第72話「鉄拳のブシン」
意識がボーッとする。
何か薬を嗅がされたのか、ずっと意識がボーッとしている。
身体も動かない。手足を拘束されているようだ。
「目が覚めたか。この薬を飲んでおけ」
口の中に、何かを押し込まれる。
吐き出そうとしても、吐き出せない。
背中を叩かれ飲み込まされてしまう。
何? 何を飲まされたの……?
「安心しろ。お前の身体を守るための薬だ。今晩1回だけガマンすれば、どうせまた飽きるだろう。独りよがりな俗物だからな」
わたしを攫ったと思われる男が、心なしか同情するような口調でそんな事を言う。
その気配と足音がしない足音が遠ざかっていく。
「ユイトさん……」
わたしは、もうろうとする意識の中であの人の名前を呼んだ。
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「ブシン様! 侵入者です! 侵入者が現れました! 警官隊に連絡しますか!」
「ならぬ。フアン様がしている事を知られてはならぬ。侵入者の狙いは娘を取り返す事だ。お前達に手出しをする事はないだろうから、全員離れに避難し我が呼ぶまで閉じこもっていろ」
「は、はっ!」
執事長の男は我の言う事に従い下へと降りていく。
侵入者が現れて10分。
侵入者はすぐにこちらには来ずどこかに隠れて様子を窺っているようだ。
警官隊を呼ばれたら娘を攫われた事を訴える腹づもりなのかもしれない。
「あの男は、頭が回るタイプではなさそうだが機転は利きそうだからな」
先刻会ったあの男を思い出し、我は口角が上がるのを感じる。
大した事のない男だと思ったが中々どうして。
娘を取り返しに来るとはいい気概ではないか。
しかし不意打ちだったとはいえ実力は大した事はない。
「どうするつもりだ? 只人よ」
我は、神官の娘が眠る部屋の前で仁王立ちで待ち構えた。
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「――チクショウ、やっぱ動かねえか」
アスミちゃんが監禁されていると思われている部屋の前にいるブシンの気配に、俺は舌打ちする。
武人の気を隠そうともしない。来るなら来いといった構えだ。
2階の部屋に潜んでおいて、ブシンが探しに来る隙にアスミちゃんを取り返すというのが理想だったが戦闘は避けられないようだ。
警官隊を呼ばれたならそれはそれで大騒ぎをして、アスミちゃんが攫われたという事を伝えようと思ったのにそれもダメらしい。
潜伏スキルや逃走スキルが使えりゃあなあ……。戦いを避けてアスミちゃんを連れ出す事ができただろうに。
それか隠密に長けるバロンがいてくれれば、俺が派手に暴れてる間にアスミちゃんを回収してもらえるのに。
まあしかし、ないものは仕方ない。
「覚悟を、決めるしかないか」
俺はマントの懐に手を入れある物を握り込んだ。
そして3階に続く階段を駆け上がり、先手必勝とばかりに煙玉を投げ込んだ。
「シッ!」
「ようやく来たか、怖じ気づいたかと思ったぞ」
煙玉をあっさり躱したブシンが、距離を詰めてくる。
「避けられると思ってたぜ! 計算通りだ!」
「ヌウっ!?」
左手でこっそり転がしていたネバネバ網玉にブシンが足を取られてる隙に、俺は火をつける。
「――あまり屋敷をメチャクチャにしないでもらおうか、フアン様に怒られるのでな」
ネバネバ網玉に引火して燃え上がる炎、それがブシンの拳であっという間にかき消される。
「シッ!」
「またそれ……ヌウっ?」
「テメエに煙玉が当たらねえなら、天井に当てるまでだ!」
ブシンの頭上に煙玉を当て、ブシンに煙を浴びせる。
毒や痛みに耐えられる人間はいても、煙に耐えられる人間はいない。
モンスターでも悶絶する煙玉の効果にブシンは――
「――このようなつまらぬ物で我を弱らせる事ができると思われてるなら、心外だな」
「ガッ!?」
太い脚の蹴りが飛んで来て、ガードの上から吹っ飛ばされる。
俺は後ろ向きに吹っ飛び、廊下を何回も後転で転がった。
なんて重い一撃だ。
セイラの聖剣クラスかもしれない。とっさに後ろに跳んでなかったら、両腕骨折してただろう。
