第55話「剣を取る理由」
「フッ! フッ! フッ!!!」
「ぬっ! ぬうっ! ぬうっ!!!」
私の猛攻を、イゾウが上の腕に握る刀で受け止める。
反撃が来ないのは、余裕がないからか、それとも戸惑いか。
「なぜ倒れぬ! なぜ斬れぬ! あの『剣聖王子』や『花剣のライラ』に劣るお主が!」
「私の剣は聖剣! 鎧は聖鎧! レイフォード家は『剣聖』と呼ばれた先祖が興した家! 剣で私が負ける訳にはいかぬ!」
「下らぬ事を……! 歴史が何だと言うのでござるか! 魔界と人間界合わせて250年、拙者は数多の剣豪を斬ってきたでござる!」
「そうか、ならば今はキサマが斬られる番だ」
「――たわけた事を! 『二刀流』……!」
「遅い!」
イゾウが技を繰り出す前に、私の大剣がイゾウを弾き飛ばす。
とっさの受けも間に合わず、イゾウの着物の開いている胸に軽い傷ができる。
「拙者が、傷を……!? この……!」
「遅いと言っているだろう、魔王の幹部」
私は一瞬にしてイゾウの背後に回り込み、大剣で背中をナナメに斬りつける。
イゾウは両上腕に握る刀を反転して構え、私の大剣を受け止めにかかる。
しかし――
「ハアアアアアアアアっ!!!!」
「ぬううううううううっ!!!?」
私の勢いに押され、イゾウが膝を突く。
なんとか耐え剣を弾き返したイゾウが、後ろに飛んで距離を取る。
イゾウの目が、私の目と合う。
「……その方、魔力にて自分の身体能力を上げておるでござるな」
「いかにも」
白く光り輝く大剣と、私の全身を見て、イゾウが私の力と速さが上がった理由を言い当てる。
聖剣と聖鎧2つ同時に魔力を注いで力を上げる、レイフォード家に伝わる奥の手だ。
「それだけの力、長く持つとは思えぬ。使った後も大変な事になるであろう」
「ああ、覚悟の上だ」
レイフォード家の奥義書に、使用後は死ぬほどの激痛と倦怠感を味わうと書いてあったため使うのをためらう技だ。
それに発動させるのに時間がかかる奥の手でもある。戦いの中でしか発動を始められないというのも厄介この上ない。
「……つまらぬと言った事、撤回させていただくでござるよ。人間の剣士」
4本の刀を鞘に収め、イゾウが深くて長い息を吐く。
下の2本の腕で刀の柄を握り、上の2本の腕で刀の鞘を押さえる。
呼吸を整え、ここ一番の技を出す準備だ。大技が来る。
「そなたはあっぱれな剣士でござる。斬った後も覚えておいてやる故感謝するがよい」
「ふざけるな、斬られるのはキサマだ」
私も残りの魔力を振り絞り、最後の剣を振るう準備をする。
これを使ったら、もう私に戦う力は残らないであろう。
正直、迷いが生じる。
こんなイチかバチかなんて戦法、私には似合わない。
誰かに当てられてしまったのだろうか。あの無様に足掻く戦い方をする男に。
私とイゾウの間に、一陣の風が吹く。
今でも私は、迷っている。
本当に私に、この魔王の幹部が倒せるだろうか。
自信をへし折られた私に、倒せるだろうか。
自分の強さにうぬぼれていた私に、剣を取る資格があるだろうか。
「いざ参る! 『二刀流・死剣』!!!!!」
青い輝きを放つ刀と、黒いオーラを漂わせる刀。
飛び込みながらの2本同時の居合抜きが、青と黒の輝きを放ちながら放たれる。
「『ホーリー・ソード・レイフォード』!!!!!」
私はそれを、大剣を振り下ろして叩き斬りにかかった。
「ぬううううううううううううううううっ!!!!!」
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!!」
イゾウの2本の刀と、私の大剣がぶつかる。
「ぬううううううううううううううううっ!!!!!」
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!!」
