第17話「男嫌いの神官④」
「ただいまー! アスミちゃん、あたしが帰ってきたわよ!」
「レベッカさん」
教会に帰ってきたレベッカさんを見て、わたしはホッとした気分になる。
わたしがここに慣れるまで教会に泊まってくれているレベッカさんは、わたしが心許せる数少ない存在だ。
セイラさんも友達ではあるのだけど、大きくて威圧感があるし、男嫌いを克服しろとうるさいしで少し距離を置きたい存在だ。
「はいこれ、お土産のお菓子。この街の名物なのよ」
「……ワインの方がいいのですが」
「あたし未成年だから買えないのよ。ワインが欲しいならアイツに頼みなさい」
レベッカさんが言う「アイツ」の事を思い出し、わたしは眉間にしわが寄ってしまいます。
「そんなに嫌い?」
「……嫌いです。あの人からは不浄な気配がします」
ここ数日いっしょに過ごして嫌悪感は多少和らいだのですが、あの男からはうさんくさい気配がするので嫌いです。
「ハア、まあそりゃそうでしょうね。アイツ、いかがわしい仕事してたから」
「どのようなお仕事ですか?」
「それはね……」
レベッカさんから聞かされた話に、わたしは怒髪天を衝く思いがします。
「は、破廉恥な! やはりあの男! 不浄です! この世から消し去ってやります!」
「やめなさいって。またバインド食らわされる羽目になるわよ」
杖を手にあの男を消しに行こうとするわたしでしたが、レベッカさんに止められます。
確かに、あのバインドは厄介です。
後出しであれほど早いスキル、見た事ありません。
それに……そういう仕事をしていたからでしょうか、縛り方が卑猥でした。なんなのですか! あの胸が強調される縛り方は! わたしの小さい胸でも少し大きく見えるではないですか! 誰が貧乳ですか! わたしだって大きくなったらレベッカさんくらいにはなれるはずです!
「なぜあのような男を、サレン様は……」
「うん? どうかしたの?」
「……何でもありません」
わたしの独り言に反応したレベッカさんから目を逸らし、サレン様の像を見つめます。
彫像でも美しいお姿です。サレン様は神々しくて美しい女神様です。
なので余計に理解できません。サレン様は何故、あのような男を……
「アスミちゃん。でもね、アイツも精一杯生きてきたんだと思うわよ」
「……精一杯?」
「ええ、農家の三男坊だからって12歳で丁稚奉公に出されて、でもその奉公先が潰れちゃって、仕方ないから冒険者初めたけど才能もスキルもなくって、始めたばかりの頃はいつも困った顔してたって」
「……」
セイラさんと、リリーさんとかいう最近仲良しになった冒険者から聞かされた話でしょうか。
レベッカさんはほだされたようですが、わたしは理解できません。
「だからといって、そのような仕事をしていいという事にはならないと思います」
「それはあたしもそう思うわよ。でも世の中そう上手くいく人間ばかりじゃないというか、清濁併せ呑まないと生きていけない人間だっているのよ」
「……」
それは理解できなくはない。できなくはないんだけど生理的な嫌悪感は否めない。
サレン様も差別をしてはいけないと説いているし、職業差別はしてはいけない事だ。
いけない事なんだけど……
「でもわたし、あの人はそれだけじゃない気がします」
「それだけじゃない?」
「あの人には闇というか、暗いものを感じます。過去に何か、あったのではないでしょうか」
「過去に何か……? リリーから聞いた事ないわね。知らないのかもだけど」
わたしの言葉に、レベッカさんが小首を傾げます。
あの人の顔を思い出しわたしはイヤな予感に駆られます。
なぜサレン様はわたしに夢枕であんな事を言ったのか。
そしてあの人にこれから多大なる試練が訪れると告げたのか。
どうにもイヤな予感がします。当たらないといいのですが……
「アイツの事はひとまずどうでもいいわ。その前にアスミちゃんの男嫌い克服ね。明日どこかに行って誰かに会うんでしょ?」
「……休ませてもらえないのでしょうか」
「ダメよ。セイラほどじゃないけど、あたしも直した方がいいと思ってるし、頑張りなさい」
「あの人が紹介する相手というのがものすごく不安なのですが」
「……そうね、そこは確かに不安ね」
あの男が紹介する相手という段階で、かなり不安な気がします。
一体どんな人間を紹介されるのでしょうか。
その後わたしは、レベッカさんと夕飯を食べ、お風呂に入り、明日への不安を胸に夜を迎え眠りに就いたのでした。
この時、わたし達は知る由もありませんでした。
明日、わたし達の身にあんな事が起きるなんて。
そしてあの人が、あんな目に遭う事になるなんて。