第21話「ファースト・○ス」
「冒険者ユイト、ようこそ死後の世界へ。あなたはつい先ほど亡くなりました」
真っ白な世界の中で、俺はこの世のものとは思えない女性、いや、女神と相対していた。
「サレン、様…?」
「はい、わたくしがサレンです」
目の前で微笑む、白い髪の美女は教会で見る彫像そっくりの女神様だった。
頭には紺色のフード、身体は紺色の女神のような服を着た美しい女神だ。
美しい女神が、背もたれの長い椅子に腰掛けていた。
なんて美しいんだろう。
なんて神々しいんだろう。
俺は腰掛けていた椅子から降り、ひざまづいてサレン様に敬意を表した。
「サレン様……! お会いできて光栄です……!」
「そう言って頂けるのはありがたいのですが冒険者ユイトよ、あなたは死んだのですよ?」
「ええ、ですが悔いはありません……! サレン様にお会いできたのですから!」
「そ、そうですか……」
若干引き気味に、サレン様が戸惑った様子を見せる。
でもいいんだ。
許されるのなら目の前の女神にバインドをかけてみたいけど、サレン様にお会いできただけでもう十分だ。
「するとここは……『死者の部屋』ですか」
「はい、その通りです」
俺の問いに、サレン様が微笑みながら答える。
幼い頃から読んでいた本に書いてあった『死者の部屋』。
人生を終えた時、この部屋で女神サレンの審判を受けるという部屋。
生前の行い次第で天国か、お説教部屋に行かされるという場所。
「覚悟はできました。サレン様、さあ、審判を」
女神に説教されるなら本望と覚悟を決めた俺。
そんな俺を見てサレン様が何やら頭を押さえハーッとため息を吐いた。
「冒険者ユイトよ。あなたはまだ死にません。今わたくしの僕があなたに蘇生魔法をかけている所です」
「え?」
「あなたは生き返るのです」
「え?」
「あなたは生き返るのです」
サレン様に二度言われ、俺は自分が生き返るという事を理解する。
「え? 俺、生き返るんですか?」
「はい」
「ていうかあの子、アスミ様って蘇生魔法使えるんですか?」
「はい、アスミはわたくしの僕の中でも特別ですので、蘇生魔法が使えるのです」
「え? でも、あのドラゴンが……」
「心配ありません。アスミの友の女騎士が退治しました」
「セイラが……」
「冒険者ユイト、わたくしの僕を、アスミを救って頂きありがとうございました」
サレン様に頭を下げられ、俺は大慌てで恐縮する。
「サササ、サレン様! お顔をお上げ下さい! 当然の事をしたまでです!」
「あなたはそう思うのでしょうが、普通できる事ではありません。ただ……」
サレン様が、俺を少し厳しい目で見る。
その目は、何だか怒っているようだった。
「冒険者ユイト」
「は、はい」
「命を粗末にする事は許しません」
「……」
「あなたは自分の命に価値がないとお思いのようですが、そのような事はありません。次に自分の命を粗末にするような真似をしたら、わたくしの僕が蘇生魔法をかけようと、あなたを蘇らせる事はない。そのように肝に銘じなさい」
「は、はい……」
全てを見透かしている女神の前に、俺は頭を下げる。
確かにあの時、俺は死んでもいいという気持ちでアスミ様を助けた。
いや、死ぬためにアスミ様を助けた。
だって俺は、生きている価値のない……
「あなたはこれから、人類と魔王軍との戦いに欠かせない人間となるのです。こんな所で死んでいい人間ではありません」
「そんな……俺なんかが魔王軍との戦いにだなんて」
「信じられないでしょうが本当の事です。これからあなたには、魔王の幹部達との戦いが待っています。そして魔王の幹部達に勝つには、あなたの力が必要なのです」
サレン様の言葉に、血の気が凍るような思いがする。
マジかよ。魔王の幹部との戦いなんて、命がいくつあっても足りないぞ。
ていうか俺の力って何? バインドしか使えないぞ?
