。重傷・軽傷者は結構出たけど、アスミちゃんが皆治したわ」
「……そうか、それはよかった」
俺の問いに、マシューとバロン、レベッカが答える。
ひとまずはひと安心のようだ。
しかし顔を真っ赤にしたセイラが詰め寄ってきた。
「全然良くない! 貴様が死にかけたのだぞ! 貴様が死んだら、私は、私は……!」
泣き顔と怒り顔を浮かべながら、セイラがプイッと明後日の方を向く。
「とにかく! 勝手に死ぬ事など許さぬ! 雇用主命令だ! 死ぬな!」
「んな無茶な……」
「無茶でも何でもいい! 守れ! 私からは以上だ!」
セイラが、憤懣やるかたないといった様子で去って行く。
きっと報告に行くのだろう。
そのセイラと入れ違いに、目に涙をいっぱいに溜めたアスミちゃんが俺の前に現れた。
「ユイトさん」
「アスミちゃん……」
「バカ!」
「ブウっ!?」
ペチンというビンタが、俺の頬を叩く。
そのままアスミちゃんが、俺の胸を両手でポカポカ叩く。
「セイラさんのおっしゃる通りです! 勝手に死なないで下さい! わたしが、わたし達がどれだけ苦しい思いをしたと思ってるんですか! どれだけつらい気持ちになったと思うんですか! もうユイトさんは死んじゃいけません!」
アスミちゃんが大粒の涙を流しながら俺の胸をポカポカ叩き続ける。
痛くはない。痛くはないんだけど、心が痛い。
「アスミちゃんの言う通りよ。弱っちいくせに無茶して、カッコつけて他人助けて死にかけるなんてアンタ何様なの?」
「別にカッコつけてる訳じゃ……」
「とにかく! アンタはもう死んじゃダメ! もう死なせないわ! あたしがアンタを守るんだから!」
無茶苦茶言ったレベッカが、テレポートで姿を消す。
その瞳が、ちょっとうるんでいたような気がしたのは気のせいだろうか。
「オイユイト、お前の冒険者ブック、光ってないか?」
「え? あ、ホントだ」
カイルに言われ、俺はマントから冒険者ブックを取り出す。
そのページは、確かに光っていた。
「レベル35……。5上がってるな。『ゴーレム使いのサンドラ』、アイツやっぱ魔王の幹部だったのか」
『剛腕のリューガ』の下に名前が並んでいる新しい名前に、俺はあのゴーレム使いが魔王の幹部だった事を悟る。
「なんだ、ユイトにおいしい所攫われちまったな。懸賞金でなんか奢れよ!」
「もちろん全員分ね! アタシ達も頑張ったんだから!」
「はいはい、分かった分かった」
早速たかろうとするマシューやミアに頷きながら、雰囲気を変えてくれたこいつらに感謝する。
アスミちゃんも俺達のバカなやりとりに当てられたようだ。グズグズ泣きながらも少し落ち着いた様子になっている。
アスミちゃんが、俺の手を両手で包んだ。
「ユイトさん、生きていてくれてよかったです。でももう、こういう事にならないようにしてください」
「アスミちゃん、それは」
「いいですね?」
「……おう」
了承するまで折れなさそうなアスミちゃんに、渋々頷く。
それから俺達は立ち上がって、皆で冒険者ギルドへ向かった。
3度目の魔王軍幹部の襲来に打ち勝った高揚感に、少し浮かれながら。




