第62話「エレナ」
彼女に出会ったのは、絶望の先へと足を踏み外しそうになっていた頃だった。
ここから先には何もなく、
ここより後にも戻れない。
また暗い事しか考えられなくなっていた頃だった。
「ユイトさん、メリークリスマス」
「これは…?」
「ユイトさんのために編んだんだよ」
「え!? マジで!?」
「冗談です♡」
「え?」
「ホントは自分のために編んだんだけど、ユイトさんいつも寒そうだから、ユイトさんにあげる」
「え……いやいや悪いよ。自分のために編んだんなら自分で使いなよ」
「ううん、あげる。大事にしてね?」
「あ、ああ……」
キレイな銀髪に白い肌、青くて美しい瞳。出る所は出ていて、引っ込む所は引っ込んでいるスタイルのいい女の子。
ウソかホントか分からない話をしてこちらをビックリさせるのが大好きで、
手先も器用で、病気がちの母親のために仕送りをしているという彼女。
店の客にいかがわしい真似して金を受け取っていると噂の女の子。
でも俺は本気で、彼女に恋をしていたんだ……
****************************
「頼む! 何も言わずにこの娘の住む所と就職先を見つけてくれ!」
「…」
土下座する俺と隣で縮こまるエレナちゃんを、スタイルのいい身体をパンツスーツに包んだセイラが冷たい目で見下ろす。
昨夜はウチの前でボロボロで座り込んでいたエレナちゃんを風呂に入れ、俺の服を貸し、飯を食わせ、俺の部屋の布団で寝てもらった。俺は物置に寝袋で寝た。
一晩経って少し元気を取り戻したらしいエレナちゃんは、俺にこれまでの事情を説明した。
あの日、バインドの効果が切れた時に隙を盗んで領主の部下達から逃げ出した事。
持っていた少ない金で安宿に泊まり、働き口を探したが見つけられず宿を出て行くしかなかった事。夜の仕事も領主の取り締まりによりできる所がなく、ここ数日は野宿し何も食べていなかった事。
そんな話を聞いた後、セイラを連れてきて今に至る。
「……住む所というのはここか? 私の家に住まわせろという事か?」
「いや、違う。住み込みか寮のある働き口を見つけて欲しいんだ」
「……フム、そういう事であれば困っている人間を助けるのは私の務めであるし、やぶさかではないのだが」
セイラが、厳しい目でエレナちゃんをジロリと睨む。
「エレナと言ったな」
「は、はい」
「キサマはこれまでどんな仕事をしていた? 何ができる? 何が得意だ? 何がしたい?」
「オ、オイ……。そんな一気に質問する事……」
「今私は貴様と話していない。この女と話をしている」
俺の言葉を遮り、セイラはエレナちゃんから目を逸らさない。
エレナちゃんは、そんなセイラの視線に怯みながらもまっすぐ向き合い質問に答えた。
「仕事は、服をつくる工場で5年ほど働いていました。手先は器用な方です。特にお裁縫や編み物が得意です。したい事は特にありません。家族に仕送りをしているので、お金が稼げればいいです」
「なぜ工場の仕事を辞めたんだ?」
「辞めたんじゃありません、領主のせいで潰れたんです」
「……」
「詳しい話は分かりませんけど、補助金が打ち切られた上に払うのを猶予されていた税金をすぐに払うよう言われて、経営が苦しくなって工場を売らないといけなくなったと説明されました」
「……」
エレナちゃんの言葉に、セイラが眉間を手で摘まみ目をつむる。
俺もこの話は聞いた事なかったのでビックリだ。
間接的にではあるが、責任を感じたらしいセイラが頭を振り大きなため息を吐く。
「……分かった。この女の仕事と住む所は私が責任を持って見つけよう」
「ホントか!」
「ああ、心当たりもある事だしな。大船に乗ったつもりで任せてくれ」
「ありがたい!」
「……」
手を握って感謝を示す俺を、セイラが何とも言えない表情で見る。
その視線がエレナちゃんへと移る。エレナちゃんはビクンと身体を震わせた。
「エレナとやら、今からついてこい。キサマを雇ってくれそうな所へ連れて行く」
「え、でも……」
「大丈夫だ、エレナちゃん。セイラがここまで言うって事は、信用できる相手って事だから」
「……」
俺を不安げに見つめるエレナちゃん。
しかし意を決したように小さく頷いた。