「ですので命を粗末にするような真似は許しません。次にしたら……許しませんよ?」
「はい……」
険しい顔のサレン様に睨まれ、俺は身を竦める。
魔王の幹部より、サレン様に見捨てられる方が怖い。
「まあお説教はわたくしの僕に任せるとして、お話しましょう!」
「へっ?」
突然明るい声になったサレン様の声に顔を上げると、何やら楽しそうな顔で微笑む女神がいた。
「下界を見ていた時からずっと、あなたとお話してみたくてたまらなかったのです! ずっとここにいて退屈ですし、面白い話を聞かせて下さい!」
「は、はあ……?」
女神の豹変ぶりに、俺は戸惑う。
何やら気に入られてるみたいだけど、心当たりがまったくない。
むしろ嫌われそうな人生を送ってきたというのに……
「蘇生魔法をかけてから復活するまで1時間ほどかかります。それまでお話しましょう! 冒険の話やダンジョンの話など、聞かせて下さい!」
「えっと……サレン様は、下界の様子を見れるんですよね?」
「はい。ですが1人をずっと見ている訳にも行きませんし、どこでも見通せる訳ではないのです」
少し寂しそうに微笑む女神様。
そんな顔を見せられると、話して差し上げたくなる。
「まあここに来たので、これからはあなたをどこでも見守れるのですが、これまでの冒険などは見れなかったのでお話が聞きたいです! さあ! 早く早く!」
「えっと……? 俺なんかの話なんて、面白くも何ともないと思うのですが……。低レベルのクソ雑魚冒険者ですし……」
「そのような事ありません! 平凡で慎ましくも幸せな人生の話や、俺TUEEEE!系の冒険譚や武勇伝はもう聞き飽きたのです! あなたのような泥臭くて情けなくて弱っちい冒険者の話を、是非聞いてみたいのです!」
「は、はあ……」
これからはどこでも見守れるという気になる事と、何やら失礼な事をサラッと言われた気がするが、女神様も何やら色々溜まっているらしい。
そんなサレン様に向けて俺は、面白いのかどうかは分からないけれどこれまでの冒険の話やクエストの話、ダンジョンに潜った話などを正直に話した。
サレン様は、楽しそうに相づちを打ちながら俺の話を聞いていた。
****************************
「うっ……」
光がまぶしい。
目を開けると、夕焼けが木漏れ日になって降り注いでいた。
何やら温かい感触が頭を包んでいる。
「ユイトさんっ!」
「おわっ!?」
「よかった! よかったです! このまま目を覚まさなかったら、どうしようかと思ってました!」
次の瞬間、アスミ様が俺に抱きついてきた。
え? 何? この状況?
辺りを見回す。見覚えのある景色だ。
新しくできた教会の庭だと気づき、俺は『死者の部屋』からこの世に帰ってきたのだと悟る。
そして今、俺を膝枕しているアスミ様に抱きしめられている。
え? 何? どういう状況?
