第53話「分からず屋の決意」
「お嬢様! もうおやめください!」
「止めるな! 止めるなら出て行け!!!」
レイフォード領の鍛錬場にて、私を止めようとする部下達に私は大剣を向ける。
一晩中大剣を振って手はボロボロ、身体も疲れ切っている。
けれどもこれだけやってもアイツに勝てる気がしない。
「お嬢様……」
「出て行けと言ったのが聞こえないのか! 出て行け!!!」
私に一喝され、部下達が怯えたような、呆れたような顔を浮かべて去って行く。
私は誰もいなくなった鍛錬場で、大剣を振るい続ける。
けれども浮かんでいる敗北のイメージは斬れない。
あの『四剣のイゾウ』に勝つイメージが……
「『バインド』」
「んなっ!?」
突然縄が飛んで来て、私は後ろ手に縛り上げられる。
大剣を取り落とし、足も縛られた私は無様に鍛錬場の床に転がる。
「な? 言っただろ? どうせこんな事だろうからバインド用の縄を用意しといた方がいいって」
「せめて話くらい聞いてからにしなさいよ。……まあ、どうせ何言っても聞かないだろうし、乱暴だけどこれしかないってのは同意だけれどね」
鍛錬場の入り口に、ユイトとレベッカ、それにアスミ様とミアとか言っただろうか、女魔法使いが入ってくる。
「貴様達……! 何をする気だ! 縄を解け!」
「残念だけど解けねえよ。時間経たないと解けねえんだ。レベル2になったから最大半日くらいな」
「ふざけるな! 半日もこの状態でいさせる気か!」
「こうでもしないと無茶を続けるでしょ。ああもう……手、ボロボロじゃない。アスミちゃん、回復魔法を」
「はい」
私の手を握り、アスミ様が回復魔法をかける。
それはありがたい。ありがたいのだが後からでいい。
あの魔王の幹部と再戦する前で……
「こんな事をしている場合じゃないんだ! 私はアイツに勝てるようになるまで、鍛錬を続けないと……!」
「ミア」
「ハイハイ。ゴメンね、領主の娘様。……『スリープ』!」
私は、ミアとかいう魔法使いの女の眠りの魔法にあっけなく眠らされた。
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――目が覚めた時には夕方らしかった。
窓から差し込む夕日がまぶしい。私は自分の家の布団に寝かされていた。
バインドの拘束はもう解けている。
半日とか言っていたから解けたのは昼頃だったのだろうが、眠りの魔法でそこから更にまた半日眠らされていた訳か。というより、眠ってしまっていた訳か。
「あいつら……! 折檻してやる!」
「やめときな。今の嬢ちゃんじゃユイト達にも勝てねえよ」
気づくとジンジャー殿が私の枕元であぐらを掻いていた。
全然気配に気づかなかった。やはりこの者、相当な実力者らしい。
「ジンジャー殿……。なぜ魔王の幹部との戦いに駆けつけなかった?」
「ムジカの店で飲んでて酔い潰れてたんだ。気づいた時に終わった後だった。……カイル達にこっぴどく怒られたぜ」
カカカ、と笑うジンジャー殿。どれだけ自由なんだろうこの方は。私は怒る気もせず布団から起き上がる。
「行かねば」
「どこへ行くってんだい?」
「決まっている。鍛錬にだ。あの魔王の幹部に勝てるよう、己を鍛えなければ」
「そいつは無理だぜ。嬢ちゃんの大剣ならユイト達が持ってった。ミアとレベッカって嬢ちゃんがいるからテレポートで逃げられる。何日鬼ごっこしようと逃げ切られちまうだろうな」
「なっ!? あいつら……!」
聖剣レイフォードを何だと思ってるんだ!
バインドを食らわせた件といい、捕まえたらただで済むと思うなよ……!
