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第118話「最後の願い」

「どうしてですか!!?」


 第二王女の付き人ドロシーのテレポートでたどり着いた王城の廊下に、甲高い声が響く。

聞き覚えのある声だ。

あの騒がしい第三王女の、元気な顔が浮かぶ。

しかし第一王女と相対する第三王女の顔は、今にも泣きそうな表情だった。


「どうしてエリア姉様に会っていかれないのですか!」

「エリアとの別れはもう、昨夜済ませてきました。あなたにどうこう言われる筋合いはありません」


 眼鏡を押し上げ、第一王女ジーナ様がミソラ様に冷たく言い放つ。


「別れだなんて……! エリア姉様は死にません! 必ずよくなるはずです! 私達が励ませば、きっと……!」

「現実を受け入れなさい。エリアはもう、天に召される運命なのです」

「ジーナ姉様は……、ジーナ姉様は冷たすぎます! それでも人ですか!」

「人ですよ。そしてあなたと違って大人です。大人は現実を受け入れて生きていくものなのです」

「そんなの大人じゃありません! 大人だとしても、私はそんな大人になりたくありません!」

「そうですか、では一生子供のままでいなさい」


 2mを超える木製の魔道人形。ボディーガードの『人形』を引き連れ、第一王女が去って行く。

ミソラ様は悔しそうに拳を握るが、その後ろ姿をにらみつけるだけに留めている。

その背中に、第三王女の付き人にして婚約者のクロカゲがなだめるように手をやった。

クロカゲが、俺達に気づいたように振り返る。


「ユイト・カッシュ、それにセイラ殿達も来ていたのか。……見苦しい所を見せてしまったな」

「い、いや……。それより、エリア様は?」

「こちらでお待ちだ。さ、入ってくれ」


 クロカゲに促され、俺はエリア様のお部屋に入る。


「エリア様……」


 エリア様のお部屋は、前に来た時と変わらなかった。

広い室内は本人のご趣味か、落ち着いた雰囲気で統一されていて物が少ない。


「我が友ユイト……。来てくれたのか」


室内には第二王子リオンがいた。その隣にレイフォード領まで妹のドロシーと共に来ていたライラが並ぶ。

その他にも、使用人らしき侍女が数人いる。

エリア様の付き人のドロシーが、ベッドに近づき寝ているエリア様に声を掛ける。


「エリア様、ユイト殿を連れて参りました」

「ああ……、ドロシー、ありがとうございます……」

「ユイト殿、こちらへ」

「あ、ああ」


 ドロシーに促され、俺はエリア様が眠るベッドへ近づく。

その顔は真っ白で、以前お会いした時よりやつれていて、今にも命の火が消えてしまいそうだ。


「エリア様……」

「ユイト様、来て頂いてありがとう、ございます……」

「いえ……エリア様の頼みとあらば、どこからでも駆けつけます」


 グズグズと泣きじゃくる声が聞こえる。

後ろを振り返らなくても分かる。ミソラ様だろう。

そんなミソラ様にリオンとクロカゲが何やら声をかけている。

でも今は、それを気にしている場合じゃなかった。


「エリア様……。お加減は……」

「わたくしはもう、長くはありません……。今日明日死んでしまってもおかしくないと、お医者様に言われてしまいました……」

「……」


俺は縋るような思いでアスミちゃんを見る。

けれどもアスミちゃんは、静かに目を閉じ首を横に振った。

回復魔法や蘇生魔法は病には通用しない。神官の力といえど、寿命の理をねじ曲げる事はできない。


「エリア様……!」


