第105話「アンデッド・アンデッド・アンデッド」
「ここが魔王の幹部のダンジョンね」
「ダンジョンっていうか……洋館だな」
「そうね、いかにも何か出そうな洋館ね」
魔法使いの里から歩いて1時間ほどの距離にある、魔王の幹部の手紙に同封されていた地図の赤いバツ印の場所。
カラスが飛び交う、いかにも何か出そうな古びた2階建ての洋館を前にして、俺はどうにもイヤな予感に駆られていた。
「明らかにアンデッドがウヨウヨいるだろ。メチャクチャアンデッド臭がする」
「アンデッドなら炎魔法が弱点よ。アンタが出る幕はないわ。あたしが全部消し炭にしてあげるから黙ってついてきなさい」
「……遠慮したいんだが」
張り切るレベッカと対照的に、俺は尻込みしていた。
「なあ、やっぱセイラかアスミちゃんに」
「いいから行くわよ! あたしはアンタと行くって決めたの!」
「ならせめて、入る前にここをテレポートの場所に登録しといてくれ」
「どうして?」
「何かイヤな予感がする。この魔王の幹部はフザけちゃいるが、相当厄介そうだ。魔法使いの里を焼け野原に変えた実力者だしな。そうしておいた方がいい」
「フウン……、まあ、別にいいけど」
レベッカが冒険者ブックを開いて、テレポートの登録先に洋館の玄関前を登録する。
テレポートの呪文はテレポート先の距離が近いほど短くて済むとリリーに教わったので、これでいつでも緊急脱出できるだろう。
……どうしようもないくらい追い込まれたり、レベッカがテンパったりしなければ。
「それじゃ行くわよ! 魔王の幹部退治!」
止める間もなく、レベッカが俺の手を引いて洋館の玄関を開け中に入っていく。
そしていきなり大勢のゾンビやグールと目が合った!!!
「うわあああああああ!!?」
「『フレイム・インパクト』!!!」
大量のアンデッドにビビる俺とは対照的に、レベッカが得意の魔法を叩き込む。
ゾンビやグール達は、声を上げる暇もなく消し炭になった。
消し炭になったけど……その顔が忘れられず俺はへたり込む。
「何? アンタ、まさかアンデッドが怖いの?」
「怖いって訳じゃねえけどよ……あの数はさすがにビビるって。やっぱ無理だ。引き返そう」
踵を返して洋館から出ようとする。しかし玄関がバタン!と音を立てて閉まりドアノブを引いても開かない。
「オイ開かないぞ! 俺達、閉じ込められたのか!?」
「のようね」
「やっぱ罠だろこの洋館! レベッカ! テレポートを!」
「無理みたい」
「は?」
「どうも結界が張ってあるっぽいわねこの洋館。テレポートでも脱出できないわ」
冒険者ブックを片手に、レベッカがやれやれと両手でお手上げポーズを作る。
何落ち着いてんだコイツは! ハメられたんだぞ!