立ち上がる俺に、ブシンが不敵な笑みを浮かべる。
「さきほどの男であろう。顔を隠しては戦いにくいだろうから、そのターバンを取ってはどうだ? 逃げても指名手配などせぬぞ」
「何言ってるか分からねえし、取らねえよ。ターバンは俺の師匠もつけてる幸運のアイテムだからな」
「そうか。――なら死ぬがよい」
ブシンが、一瞬にして距離を詰めてくる。
「それ、『神速』だろ」
「っ!?」
「俺の師匠は方向転換できるけど、お前はできないみたいだな。まっすぐ来るって分かってりゃいくら速くても避けれるぜ」
本当は目で追いきれないからイチかバチかで先に動いて、たまたま躱せただけのハッタリなんだけど、賭けに勝ったようだ。
アスミちゃんが攫われた時、周りに誰もいなかったのに突然コイツが現れた事から『神速』の使い手だと踏んでいた。
格闘スキルを極めた冒険者なら、『神速』スキルを持っていてもおかしくはない。
ただ、身体の軽いジンジャーでも『神速』は脚に負担がかかるという。
身体の大きいコイツは方向転換できないんじゃないかと予想していたがビンゴのようだ。
宙に放っていたネバネバ網玉を被されたブシンが驚いた顔を浮かべる。
そんなブシンに向け、俺は左手に握っていたある物を振り下ろした。
「寝てろ!」
「ぐわあっ!?」
肩口を刺され、ブシンが苦悶の悲鳴を上げる。
大型モンスターですら気絶させる麻痺毒の暗器。これなら……
「まさか、一撃食らわされるとはな……。少々甘く見すぎていたのかもしれぬな」
「――マジかよ」
大型モンスターですら泡を吹いて倒れる麻痺毒の針を食らっても、立ち上がってネバネバ網玉を引きちぎるブシンに、俺は戦慄する。
そして『鉄拳のブシン』の拳が襲いかかってきた。
「ヌウウっ!」
「うぐうっ!?」
とっさに革の盾を出したものの、思いっきり吹っ飛ばされて壁まで叩きつけられる。
「ぐっ、かっ――――」
「反撃の暇など与えぬぞ」
一瞬で距離を詰めてきたブシンが、拳のラッシュを叩き込んでくる。
顔面をガードするが、すさまじい威力の拳が腕を叩いてくる。
麻痺毒で弱らせてもこれかよ! 弱らせてなかったら、リューガクラスの破壊力だ!
「ヌウウウウウウウウっ!!!!!」
もう一回暗器を刺そうとしても、その隙を与えてくれない。
ボコ殴りに殴られ、俺は意識が飛びそうになる。
けれどもここで、寝てる訳にはいかねえんだ!
「シッ!」
懐から取り出した煙玉を蹴り上げ、ブシンの顔面に直撃させようとする。
けれどもブシンは、あっさりその煙玉を避けた。
だが、攻撃の手が止んだ。
俺は前転で転がり、ブシンと距離を取った。
「ハアッ……、ハアッ……」
「……フウ」
肩で息をする俺と、落ち着いて息を吐くブシン。
満身創痍のこちらと比べ、麻痺毒を食らったのにあちらは余裕のようだ。
でも、もう一度暗器を食らわせる事ができれば気絶させる事はできるはず。
「……」
「……」
こちらが何か狙っている事に気づき、警戒するブシン。
百戦錬磨の強者に考える時間を与えるのは愚策だ。
俺は正面からブシンに突っ込んだ。
「ヌウっ!?」
真正面から突っ込んでくるとは思っていなかったのか、ブシンが一瞬だけ驚いた顔をする。
しかしすぐにその鉄拳を振り下ろし――
「ハアアアアアアアアっ!!!!」
「ヌウウウウウウウウっ!!!!」
俺の暗器と、ブシンの拳が交差しお互いの身体に突き刺さった。
「――バカ、な。捨て身で来るだと……。キサマ、自分の命が惜しくないのか……?」
「グハッ……! ああ痛え……! 死ぬほど痛え……! 惜しいに、決まってんだろ……。痛いのだってイヤだ……。でも、あの子を助ければ回復魔法をかけてもらえるから、俺はボロボロになっても、お前に勝てりゃいいんだよ……」
殴られた肩は骨も肉もグチャグチャだろうし、この後メチャクチャ叱られるだろうけどアスミちゃんを助けられれば回復魔法をかけてもらえる。それを考えての捨て身の策だった。
音を立ててブシンが、前のめりに倒れる。
逃げ回り小賢しい手ばかり使ってた俺が正面から来るとは思わなかったのだろう。