「それに今の嬢ちゃんがいくら鍛えたって、魔王の幹部とやらには勝てねえよ。目が曇っている今の嬢ちゃんにはな」
「なぜそのような事が分かる。あの魔王の幹部、『四剣のイゾウ』との戦いを見ていない貴方が」
「見てねえけど聞いてるからな。それに今の嬢ちゃんの目を見れば分かる。自分を見失っている今の嬢ちゃんの目を見れば、な」
「私は……!」
床を殴ろうとして、すんでの所で思いとどまり拳を握った私はジンジャー殿に向けて声を上げる。
「私は領主の娘として……! 聖騎士として、この街とこの街に暮らす人間を守らねばならんのだ! どんな相手だろうと! 魔王の幹部だろうと!」
「それが、嬢ちゃんの剣を取る理由だってのかい?」
「ああそうだ!」
「なるほど……つまんねえ理由だな」
イゾウと同じ事をのたまったジンジャー殿に、私は怒りを覚え手を振るう。
けれども手刀はあっさり躱され、あまつさえ首筋を指で突かれた。
「なっ……!?」
「身体が痺れる点穴だ。いくら鍛えても防げねえ急所だよ。
ジンジャー殿の言葉通り、身体が痺れて動かない。
「こんな事をしてただで済むと……!」
「おお、おっかねえ。でも先に手を出してきたのはお前さんだぜ。怒りで我を忘れてな」
「……」
ジンジャー殿に諭され、血が上っていた頭が冷える。しかしムカつく。この無神経さ、さすがあの男の師匠だ。
「つまんねえって言ったのは理由があるんだよ。そんな理由じゃ頑張れないからだ」
「それは、何故……」
「お前さん、自分を見失ってるだろ」
ジンジャー殿の言葉に、思うところがあり私は黙り込む。
そう、私は自分を見失っている。
あのドラゴンと戦った時から、ずっと。
「自分より強い相手の登場、自分より強い相手などいないという自尊心を打ち砕かれた葛藤、ふがいない自分への怒りで目が曇ってらあ。そんなんじゃいくら鍛錬したって強くなれねえよ」
「……どうすれば、よいのですか?」
「簡単なこった、自分が剣を取った頃の気持ちを思い出せばいいんだよ」
「剣を、取った頃の気持ち……」
「お前さん、なんで剣を始めた」
「……」
ジンジャー殿の言葉に、私は剣を取った頃の気持ちを思い出す。
その答えは、すんなり出る。しかし……
「それを思い出した所で、あの魔王の幹部に勝てるのですか?」
「さあな、勝てるかもしれねえし、勝てねえかもしれねえな」
耳をほじりながらそんな事をのたまうジンジャー殿に、私は怒りを覚える。
覚えるが、わざと怒らせようとしている事を悟り自分をコントロールする。
そんな私をチラリと見て、ジンジャー殿がカカカと笑う。
「でもひとつだけ言える。お前さんは今より強くなるよ」
「本当に、そんな事で……」
「なれる。言うだろ? 『好きこそものの、上手なれ』ってな」
「……」
本当にそうだろうか。
疑念は残るものの、私は痺れが取れた身体で佇まいを直し、ジンジャー殿に礼を言う。
「ジンジャー殿、ありがとうございました。おかげで頭が冷えました」
「そうかい。で、どうする?」
「とりあえず……ユイト達に礼を言います。私を助けてくれた事、私を止めてくれた事に対して」
「ああ、いっしょに飯でも食って仲直りしてこい。そんでもってあの魔王の幹部をどうするか話し合うんだ。お前さん1人で戦ってるんじゃねえんだからな」
「はっ……」
「俺も今日から禁酒して備えておくよ。話がまとまったらムジカの店に来てくれや」
「かしこまりました」
昨日は戦いに参加できなかったが、今度は戦いに参加する気があるというジンジャー殿の言葉に、私は頷く。
しかしジンジャー殿は気づいているようだ。
私があの魔王の幹部と、1人で戦おうと決意を固めた事を。




