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バインドスキルで生き抜くファンタジー世界生活  作者: アブラゼミ
第3章「男の正体」

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第65話「ずっと好きだったんだぜ」

「ハ~っ……」

「エレナちゃん? ため息吐いてどうした?」

「ユイトさん、私、結婚できるかな?」

「……」

「私って、こんな仕事してるでしょ? 男の人は、気にするんじゃないかって思って」

「……」

「いつかこの仕事やめてさ、誰かと結婚するってなっても、こんな仕事をしてた事を調べられて知られたりしたらおしまいだなーって……」

「……エレナちゃんなら、幸せになれるよ」

「え?」

「エレナちゃんはきっと幸せになれる」

「……」

「大丈夫さ。俺が保証するよ。根拠は何も、ねえけどな」

「……じゃあ、私がお嫁さんに行けなかったらユイトさんにお嫁にもらってもらおうかなー?」

「ええっ?」

「保証したからには約束してもらわないと。私がお嫁さんになれなかったら、ユイトさんが責任持ってお嫁さんにもらってよ」

「いや、それは……」

「お金なんてなくていいからさ。私を幸せにしてよ。月30万マニーは、稼いでもらわないと困るけどね♪」

「いやお金いるじゃん!」

「冗談です♪ 私をもらうなら、3億マニーくらい用意してもらわないと」

「3億て……。まあエレナちゃんを嫁にもらえるなら……」

「やっぱ5億にしとこっかなー」

「3億でも無理だよ……。ハア、冗談はこのくらいにしよう」

「そうだね、ウフフ」


 ――ずっと昔に、こんな話をして笑い合った。

冗談だって事にして話を打ち切ったけど、俺は本気で――




****************************




「チクショウセイラの奴……! 人を狙い撃ちにしやがって……!」


 冒険者ギルドから引き返しながら、俺は悪態を吐き地団駄を踏む。

今日から施行された冒険者ギルドの新しいルール。

『高報酬クエストは、一定のレベル以下の冒険者は受けられない。』

最近低レベルの冒険者が高レベル向けのクエストを受けていて危険だという理由から出された新しいルールだ。


「家の権力使うなんて真似、嫌ってそうなくせに……!」


 高レベル冒険者達と組んでいても、レベル35以下の冒険者は高報酬クエストに参加できないというルールに俺は歯噛みする。

クリスにこっそり受けさせてもらえないか頼んでみても、ダメだと言われてしまってどうしようもない。迷惑をかける訳にもいかない。

 俺の貯金は最近引き出しが多すぎるという理由でセイラに管理される事になったし、八方塞がりだ。


「一体いつから……? レベッカの奴も1枚噛んでやがるな……」


 ポイズンスライムの報酬も口座振り込みにされてたし、この所レベッカはずっとセイラの家に泊まっている。

まるで、誰かが来るのを監視するかのように。


「5万マニー、5万マニーか……」


 今週末までに5万マニー必要だと言われているだけに、俺は焦る。

今の俺ならゴブリン退治やブラッディバッド退治くらいなら1人でできるが、道具を使わないといけないので採算が合わない。

しかし、もう背を腹には変えられなかった。




****************************




「エレナちゃん、遅れてゴメン! これ、約束の5万マニー」

「ありがとうユイトさん! ……大丈夫? 今大変なんでしょ?」

「ああ、まあな……」


 元いかがわしい店のオーナーの居酒屋で、俺とエレナちゃんは待ち合わせて金を渡す。

報酬5万マニーのクエストに20万の爆発玉やなんやかんやを使って大赤字だ。正直、痛すぎる。

オーナーに飲み物と軽いつまみを頼み、俺は席について一息吐く。


「最近セイラの監視が厳しくてな……。金は引き出せねえし、高報酬のクエストは受けれねえしで大変だよ」

「……」

「そうだ、レベッカって知ってるだろ? 俺といっしょに住んでる魔法使いなんだけど、アイツもちょくちょく俺の後つけてくるし、今日も撒くのが大変だったよ」

「……」


 おしぼりで手を拭きながら、黙り込むエレナちゃんの長い睫毛が瞬く。

何やら考えている時の彼女の癖だ。

