第12話「友達の魔法使い」
2日続けてハードなクエストを受けさせられたせいで、身体のあちこちが痛い。
おととい昨日と泊まっていったセイラは朝になってさっさと領主の館へと帰って行った。
昨日のクエストの後からずっと不満そうな顔をしていたがどうしたのだろう。
まあ考えても分からないので放っておく事にした。
で、今日は久しぶりにアイツに会おうと思いながら冒険者ギルドに来たんだけど……
「なんでついてくるんだよ」
「あら? あたしについてこられると困る事でもあるのかしら?」
俺が家を出るのと同時についてきたレベッカが俺を肘で小突く。
「別に困る事はねえけどよ。今から会いに行く奴が人見知りというか、あまり初対面の人間が得意じゃないんだ」
「ふうん? その人、冒険者?」
「ああ」
「誰? どの人?」
「今日はいると思うんだけど……ああ、いた」
冒険者ギルドを見回すと、目が合ったソイツが立ち上がってこっちに寄ってくる。
「……ユイト」
「リリー、久しぶりだな」
「……ん。久しぶり。どうして、最近、顔出さなかったの?」
「昨日今日はここに来てたぞ」
「……ん。そうだったんだ。でも、先週と先々週は、来てなかった」
「色々あったんだよ、色々」
「……色々?」
「色々は色々だ。後でちゃんと説明するよ」
「……ん。分かった」
俺の言葉に頷く顔なじみの冒険者。
背中にかかるくらいの黒髪。化粧っ気のない色素の薄い肌、化粧っ気のない薄い唇。夜空を煮詰めたような黒い瞳。いつでも無表情。華奢な身体をモスグリーンのローブに包み、大きな杖を持つ女魔法使い、リリーだ。
前はほぼ毎日のように冒険者ギルドに来ていたのだが、2~3年くらい前からは土日しか顔を出さなくなっている、俺と同い年の中堅冒険者だ。
そのリリーを何やら興味深そうに見ていたレベッカが、俺に問いかける。
「ユイト、この人誰?」
「俺の友達のリリーだ」
「……ん。友達」
「……」
無表情で答えるリリーを、レベッカが怪訝な目で見る。
「友達?」
「そう、友達」
「……ん。友達」
「彼女じゃなくて?」
「違う違う。リリーは俺の友達だよ」
「……ん、友達。そんな風に勘ぐられるの、好きじゃ、ない」
「ご、ごめんなさい」
「……ん」
少しだけ不機嫌な様子を見せたリリーが、レベッカの謝罪を受け入れる。
「リリーは俺との仲を勘ぐられるのが好きじゃないんだ。俺とリリーは、正真正銘友達だよ」
「ん。友達」
俺と手を握り、無表情で万歳するリリーを、レベッカが少し怪訝な目で見る。
「友達ねえ……。アンタ、この人にバインド食らわせたりしてないでしょうね?」
「人をバインド魔かなんかと思ってんのか。……あるけどよ」
「……ん、ある」
「あるの!?」
「……ん。私からお願いした。1回どんな感じなのか体験してみたかった」
「ああ、言っとくけどやましい事は何もないぞ」
「一応信じるけど、変わった人ね……」
「変わってるっていうのは否定できないし、リリーは無口で無愛想で無表情だけどいい奴だぞ」
「ん。私、いい奴」
「自分で自分をいい奴って言う人初めて見たわ。ていうかなにげにひどい事言われてるけど気にならないの?」
「ん。全部、本当の事」
リリーが無感情かつ無表情に答える。
彼女が話す間、パッツンに切りそろえられた前髪はピクリとも動かない。
リリーは普段誰ともしゃべらないし、誰と話してても無愛想で無表情だけれども、いい奴なのは間違いない。
一癖も二癖もある冒険者の中では常識のある方だ。普段はまともに働いてるみたいだし。
そんなリリーと俺を交互に見たレベッカが、ムムッと眉間にしわを寄せる。
「ユイト、アンタこの人にお金借りたまま、返してないとかないでしょうね?」
「してないしてない、人を何だと思ってんだ。むしろリリーが俺に金を借りる事が多い」
「……ん。私、たまに財布忘れる。その時はユイトに、立て替えてもらってる」
「ダメじゃない」
「リリーはダメじゃない。ちゃんとすぐ返してくれるから問題ない」
「ん。友達同士だから、お金の貸し借りはきちんとする。お金を返さない人は、友達じゃない」
ねー、とハイタッチする俺達を見て、レベッカが妙な顔になる。
「本当に付き合ってないんでしょうね?」
「付き合ってない。俺とリリーは友達」
「……ん、友達。勘ぐられるの、好きじゃない」
「ご、ごめんなさい」
再び謝罪するレベッカ。
しかしリリーはそれほど不機嫌ではないらしい。
「よかったなレベッカ、リリーの奴お前の事を気に入ったみたいだぞ」
「……ん。気に入った」
「とてもそうは見えないんだけど……。い、一応お礼を言っておくわ」
「……ん」