「分かりました。セイラさん、よろしくお願いします」
「ああ」
少ない荷物をまとめエレナちゃんが、クリーム色の髪を翻して歩き始めたセイラの後をついていく。
外に出る直前、俺の方をチラッと振り返ったが手を振って送り出した。
エレナちゃんが、後ろ髪を引かれるような顔をした後前を向いてセイラの後を追い出て行く。
俺は少しだけ、寂しい気持ちを感じたが何とか振り払った。
****************************
「あの女の働き口を見つけてやったぞ。寮がついている所だ」
「ホントか!」
「ああ、早速今日から働いている。働き口の人の話では、真面目そうだし、器用だしちゃんと働けそうだ」
「そうか……よかった。ありがとう、恩に着る」
「……別に、私はただ働き口を紹介しただけだ」
「それでもありがとう、ああよかった……」
「……」
セイラが、安堵する俺に向けてジトっとした目を向けてくる。
「あの女がどこで働いているのか聞かないのか?」
「お前が紹介してくれた所ならちゃんとした所だろ。俺が知る必要はない事だ」
「……フム」
何か思う所があるのか、セイラが俺の顔を見て意味深な表情になる。
「お礼と言っちゃなんだが、シチューを煮込んでおいた。夕飯に食べていってくれ」
「……頂こう。頂いていくが、ユイト」
セイラが、真剣な面持ちで俺の目をまっすぐ見る。
「自制はしているようだが、あの女、気をつけろよ」
「気をつけろって、エレナちゃんはそんな娘じゃねえよ」
「私の女の勘が告げているのだ。あのエレナという女に関わるのは、よくない気がする」
「お前がエレナちゃんの何を知ってるんだ。あの子はいい子だよ」
「お前は……いや、もういい。とにかく、気をつけろよ」
「へいへい」
セイラの小言を受け流し、俺はシチューを注ぎにいった。
セイラの何か言いたげな目線を、じっと背中に感じていたが無視をした。
****************************
「フーっ、今日もよく働いたな」
畑仕事を終え、公営の広い風呂に入りに行き上機嫌で俺は帰り道を歩く。
夏野菜もすくすく育ち、秋に収穫する物も植えた。
土に恵まれているからか、中々いい野菜が育ちそうだ。
長年ほったらかしにされてたから、雑草だらけで色々と大変だったが。
「……あれ?」
見覚えのある銀色の髪の後ろ姿が、セイラの家の前にある。
「エレナちゃん?」
「ユイトさん」
振り返ったエレナちゃんが、パアっと明るい顔をする。
高鳴りそうになる心をグッと拳を握って沈め、俺はつとめて冷静な声を出そうとする。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「ううん、勤め先がいい所でよくしてもらってる。ユイトさんにお礼を言おうと思って」
「そうなんだ。よかった。でも勤め先を見つけたのはセイラだから」
「うん、でもユイトさんにもお礼を言おうと思って。本当にありがとう」
「いや、エレナちゃんの役に立ててよかったよ」
「この前大体聞いたけど、あの人が領主の娘でユイトさんの雇用主?」
「ああ、そうだよ」
数日前の朝、エレナちゃんの話を聞いた後で俺の事情も大体話した。
さすがに魔王の幹部達うんぬんの話までは、話す時間がなかったけど……
「それじゃあ俺は明日に備えてもう寝ないといけないから、お休み」
エレナちゃんの横を通り過ぎ、玄関の鍵を開けて終わりにしようとする。
けれどもエレナちゃんが俺の服の袖を掴んできた。
「ユイトさん」
言わせてはいけない。聞いてはいけない。
危険信号が頭の中を駆け巡ってるのに動けない。
この手を振りほどき家に入って玄関を閉めるべきだ。
それが分かっているのに動けない。
「こんな事を頼むのは申し訳ないんだけど、ユイトさんにどうしてもお願いがあるの」
エレナちゃんの青い瞳が、俺を捉えて放さない。
自分の心臓の音がうるさいくらいに聞こえる。
首筋をひとすじの汗が流れる。
言わせてはいけない。聞いてはいけない。
危険信号が頭の中を駆け巡ってるのに動けない。
そんな俺に向けて、エレナちゃんが申し訳なさそうな顔でこう言った。
「少しだけ、お金を貸してくれませんか?」