その指は長く、爪も整えられていてキレイだ。あの頃と同じように。

つまみが届き、軽く食べ始める。

けれどもエレナちゃんは、箸をつけなかった。


「エレナちゃん、食べないの?」

「……え? うん……」

「大丈夫? ちゃんと食べてる?」

「……うん、勤め先の人によくしてもらってるし、まかない付きだから」

「いいなあ、俺も冒険者やめて働くかな。学歴も職歴もねえしやれる仕事なさそうだけど」

「……」

「エレナちゃん。悪いんだけど金を貸すのは今回で最後にして欲しいんだ」


 エレナちゃんの美しく青い目が、俺を見る。

その表情は、読めない。


「正直さ、もうキツイんだ。高報酬クエストも受けられねえし、今まで貸した金も結構な額になるし、そろそろ……」

「ううん、いいの。今までありがとう。これからは私が何とかするよ。借りたお金もいつかちゃんと返すね」

「あ、ああ……大丈夫?」

「うん、大丈夫」


 エレナちゃんが下を向いて、水を飲む。

下を向いて目を合わせないのは、ウソを吐いている時の彼女の癖だ。

彼女の事なら、分かってしまう。哀しいほどに。


「ねえ、ユイトさん」


 食事を終え、そろそろ帰ろうかと切り出そうとした時。エレナちゃんが俺をまっすぐ見て切り出した。


「私と、この街を出ない?」

「え?」

「ユイトさんが高報酬クエストを受けられないのは、この領内だけの話でしょ? どこか他の街でなら、受けられるでしょ?」

「ああ、まあ……」

「高報酬クエストを無理に受けなくてもいいよ。冒険者辞めて仕事をしてもいい。私と2人でどこか遠くの街で暮らそうよ。何もかも、投げ出してさ」

「……」

「私も正直、家に仕送り続けるの、疲れちゃったんだよね。新しい職場は、仕事は楽しいしいい人達多いしでもったいないかもだけど」

「……」

「貧乏暮らしでもいいよ。私は貧乏には慣れてるから。私と2人で暮らそうよ」

「……」

「私、ユイトさんの事が好きだよ」

「……エレナちゃん」

「ユイトさんがいればそれでいい。他に何もいらないから、私といっしょにどこか遠くに行こう?」

「……」

「返事は今すぐじゃなくていいからさ、考えといて。お願いね」

「あ、ああ……」


 それだけ言って、エレナちゃんが立ち上がり去って行く。

俺は、その背中を見ている事しかできなかった。




****************************




 日差しが照りつける中、鍬を振り下ろす。

季節は夏へと移ろい始めていて、日中は汗ばむほどだ。

頭にかぶった帽子の額から汗が流れる。


「精が出るな」


縁側からセイラが、声をかけてくる。


「ああ、まあな。暑くなると雑草が繁殖するし、雑草が生えてると作物の育ちに影響してくるからな」

「それは何をしてるんだ?」

「摘芽だよ。ムダな芽を摘むことで作物の生長を促すんだ」

「ムダな芽か……。摘まなくてもいいんじゃないか?」

「摘むと摘まないじゃ大きく違うんだよ。病気になってる所は早めに取り除いた方がいいしな」

「フム……。さすがは農家の息子。仕事熱心なのは貴様のいいところだな。だが、金と女の事はどうかな?」

「……」


 セイラの言葉に、俺は何も返さず黙々と手を動かす。

けれどもセイラは、そんな俺に構わず話し続ける。


「いつまで気づかないフリを続ける気だ?」

「……」

「あの女は、貴様の事を騙しているぞ」

「……」

「あの女の事は、すべて調べさせてもらった」

「……」

「あの女は……」

「んなこたぁ分かってんだよ!」


 鍬を地面に置き、俺は声を上げる。

これ以上を、聞きたくなかったし言わせたくなかった。


「んなこたぁ承知の上だ! あの子がウソを吐いている事は分かってる! でもそんなのどうでもいいんだよ!」

「……どうしてだ」

「好きだったからに決まってるだろ! 好きだった娘に助けてくれって頼まれたんだ! それに応えねえなんて男じゃねえ!」

「騙されているとしてもか」

「ああ、騙されてるとしてもだ」


 セイラの方を向き、その整った顔を見返して言い返す。

セイラの瞳に映る俺は、おそろしく情けない顔をしているだろう。

俺はもう、分かっていた。

これで、おしまいにしないといけないという事を。


「サレン様に誓ってもう金は貸さないし、会う事もしねえ。貸した金は……元々ドブに捨てるつもりで貸していたもんだ。返してくれとは言わないさ」