俺はマジック・バッグから鉄の棍を取り出す。
そして思い切り振りかぶって玄関を叩いてみたが、びくともしない。
窓を割って脱出しようともしたが、こちらもびくともしない。
「レベッカ! フレイム・インパクトかインフェルノで玄関を……!」
「ムダよ。結界はテレポート阻止だけじゃなくて、すべての魔法を無効化するの。下手したらあたし達が蒸し焼きになるだけだわ」
「……」
どうやらこの洋館を出るには魔王の幹部を倒すしかないようだ。
俺は渋々マジック・バッグから銀の盾を取り出した。
「とりあえず前衛は俺が引き受ける。ゾンビやグールくらいなら俺でも倒せるからお前は極力魔力を温存してくれ」
「どうして?」
「なんとなくだよ。なんとなくだがそうした方がいい気がする。だから頼む」
「分かったわ。アンタが言うならそうするわ」
かくして俺とレベッカは、洋館の中を進むのだった。
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「ヴアアアアアアアアア!!!!!」
「うわああああああああ!!!!? この! 消し炭になりやがれ!」
襲ってくるグールを銀の盾で押さえ、鉄の棍でぶっ叩いた後ムジカ特製火炎玉を投げつける。
グールは炎に包まれもがいていたが、やがて黒焦げになって動かなくなった。
後ろで俺の戦いを見ていたレベッカが、俺をジト目で見てくる。
「ねえアンタ、やっぱアンデッド怖いんでしょ」
「ああそうだよ! 昔ジンジャーに放り込まれたダンジョンで囲まれてトラウマになってんだ! どうにかこうにか逃げ切ったけどな! だからセイラかアスミちゃんにしろって言ったんだ!」
「いやでもアンタ、よくやってるわよ。これで30体目よ? アンデッド系モンスター倒したの」
洋館内にウヨウヨいるアンデッド系モンスターと格闘すること早1時間。
俺はもう30体ほどゾンビやグールやらを倒していた。
ゾンビは鉄の棍でぶっ叩けば一撃で動かなくなるし、グールも鉄の棍で2撃叩くか火炎玉で燃やせば倒せる。火炎玉は安くてお手頃(1個500マニー)なのでたくさん買っていてよかった……。
マジック・バッグから使った分の火炎玉を補充する。
それを見てレベッカが感心したような声を上げた。
「そのマジック・バッグっていうの便利ね。何でも入るし、補給にもなるし。あたしも買おうかしら」
「おう買っとけ買っとけ。ムジカの店で売ってるから。もっとも作ってるのは王都の発明家らしいけどな」
「きっとそれは魔法使いの里の関係者ね。たまにいるのよ、里を出て暮らす変わり者が。有名な所だと発明家のモーリスって男ね」
「へえ、じゃあそのモーリスって男が作ってるのかもしれないな」
「モーリスは300年前の人間よ。作ってるのは別の誰かかその子孫ね。発明したのはモーリスかもしれないけど」
「へえ、そのモーリスって男はきっと色々発明したんだな」
「……」
俺の言葉に、レベッカが渋い顔をする。
なんだ? なんか迷惑なもんでも発明したのか? そのモーリスって男は。
「……とにかく、これで1階は全部屋回ったわね。洋館なだけあって、厨房や応接間や図書室もあったけど」
「きっと昔は誰か人間が住んでたんだろうな。そいつを魔王の幹部が拝借したんだろ」
俺は図書室の本棚を眺める。
棚に並ぶ本は、古い本が多いが新しい感じの本も並んでいる。
きっと魔王の幹部の奴のコレクションなのだろう。魔法関係の本も多い。
これから新しく入れるつもりなのか、数冊だけしか本が入っていない本棚もある。
「後は2階ね。サクサク行きましょ!」
「待て、少し休ませてくれよ」
「しょうがないわねえ」
休憩を求めると、レベッカがやれやれという顔をして椅子を引いて差し出してくる。
俺はレベッカに礼を言ってからマジック・バッグから飲み物と軽食を取り出して座り、エネルギーをチャージした。
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「ようこそおいで下さいました。ワタクシの名はティルエル。アンデッドの始祖ヴァンパイアにしてこの館の……」
「『インフェルノ』!」
「ギャー!!?」
洋館2階の一番奥。
ダンスフロアか何かの広い部屋で悠然と構えていたヴァンパイアらしき男が、レベッカの開幕ぶっぱを食らい炎に包まれながら床を転がる。
