第52話「月見酒の夜」
「♪月が~出た出~た、月が~出た~ ヨイヨイ」
山の上のあばらやにて、拙者は月を見ながら酒を飲む。
『月見酒とは、随分な身分なのダゾ』
拙者の前に、青いローブを纏った黒い影が現れる。
「よいではないか、人間いつ死ぬか分からぬもの。飲める時に飲む、楽しめる時に楽しむものでござる」
『キサマは魔族の魔人なのダゾ。殺しても死ななそうなのダゾ』
「パトラトラ、お主も飲むでござるか?」
『いらないのダゾ。お前も知っているのダゾ。飲めないのダゾ』
「つまらぬでござるな~。某の刀は?」
『頼まれた通り持ってきたのダゾ。受け取るのダゾ』
拙者と同じ魔王の幹部の1人、パトラトラが魔王様の城から持ってきた二振りの刀を受け取る。
名刀・明鏡止水
魔刀・不倶戴天
魔界で10本の剣に入る二振りでござる。
「かたじけない。礼を言うでござる」
『構わないのダゾ。オーガ達をテレポートで近くの谷に送った時に比べれば楽な話なのダゾ。アイツらは全然言うことを聞かなかったのダゾ。あまつさえ、ワタシを食べようとしてきたのダゾ』
「それは難儀でござったなあ」
あの暴れ者のオーガ達を思い出して、拙者はパトラトラの苦労を忍ぶ。
何故魔王様はあのような者を魔王の幹部に取り立てたのか。
最近加わった魔人になった人間の男といい、理解に苦しむでござる。
まあ魔界から魔王様についてきた者は、もう拙者とゴアしか残っておらぬゆえこの世界で登用せざるを得ないのは分かるが。
『それにしてもどうして、あの連中にとどめを刺さなかったのダゾ?』
「これを見よ」
パトラトラに向けて、拙者は本日使っていた刀を見せる。
『これは……ヒビが入っているのダゾ?』
「こうなってしまっては使い物にならないでござる。あの女騎士の鎧もよい物でござったが、この街の冒険者が身につけていた防具も中々よい物だった模様。よほど腕のよい鍛冶が鍛えたのでござろうな」
『腕のよい鍛冶……ムジカという者なのかなのダゾ? 始末しておくべきかダゾ?』
「ならぬ。よい鍛冶は得がたい者。今後魔王軍の装備や武器を鍛える者を得るために、殺すなでござる」
物騒な事を言うパトラトラに向けて、拙者は『不倶戴天』を構える。
パトラトラは両手を挙げて、降参の意を示す。
『その刀で斬られたら、ワタシもひとたまりもないのダゾ。分かったのダゾ。鍛冶には手を出さないのダゾ』
「分かればよい」
パトラトラの言葉を聞いて、拙者は刀を収める。
そう、魔王軍には人員が足りない。
魔王様の右腕たる拙者1人が万の働きをしても、すべてをカバーできる訳ではない。
『それにしてもどうして、初めからその刀2本を持って来なかったのダゾ?』
「刀は消耗品でござるからなあ。いかに名刀といえど使えば使うほど悪くなるもの。それにこの街にあの王都で出会った剣士達のような強者はおらぬようだったからな」
そう。リューガを仕留めた者がいるという割にはこの街にあの『剣聖王子』や『花剣のライラ』ほどの強者がいる気配は感じない。
妙な気配は感じるのだが……
『その割にその2本の刀は変えないのダゾ』
「上の手で持つ刀は防御用、下の手に持つ刀が攻撃用でござる。某はこれにて魔界一の剣士になったのでござる」
『その話は聞き飽きたのダゾ。しかし上の二本は刃が潰れているのダゾ。変えたらどうなのダゾ』
「何を抜かすでござる。この二本は何物にも代えがたい刀でござる」
数多の強敵の剣を受け続け、刃が潰れてしまった無銘の刀なれど上の二本は某にとってどんな名刀より自慢の刀でござる。
「あれは魔界にて、『炎剣のマキシム』と戦った時……」
『その話は聞き飽きたのダゾ』
魔界での名勝負を聞かせようとした拙者を、パトラトラが止める。つまらぬ奴め。
「しかし何故魔王様はこのような地に拙者を来させたのでござるか? リューガごときを討ち取った者など、大した脅威でもなかろうに」
『この街にいるからなのダゾ。魔王様のお眼鏡にかなうかも知れぬ者が』
「ほう」
パトラトラの言葉に、拙者は目を細める。
魔王様の本懐を遂げる相手がいるとなれば、拙者張り切るのでござるが……
「斬ってよいのでござるか?」
『構わないのダゾ。死んでしまっても、魔王様が蘇生してくださるのダゾ』
「あいわかった」
拙者は2本の刀を床に置く。
名刀・明鏡止水
魔刀・不倶戴天
この2本を持って『死剣のイゾウ』は完成する。
こうなった拙者は誰にも止められない。
誰が相手だろうと、死という結末を迎えるだけでござる。
『それではワタシは帰るのダゾ。戦い、見させてもらうのダゾ』
それだけ言い残して、パトラトラの姿が消える。
あの者も邪法に手を出したとかで人間界で爪弾きにされていた所を、魔王様に拾われた幹部の1人。
付き合いは悪いが、有用な所は拙者も認めている所でござる。
「さて、3日後の夕刻に少しは楽しめる者が出てくるとよいのだが」
今日はあの女騎士にしても、魔法使いにしても、あの冴えない男にしても大した者がいなかったため興ざめしたでござるが、リューガを倒した者は別にいるようなので少しは楽しめるとよいのだが。
「♪月が~出た出~た、月が~出た~ ヨイヨイ」
拙者は、月見酒の続きを楽しんだ。