迷ってもいい。断ち切れ。
勝利も敗北も栄光も挫折も痛みも喜びも悲しみも怒りも、これまでのすべてを、断ち切れ。
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!!!」
「ぬううううううううううううううううっ!!!!?」
私の大剣が、イゾウの2本の刀を叩き斬る。でもまだ終わってない。
私は大剣を振り上げ、大上段に構え振り下ろす。
イゾウが両上腕に握った刃の潰れた二本の刀で、受け止めようとする。
けれども大剣は、その刀ごと魔王の幹部の身体を叩き斬った。
「よもやよもや。――見事でござる」
肩から腰までザックリ斬られた魔王の幹部が、音を立てて仰向けに倒れる。
「ハアっ、ハアっ、ハアっ……」
魔力を使い果たし、私の全身を死ぬほどの激痛が駆け回る。
今すぐ倒れ込みたい所だが、リューガの事もある。
私はイゾウの身体に剣を向けながら警戒した。
「そう警戒せずともよいでござる。刀を失った時点で拙者の負け。剣士として、恥は晒さぬでござるよ」
「ハアっ、ハアっ、……そうか。介錯は必要か?」
「不要でござる。じき、消える故」
言葉通り、イゾウの身体が塵になり始めている。
私はイゾウに、気になっている事を問いかけた。
「キサマに聞きたい事がある。魔王とは何だ?」
「魔王様は魔王様でござる。魔界の王でありながら、その地位を捨て人間界に来た偉大な御方でござる」
「どのような力を持っているのだ?」
「言えぬ。知りたいなら直接確かめてみろでござる」
「……魔王の幹部の数と、それぞれの力は?」
「それも言えぬ。だが拙者を討ち取ったお主に1つだけ教えてやるでござる。魔王軍最強は拙者でござる。しかし残りの魔王の幹部は拙者より弱くとも、それぞれ厄介な能力を持っている者達でござる」
「……」
「宣言してやるでござる。お主ら人間では、魔王様に勝てぬでござるよ」
「ならば何度でも超えるまでだ。キサマをこうして討ち取ったようにな」
「――減らず口を。その顔が絶望に歪む日が楽しみでござるな」
イゾウがフウと息を吐き、目を閉じる。
その身体はもう、胴まで消えかけている。
「何か言い残す事は?」
「魔王様にお会いしたならお伝えして欲しいでござる。『おかげでよき人生だった』とな」
「……分かった。伝えよう。もっとも魔王などという物騒な者に、会う機会がない事を願うがな」
「クハハっ、そうであろうな」
イゾウがもう一度、フウと息を吐く。
そして、目を開き私に問いかけた。
「ひとつだけ聞きたい事がある。そなたは何故剣を取るでござる?」
「剣が好きだからだ」
「……」
「私は剣が好きで、剣を始めた。誰よりも剣で強くなりたいと願った。その気持ちを思い出せたから、キサマに勝てた」
「世迷い言を。好きだという気持ちだけで、強くなれるなら、世の中強者ばかりでござる」
「だろうな、だがその気持ちを思い出せたから私は、キサマに勝てたのだ」
「……」
「私は剣が好きだ。だからこれからもっと、強くなる」
「――剣を好きな気持ちか。拙者、すっかり忘れておったやもしれぬな」
イゾウの顔に、わずかだが後悔の色がにじむ。
この魔王の幹部もまた、強さに囚われ自分を見失っていたのかもしれない。
「人間の剣士よ。誇るがよい、そなたは魔界最高の剣士、『死剣のイゾウ』を討ち取った者なるぞ」
「承知した。キサマと戦えた事、誇りに思う」
「――ああ、よもや人間の剣士に斬られるとは。しかし拙者、満足でござる」
胸元まで消えかけているイゾウが目を閉じ、口元に笑みを浮かべる。
「魔王様、お先に」
強い風が吹いた。
イゾウのすべてが塵と消える。
私は、魔王の幹部を討ち取った実感を感じながら気を失い後ろに倒れた。