「貴様の金だ。好きにしろ」

「ああ、そうする。その代わりこの事や彼女がしてた事は、勤め先にはナイショにしておいてくれ」

「そんな真似などせぬ。安心しろ」


 それだけ言って、セイラが縁側から引き上げていく。

俺は、鍬を手に取り1度だけ地面に振り下ろして空を見上げてため息を吐いた。




****************************




「……だ、そうよ」

「……」

「どうすんの? これからもアイツを騙し続けるの?」

「……ハッ、もういいわ。あんな男。バカだし、金もないし。借金させて押しつけて姿消そうと思ってた所よ」

「――っ!」


 あたしの隣にいるアスミちゃんがいきり立ち、エレナに詰め寄ろうとする。

けれどもあたしは、手で制した。


「ねえアンタ。どうしてアイツにしたの?」

「ハア?」

「どうしてアイツに頼ったのかって聞いてんの。稼いでいる冒険者なら他にいるし、そいつらの方が金持ってるでしょ?」

「そんなの決まってるでしょ? 金がない方が同情して逆に金貸してくれるし、あの男がとびっきりのお人好しだからよ」

「本当にそれだけ?」

「……」

「本当にそれだけでアイツに頼ったのかって聞いてんの」

「うるさいわね。本当にそれだけよ」


 美しい銀髪をサラッと流し、エレナが煩わしそうに言う。

その目は、どこか憂いを帯びていた。


「『好きだった』、か……」


 エレナが、フッと息を吐いて空を見上げる。


「過去形にされるとはね。アンタ達の中に好きな相手でもできたのかしら?」

「「っ!?」」

「何動揺してんの? まさかあんな男に惚れてるの?」

「バカ言ってんじゃないわよ。そんな訳ないでしょ」

「……」


 アスミちゃんをチラッとだけ見た後、あたしをジッと見たエレナの目が一瞬揺らぐ。

けれどもすぐ、不快な笑みを浮かべた。


「それともあの領主の娘かしら? 誰にしろ身の丈に合わない恋ね。あのバカな男らしいわ」

「そ、そんな事ありませんっ!」


 笑うエレナに、アスミちゃんが食ってかかる。


「ユイトさんは、素敵な人です! あなたなんかより、ずっと、ずっと!」

「何ムキになってんの? これだからお子ちゃまは……」

「お子ちゃまじゃありません! キスした事だってあるんです!」

「それ以上はした事ないでしょ?」

「そ、それ以上……」

「経験もないガキがナマ言ってんじゃないわよ。お子ちゃま」

「~~っ!」

「ハイハイ、そこまでよ」


 これ以上この女のペースに乗せられる事はない。

あたしはエレナとアスミちゃんの前に割って入った。


「大声で騒いだらアイツとセイラが出てきちゃうでしょ。さっさと消えなさい」

「……フン、言われなくても分かってるわよ。もう二度と来ないわ。こんな所」


 エレナが踵を返し、どこかへ去って行く。

後ろ姿も美しい女だ。アイツがとち狂ってしまった気持ちも少し分かる気がする。

去って行く背中を見ながら、アスミちゃんがあたしに話しかける。


「……レベッカさん、あの人本当はユイトさんの事が好きだったんじゃないでしょうか」

「さあ、どうでもいいわ。でも……何とも思ってない相手に手編みのマフラーは渡さないでしょうね」


 マシューから聞いた、あのバカがあの女からもらった手編みのマフラーを大切にしていたという話。

マフラーなんて編んだ事ないから分からないけど、相当手間がかかるはずだ。

それをプレゼントするなんて……気のない相手にはしないだろう。


「ハア……、バカなのはどっちだったのかしらね」

「? レベッカさん、何の話ですか?」

「何でもない。あーあ、疲れたー。アスミちゃん、何か食べて帰りましょ」

「いいですね。わたし、今日はお魚の気分です」

「じゃあ決まりね。ギルド近くのビストロにしましょ」


 あたし達はセイラの家から離れ、エレナが向かった方と逆に進んでいく。

風に乗ってあの女のシャンプーの匂いが、うっすら漂っている。

けれどもそれは、すぐに消えていった。

こうしてエレナは、ユイトの前から姿を消した。

……数年後、ユイトの元に差出人不明のお金が送られてきたがそれはまた別のお話である。

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