 俺の目が、涙で滲む。

どうして。

どうしてどうしてどうして。

この御方が死なないといけないんだ。

エリア様が、俺に微笑みかける。


「ユイト様にお会いできて……、わたくしは幸せです……。最後に……、願いが叶って、よかった……」

「姉様……!」


ドサっという音が聞こえる。ミソラ様が泣き崩れたのだろう。


「皆、2人きりにしてあげよう」


 リオンの言葉に、皆が部屋の外へと出て行く音が聞こえる。

振り返ると最後に残ったリオンが、俺に向かって頷きドアを閉めた。

部屋は、俺とエリア様の2人きりになった。


「ユイト様、手を、握っていただけますか……?」

「……はい」


 エリア様が差し出してくる手を、両手で握る。

震えている手は白く、細く、脈も弱い。命が失われようとしている。その残酷な事実に涙が出そうになる。


「いつも、お手紙、ありがとうございました……。冒険のお話、魔王の幹部との戦いのお話、楽しませて頂きました……」

「そんな……下手な字で、申し訳ありません……」

「ウフフ……、確かに字は下手でしたが、お話は面白かったですよ……」


 エリア様が、今にも消えそうな声で言葉を続ける。


「これからも、書き続けて下さい……。そしていつか、本にして後世に残して下さい……。わたくしの事も、書いて下さるとうれしいです……」

「……はい、お美しく、聡明なお姿を文章に残させて頂きます」

「まあ、お上手なんです、から……」


 笑ったエリア様が、咳き込む。

慌てて誰か呼んで来ようとするが、手で止められる。


「大丈夫、です。もう少しだけ、2人で話を……」

「……はい」

「……最後にこうしてユイト様に会えて、このエリア、思い残す事はもうありません……」

「そんな……、最後だなんて、そんな事言わないでくれ……。エリア様……」

「……わたくしは、死にます。自分でも分かるんです……」

「イヤだ……。イヤだイヤだイヤだイヤだエリア様……! 頼む……! 死なないでくれ……!」


 エリア様が、目をつむって静かに首を振る。


「わたくしは、死にます。ですがそれは、悲しい事ではありません……。人はみな、いずれ死ぬのですから……」

「だとしても……! こんな、こんなに早く……!」

「……そう、ですね。心残りがないと言えば、ウソになってしまいます……」


 エリア様が身体を、起こそうとする。

俺は慌ててその背中を支えた。

俺の手を借りて身体を起こしたエリア様が、目に涙を浮かべて俺を見つめる。


「1度でいいから、ユイト様が暮らす街を、あなたと2人、歩いてみたかった……」

「エリア様……! 代われるものなら、俺が代わりに……!」

「そのような、悲しい事、言わないで下さい……」


 エリア様が、力ない笑みをつくり俺の頬を撫でる。


「ユイト様には、まだこれからユイト様にしかできない役目がおありのはずです……。サレン様にそう、言われたのでしょう?」

「……はい」

「ユイト様。このエリア、最後に、お願いがございます……」

「……なんでしょう」

「わたくしを、抱きしめていただけますか……?」

「……はい」


 俺は、エリア様を抱きしめる。

その身体は細く、力なく、今にも命の火が消えてしまいそうだった。

どうして。

どうしてどうしてどうして。

どうしてこの御方が死ななきゃならないんだ。

俺の目から涙があふれ、こぼれる。

俺は、サレン様に祈る。

サレン様。

サレン様サレン様サレン様。

どうかこの御方を、

エリア様をお救い下さい……!

