第15話「男嫌いの神官②」
「……確かに、あなたが帰ってくるのを忘れてお風呂上がりに裸でウロウロしていたわたしにも非があります。その非は認めましょう。死んで下さい」
「オイ、前後の脈絡が合ってないぞ。すみませんでした」
悲鳴を聞いて駆けつけたレベッカと私に服を着せられたアスミ様が、ユイトに怒りと羞恥の涙目を向けている。
「しかし何で裸でウロウロしてたんだ?」
「アスミちゃんは普段裸で過ごす裸族なのよ」
「裸族なのか!」
「……わたしは裸族ではありません。人がいる時や神官の仕事中は服を着ます」
「それを裸族というのよ、アスミちゃん」
レベッカに諭されむくれるアスミ様。
私はアスミ様からユイトに視線を移し、頭を抱えた。
「もっと早く帰ってくると思っていたのに、どうして貴様は何かと間が悪いのだ。どこを寄り道していた」
「寄り道なんてしてねえよ。ワインが重かったんだよ、ほら」
布バックにギッチリ入ったワインのボトルを掲げて、ユイトは不服を示す。
一方ワインのラベルを見たアスミ様は目を輝かせた。
「フム、辺境の地と思っていましたがワインはいいものがあるようですね。これなら王都からワインを取り寄せる必要はなさそうです」
「オイコラ未成年」
「全てわたしが飲む訳ではありません。儀式や礼拝などでも使いますので」
しれっとした顔で言うアスミ様。
ユイトがその発言の矛盾を突く。
「礼拝じゃ聖杯1杯しか使わないし、儀式でもグラス1杯しか使わないだろうが」
「……なぜあなたがそのような事を知っているのですか」
「俺はサレン様信者なんだよ」
「今すぐ廃教なさい」
「何でだよ」
神官なのに信者を減らそうとするアスミ様に、ユイトがツッコむ。
しかしアスミ様は、ユイトを見ながらブツブツ不満そうに何やらひとりごち始めた。
「……なぜこのような男を、サレン様は……」
「ああん? 何か言ったか?」
「……何でもありません。消えて下さい」
「消えるか。そっちが消えてくれ」
「コラ! ケンカはやめんか! アスミ様もユイトも、少しは仲良くしろ。サレン様の前だぞ」
私に言われて、ユイトもアスミ様もバツの悪そうな顔をする。
教会の至る所にはサレン様の絵や像があり、それを言われると弱いようだ。
「仲直りだ。握手しろ握手」
「断る」
「わたしも御免です」
「こりゃダメね。セイラ、今日の所はユイトは帰しなさい」
「……そうするしかないようだな。ユイト、今日はもういいぞ、帰れ」
「そして二度とここに来ないで下さい」
「断る。お前さんのお願いより雇用主の命令が優先だ。それに俺はサレン様信者だからな」
「廃教なさい」
「何でだよ」
再びバチバチと睨み合うユイトとアスミ様。
こりゃダメだ。どうやら相性が水と油のようだ。
私はこの場はレベッカに任せ、ユイトの腕を引いて無理矢理この場を去らせる事にした。
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「なあ、貴様は意外と常識人だろう? なぜアスミ様と仲良くできんのだ」
「仲良くしたくねえ訳じゃねえよ。見た目は天使みたいだし、同じサレン様信者で神官だからな。ただああ敵意を向けられるとああいう反応になっちまうんだ」
「どうしてだ?」
「……昔から女子に嫌われやすかったからな。陰口叩かれるのは慣れてるとはいえいい思いはしないからだ。やり返さないと気が済まない」
「貴様過去に何があった」
私の問いかけに、ユイトが暗い声で答える。
何やら闇をほじくり返してしまったようだ。
ただでさえ死んだ目をしているユイトの目が、更に暗くなる。
「……ハア、私やレベッカには普通に接してるし、リリーさんとかいう女友達もいるのだろう? アスミ様とも普通に接しろ」
「あっちが態度を改めてくれたらな」
「コラ、貴様は大人だろ? 大人なんだから子供に寄り添え」
「……なあ、なんでお前はアイツをそこまで敬うんだ?」
「何?」
「いくら来てもらってるとはいえ、腰が低すぎだろ。あんな子供に……」
怪訝な顔をするユイト。
どうやら私がアスミ様を敬っている理由が気になるようだ。
「……アスミ様は、すごい御方なのだ」
「何?」
「私が王都の大学に通っている時にな、魔王の幹部の1人が王都を襲い、多大な被害が出た。その時神官服を血まみれにしながら奇蹟を起こし怪我人の治療などに当たっておられたのだ、アスミ様は」
「……あの、男嫌いがか?」
「ああ、男相手だろうと関係なく手を握り、声かけ励まし、懸命に命を救おうとしていた。その御姿が尊くて、私はアスミ様を尊敬するようになったのだ」
「……」
「それにアスミ様は元は孤児だったんだ。サレン様に見い出され神官になったという事だが……。神官として厳しい修行を積み、国内有数のプリーストになったらしい」
「……」
「プリーストとしての実力も確かなものだが、アスミ様は立派な御方だよ。だから私はアスミ様を尊敬している」
「……」
「子供っぽい所はあるし、男嫌いも克服して欲しいが、私はアスミ様をすごい御方だと思っている。だからユイト、少し大人になってくれ。そしてアスミ様がこの地に馴染めるよう力を貸してくれ」
「……」
私の頼みに何の返事も返さないユイト。
しかし今の話に心動かされたようだ。
無言で、本当に小さくだが頷いた。
これで少しは関係が改善すればいいのだが。
私は少し早足で歩き始めたユイトに追いつくよう足を早めた。