同じ魔法使いだからだろうか、レベッカもリリーの事が気になるらしい。
「ねえリリーさん、いっしょにクエスト行かない?」
「クエスト?」
レベッカからの誘いに、リリーがこてんと小首をかしげる。
「あなたの腕、見せてもらいたいわ。同じ魔法使いとして気になるし」
「……ん、分かった。見せてあげる」
「そういう事なら……『ブラッディバッドの退治依頼』のクエストが出てるな。これにしないか?」
「……ん。やる」
リリーが杖を手に取って立ち上がる。
町外れの森に吸血コウモリのモンスター、ブラッディバッドが出て住人が困っているようだ。
ブラッディバッドならいっしょに何回も退治した事あるし、リリーの腕を見せるのにちょうどいいだろう。
俺達は、クエストの依頼書を手に取り町外れの森へと連れ立っていった。
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「『ライトニング』『ライトニング』『ライトニング』……『ライトニーーーーーーーーング』」
1匹1匹撃ち落としていたけれど、面倒になったのかリリーが棒読みの呪文を唱えながら杖を横に振るい、雷の魔法でブラッディバッドを一気に退治していく。
「……ん、終わった」
「おう、お疲れ様」
あっという間にブラッディバッドを退治したリリーとハイタッチをする。
そんな俺達の間に、レベッカが慌てた様子で割って入ってきた。
「ちょ、ちょちょちょちょっと待って!? 今の何!? 魔法の応用!? ていうか詠唱なしで使ってなかった!?」
「……ん、使った」
「それがどうしたんだ?」
「サラっと言ってるけどスゴイ事よ! あたしでもできないのに……」
「……そう、なの?」
「いや俺に聞かれても知らんけど」
魔法を使えない上、魔法の知識もサッパリないだけに何がすごいのか分からない。
まあリリーは俺と違って実力のある魔法使いだし、冒険者歴も10年になる中堅クラスだから。……いつまで経っても駆け出しレベルの俺と違って。
「リリーさん」
「……リリー、でいい」
「リリー、冒険者ブックを見せてくれない?」
「……ん」
普段であれば見せないだろうが、気に入った相手だろうか、同じ魔法使いだからだろうかリリーがレベッカに自分の冒険者ブックを手渡す。
「……レベルはまあまあだし、討伐してるモンスターも多いけど、スキルは割と普通ね。雷魔法だけレベル4だけど、得意なのかしら?」
「……ん。雷魔法は、身体に合う」
「身体に合うって妙な表現だけど……得意っていうのは伝わったわ。ところでユイト? アンタは何してるの?」
「見りゃ分かるだろ。お湯沸かしてるんだ」
「何でお湯沸かしてるの?」
「クエスト達成した後は、いっしょにコーヒー飲むのが俺達のルーティーンなんだ」
「……ん、いつもの」
冒険者の必須アイテム、何でも小さくして持ち運ぶ事ができる魔法の袋(マジック・バッグ お値段1万マニー)からコンロやら椅子やらを取り出しコーヒーを作り始めた俺達を怪訝な目で見るレベッカに説明する。
レベッカは俺と、俺の組み立てた折りたたみチェアに自然に腰掛けたリリーを見た後、何とも言えない表情になった。
「何だか分からないけど……アンタ達ってホントに仲いいらしいわね」
「ああ、俺とリリーは仲良しだよ」
「……ん、仲良し」
中身の入ってないマグカップを合わせる俺とリリーを見て、レベッカが益々何とも言えない表情になる。何だ? コーヒー飲みたいのか?
「お前も飲むか?」
「私はいいわ。コーヒーって苦手なのよ」
「お子様舌っぽいもんな、お前」
「……ん。この味が分からないとはお子ちゃま」
「誰がお子ちゃまよ!」
その後、コーヒーを飲みながら俺は冒険者ギルドに顔を出さなかった間の話をした。
セイラにバインドうんぬんの話は本人の名誉があるのでぼかしたが、途中で口を挟んだレベッカに全部バラされた。
リリーは、あまり興味なさそうに淡々と聞いているだけだった。
リリー・タカナシ
年齢:22歳
身長:156cm
誕生日:12月21日
ジョブ:魔法使い
レベル:35
スキル:炎魔法 レベル2
雷魔法 レベル4
氷魔法 レベル2
風魔法 レベル2
念話 レベル2
魔法威力増強 レベル2
状態異常耐性 レベル2
テレポート レベル5
弓矢 レベル1
好きな食べ物:あっさりした料理・冒険先で飲むコーヒー
特技:ボーッと時間を潰す事
趣味:魔法の基礎トレーニング・読書
ステータス:こうげき 21
ぼうぎょ 24
すばやさ 18
まほう 54
・ブラッディバッド退治のクエストの報酬
15万マニー(3人で仲良く5万マニーずつ分けた)