そんな事を強く願いながら、俺はエリア様を抱きしめて……


 パキン、と何かが壊れる音がした。

見るとエリア様の首にかかっているネックレスが壊れている。

それと同時に力なく俺の腕に支えられていた体に、力が入ってきているのを感じる。

自らの力で体を起こしたエリア様が、自分の顔を信じられないといった表情で触る。

その顔色は、心なしかよくなっていた。


「エリア、様……?」

「ユイト様……、わたくし、元気になったみたいです……」

「っ! 皆!!! 皆来てくれ! エリア様が!!!」


俺は大声を上げて外にいる皆に呼びかける。

すぐに血相を変えたリオンと、目に涙をいっぱいに溜めたミソラ様が駆けつけた。


「エリア!!!」

「姉様!!!」

「兄様、ミソラ……」

「エ、エリア……!?」

「姉様!!? こ、これは夢ですか!!?」

「夢ではありません……。私、治っちゃったみたいです……」


 戸惑うリオンとミソラ様の前で、エリア様がおそるおそるベッドから立ち上がる。

体を支えようとしたが、その必要もなくエリア様がすっくと立ち上がる。


「姉様!!!」

「キャッ!? ミ、ミソラ!?」

「うわああああああああ!!! 姉様! エリア姉様あああああああ!!!」


 エリア様に抱きつきながら、ミソラ様が大声で泣く。

後から入ってきたドロシーやセイラ達が、一体何が起きたのかと驚きと戸惑いの目でその光景を見ている。

リオンが、俺の服の袖をクイクイと引いた。


「き、君は一体、エリアに何をしたんだ?」

「何もしてねえよ……いや、エリア様のネックレスに触れたらネックレスが壊れて、そしたらエリア様がみるみる元気になって……そういえば、前にもこんな事があったような……?」

「ネックレスだと……?」

「それは、呪いのネックレスです」


 突然聞こえてきた声に、俺達は振り返る。

振り返った先に、女神がいた。


「サ、サレン様!!?」

「はい、わたくしの(しもべ)の体を借りさせていただきました」


サレン様の服を見ると、いつもの女神の服ではなく神官の服だ。

どうやらまたアスミちゃんの体を借りてこの世界に顕現しているらしい。


「サレン様……。呪いのネックレスとはどういう事か、ご説明願えますか?」


 リオンが片膝を突き、サレン様に問いかける。

サレン様は頷いて、呪いのネックレスについて説明し始めた。


「そのネックレスは着けているものの魂を蝕んでいく呪いのネックレスです。力が弱い故、アスミでも気づけませんでしたが、わたくしの力を少しだけ貸している冒険者ユイトが触れた事で、壊せたのです」

「い、一体誰が呪いのネックレスなんか……」

「そういえばこれは、ドロシーに着けるよう言われた……」


 エリア様の言葉に、第二王女の付き人ドロシーに視線が一斉に集まる。

ドロシーは、三白眼にうろたえの感情を浮かばせながら慌てた様子で首を振った。


「わ、私ではありません! いえ! プレゼントしたのは私ですが、呪いのネックレスとはつゆ知らず……!」

「その者の言うとおりです。その者も操られただけです。呪いをかけた者は別にいます」


 サレン様の言葉に、ドロシーに向けられた疑いの視線が止まる。

そうなると当然、気になる事があり俺はサレン様に問いかける。


「サレン様、エリア様に呪いをかけた者というのはどこにいるのですか?」

「ここにいます。……そこにいるのは分かっています! 出てきなさい! 穢れた者よ!」

「――穢れた者とは随分ないいようだなァオイ。アタシも神の一席なのによォ」


 控えていた侍女の1人が、フードをめくって顔を露わにする。

緑色の髪の、地味そうな女だ。

しかしその顔には妙な文様が浮かんでいる。異様な雰囲気を醸し出している女だ。


「神だと……?」

「おおよォ、正確には邪神だけどなァ。……ったく、第二王女の次は第一王女を呪い殺す予定だったのに計画が狂っちまったじゃねえか」

「キサマ……! 一体何者だ!」

「アタシが誰かだって? 神に対して失礼だなァ。まあそこにいる女神と違って、マイナーな神だから仕方ねえんだけどよォ」


 女は、いや邪神は異様な笑みを浮かべて自らの正体を明かした。


「アタシの名前はマリーシア! 傀儡と呪いの邪神にして、魔王の幹部の1人だ!!!」

ミソラとリオンは数年前までお互い遠慮があり仲があまりよくなかったのですが、今ではクロカゲ・ライラと4人で食事に行ったり出かけたりする仲のいい関係になっています。呪いで伏せっていたエリアはその事を知りません。

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