「あの、アスミ様……」
「はいっ!」
グズっと鼻を鳴らしながら、アスミ様が顔を上げ答える。
「アスミ様、俺を生き返らせてくれたんですね。ありがとうございます……アイタっ!?」
「ありがとうじゃありません! わたしを庇って死んでしまったのですから当然の事です! ていうか何ですかアレは! あなたならわたしを助けながら自分も生き残る事ができたでしょう!!!」
「……」
涙目のアスミ様に頭をグーで殴られ、俺は何も言い返せない。
「自分の命を粗末にする事は許しません! あなたもサレン様信者なら分かるでしょう!」
「……ああ、サレン様にも叱られたよ」
「ならいいです! いえ、よくありません!」
「どっちだよ……」
「よくありません! 次にあんな真似をしたら、一生許しません! サレン様に言いつけて、来世も童貞になる呪いをかけてやります……!」
「……」
サラッと恐ろしい事を言うアスミ様。オイやめろ、誰が童貞だ。
俺の頭を胸に抱いて、アスミ様が自分の顔を見せないようにする。
「セイラさんもレベッカさんも悲しんでました。あなたが死んだら、リリーさんという方も悲しむでしょう。他にも大勢、悲しむ人がいるはずです。自分の命を粗末にするような真似、しないで下さい……!」
「……はい」
胸を濡らす涙に、俺は自分がしてしまった事の業を知る。
セイラがレベッカがと言っているが、自分を庇って俺が死んだ事に、アスミ様は深くショックを受けたようだ。
サレン様はここまで見通していたのだろうか、
ここまで言われ、悲しまれてしまっては、もうあんな真似はできない。
グズグズ泣き続けるアスミ様。
どれくらい経っただろうか、泣きやんだアスミ様が俺を離したので身体を起こし、気になっていた事を聞く。
「えっと……、あのドラゴンは? あの後どうなったんだ?」
「ユイトさんの目隠しにもがいている間に、セイラさんが剣で斬って退治致しました。今レベッカさんと2人でギルドに報告に行っています」
「そ、そうか……」
「ユイトさんの身体は、蘇生魔法で修復しましたがまだ魂が不安定な状態です。2,3日ほど教会に泊まって下さい。そしてしばらく大人しくする事、いいですね?」
「は、はい……」
「それと……ユイトさんの服は汚れていたので処分しました」
「え?」
アスミ様に言われて、俺は自分の身体を見る。
服が、新品になっている。
下着も替えられているようだ。
一体誰が? 疑問に思う俺に、アスミ様が顔を真っ赤にして答える。
「えっと……男の人の裸は、お葬式前の清拭やらで見慣れているので、ユイトさんの裸を見ても特に何とも思わなかったので安心して下さい……」
この子か!?
裸を見られたのか!? 意識を失っていた間とはいえ恥ずかしいわ!
善意でしてくれたんだろうけど、恥ずかしいわ!
こんな天使みたいな子に裸を見られていたと知り、さっきまで顔にあった胸の感触を思い出し気恥ずかしくなる。
っていうか『ユイトさん』?
今まで『この男』とか距離置かれてた感じだったのに、態度ちがくない?
男嫌いのはずなのにイヤな顔していないし、膝枕されてたし……
「えっと……アスミ様」
「アスミでいいです」
「え?」
「アスミと呼んで下さい」
「い、いやそれは……」
「これからはアスミ様ではなく、アスミと呼んで下さい」
有無を言わせない様子で言うアスミ様。
これは呼ばないと納得しない感じだな……
「ア、アスミ……ちゃん」
「……むぅ、子供扱いですか?」
「い、いや呼び捨てはちょっと……まだハードルが高いというか」
「セイラさんやレベッカさんは呼び捨てにしてるじゃありませんか」
「あの2人はホラ、歳が近いから……」
「わたしとレベッカさんは2つしか違いません!」
「で、でも俺とアスミちゃんは10歳近く違うから……」
「むぅ、まあ今はそれでいいでしょう。ですが必ず、アスミと呼ばせてみせますからね」
そう言ってため息を吐いたアスミ様、もとい、アスミちゃん。
その天使のような顔が、俺を見つめながら上気している。
長いまつげの目が閉じられ、桜色の唇が閉じられる。
そして俺の顔へと近づき……
「んっ」
俺の唇に、彼女の唇が重なった。
時間にして数秒、一瞬にも満たない時間が永遠に感じられた後、アスミちゃんが唇を離し更に顔を真っ赤にする。
「助けていただいて、ありがとうございました。……ではっ! わたしは着替えてきますので! ユイトさんは待っていてくださいね!」
アスミちゃんが顔を真っ赤にして、足早にどこかへ、いや教会の中へ走り去って行く。
「…」
俺は呆然として、自分の唇を押さえた。
あの、俺……、今のがファースト・キスって奴だったんですけど……
*はぐれドラゴンの討伐報酬
0マニー(討伐依頼が出されてないため)