それが一瞬コイツの判断を鈍らせた。
迷いなく拳を振り下ろされてたら、倒れてたのは俺だっただろう。
「ああでも痛え……! 今までの人生でもトップクラスに痛え……! アスミちゃんに、早く回復魔法を……!」
俺は、痛む身体を引きずりながらアスミちゃんが監禁されてると思われる部屋へと向かった。
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「ホエホエ~。待ちきれなかったんだホエ~」
いつもなら馬車か何かで帰ってきてるらしいが、今日はテレポートで館に帰ってきたらしいバカ王子が軽い足取りで自分の部屋へと帰ってくる。
よほど待ちきれないのか、不摂生でだらしない身体でスキップしながら、服を脱ぎ散らかしている。
つくづく品性下劣なバカ王子らしい。
そんな品性下劣なバカ王子の顔面に……
「ホエ?」
「っ!!!」
「ホエ~~~!!?」
ターバンで顔を隠した俺の拳が突き刺さった。
王子の身体が後ろに飛び、大の字にぶっ倒れる。
「テメエは俺の最も嫌いなタイプの人間だ。反省もしねえだろうし、罰も受けねえだろうが、その痛みだけは覚えとけ」
「……」
パンチ一発で気を失ったバカ王子がピクンピクンと震えている。
「……行こう」
「はい」
その横を一瞥もくれずに通り過ぎ、俺とアスミちゃんは第一王子の館を抜け出した。
………
……
…
「あ~あ、王族を殴っちまった。顔は見られてねえが、これで俺もお尋ね者だな」
第一王子の屋敷から引き上げながら、俺とアスミちゃんは夜道を歩く。
助けた時は涙を浮かべながら抱きついてきたアスミちゃんも、今はもうすっかり気を取り直したようだ。
満面の笑みで小さな胸をトンと叩く。
「大丈夫です! わたしが守ってあげます! 王族だろうがなんだろうが、サレン様の教会では、神官の方が上なんですよ?」
「でも俺サレン様の僕じゃないぜ? 教会で暮らせないだろ?」
「わたしの従者として雇ってあげます! サレン様だってお許しくださるはずです! なんせユイトさんは、サレン様のお気に入りですし」
「そうなのか?」
「はい! それにご存じですか?」
「ん?」
「サレン様の僕の神官は、結婚できるんですよ」
「……」
いや知ってるけど、それって……
「ですが、その必要はないかもしれませんね」
どこか残念そうな顔で、アスミちゃんが俺から目を逸らす。
「なんで?」
「あの王子は神官に手を出そうとしたんです。普段は人間界に干渉できないサレン様ですが、これで神罰を下せるはずです」
「神罰……。干渉できないってのはどういう意味なんだ?」
「神といえども人間界においそれと干渉してはならないというルールがあるそうなんです。ただし、例外もあります。その1つが神の僕に危害を加える事です」
「つまり……これからあのバカ王子に神罰が下るって事か?」
「はい、サレン様はお優しいですが怒ると怖いですからね……。あの王子もこれでおしまいでしょう」
その夜、国王の夢枕に怒り心頭のサレン様が現れ、今回の事の顛末を全て話し第一王子に厳罰を与える事・これまで被害を受けてきた女性達に補償をする事・第一王子の館に侵入し王子を殴った侵入者は無罪放免とし探さない事などを国王に約束させた。
第一王子フアンは私財を全て没収された上に北の地に幽閉され、悲惨な毎日を送る羽目になった。
フアンから被害を受けてきた女性達探しは、女達の居場所や特徴などが精緻に記されたメモによりスムーズに行き、十分な補償が与えられた。
そのメモを残していたと思われる男は、どこかに姿を消していた。
・リリーの印象
ユイト「友達」
セイラ「話しかけてもあまり答えてくれない。嫌われてる?」
レベッカ「仲のいい人間にしか心を開かない。人見知り」
アスミ「色んな意味でよく分からない」
カイル「実はあまり話した事ない」
ゲイル「美人。いい匂いがする」
ノッシュ「いつも魔法の基礎練習をしてる」
ミア「努力を努力と思わないタイプ。真の天才。素材がいいんだから化粧すればいいのに」
バロン「人見知り」
マシュー「一番冒険者っぽい冒険者。冒険好き。意外とアウトドア派」