炎魔法が弱点のアンデッド、しかし高レベルで耐久力が高いのか魔法抵抗力が高いのかティルエルと名乗ったヴァンパイアがすっくと立ち上がる。
「何をなさるのですかお嬢さん! 貴女には常識というものがないのですか!」
「魔王の幹部に常識なんて問われたくないわよ。見なさいこの男を、アンデッドが怖いのに洋館に閉じ込められて、散々アンデッドと戦わされてトラウマになってるわよ」
「アンデッド嫌いアンデッド嫌いアンデッド嫌い……」
2階でも散々アンデッドと戦わされ、追いかけ回され、最終的にちょっとだけレベッカに頼った俺は部屋の隅で膝を抱える。
昔ジンジャーに修行とか言われて放り込まれたアンデッドがウヨウヨいるダンジョンでトラウマになったのに、新しいトラウマができてしまった。もうアンデッドなんて見たくない。
「それはそれは、我が僕達の歓待がお気に召さなかった様子で。ですがご安心下さい。貴方も、それから貴女もワタクシがアンデッドに変えてさしあげます。自分自身がアンデッドになれば、怖くなくなるでしょう?」
「あいにくだけどお断りするわ。アンタはここで消し炭になるのよ」
この部屋に入る前に『あたしが戦うからアンタはもう見てるだけでいいわよ』と呆れ顔でやさしく俺の肩を叩いたレベッカが、好戦的な表情で杖を構える。
「おやおや、このワタクシを消し炭に変えるとは随分物騒な事をおっしゃるお嬢さんですね」
芝居がかった仕草で、ヴァンパイアがシルクハットを被りレベッカに向けて一礼する。
手にはステッキのような杖、着ている服は燕尾服に蝶ネクタイ。
スカした仕草に、スカした格好。しかし、強敵の気配がした。
「改めましてご挨拶を。ワタクシの名はティルエル。アンデッドの始祖ヴァンパイアにしてこの館の……」
「『インフェルノ』!」
「ギャー!」
呪文をブツブツ唱えていたレベッカの不意打ちが決まり、ティルエルとかいうヴァンパイアが炎に包まれる。
けれどもまたすっくと立ち上がった。
「何をなさるのですかお嬢さん! あなたは魔法使いの戦いの作法というものを知らないのですか!」
「知ってるわよ。知ってるけど魔王の幹部相手に作法も何もないでしょ」
「グヌヌヌ。いいでしょう! そちらがそう来るなら、こちらも手加減なしで参ります! もう容赦しませんよ!」
ティルエルとやらがステッキを掲げると、赤・水色・黄色・黄緑色・白・黒の6つの色の光の球が浮かび上がる。
「100年研究を続けたワタクシの究極魔法、6つの属性の魔法に……」
「ヤッ! ヤッ! ヤッ!」
「わっ!? ちょっ!? はっ!?」
レベッカがローブの中に隠し持っていた小さめの弓に、次々矢をつがえて放っていく。
矢は次々ヴァンパイアと、浮いている光の球に襲いかかり、3つほど打ち消した。
弓矢スキルを持っているレベッカにとって、こんな距離の狙撃は朝飯前だそうだ。
「お生憎様、こっちにアンタの魔法に付き合う義理はないわ。ハリネズミみたいになって消えなさい! ヤッ! ヤッ! ヤッ!」
「ちょっ!? 待ちなさい!? このっ!?」
ティルエルとやらがステッキを振り下ろして、矢を放ち続けるレベッカに攻撃を放つ。
3つの球から光が放たれレベッカに襲いかかる。レベッカは床を転がってすんでの所で魔法の攻撃を躱した。
「フフフ、いかがですかな。ワタクシの魔法は?」
「趣味悪い。自分すごいんだぞっていう自己顕示欲丸出し。ムダが多い」
「なっ!?」
「趣味が悪いって言ったのよ。それにムダが多すぎるわ。6つの属性を同時に顕現するより1つに絞った方がいいでしょ。……『ファイヤーボール』!」
「このっ……!? よくもこのワタクシを愚弄してくれましたね! 許しませんよ!」
ティルエルが、レベッカのファイヤーボールを躱しながらまた6つの属性の魔法の球とやらを浮かべる。
「ムダが多いって言ったでしょ。ヤッ! ヤッ! ヤッ!」
レベッカが、また矢を放って6つの光を打ち抜いていく。
俺に魔法のアレコレは分からないが、あの魔法の光の球は相当高度な魔法なのだろう。
けれども実戦的ではない。
手が分かりやすすぎるし、攻撃に時間もかかる。
多少ポンコツ気味ではあるものの、経験豊富な冒険者で百戦錬磨のレベッカにしてみれば、攻略しやすいものなのだろう。
魔法の光の攻撃を躱し、レベッカがヴァンパイア目がけて矢を放つ。
けれどもヴァンパイアは、空を飛んで攻撃を躱した。
「なっ!?」
「フ、フフフ。驚きましたか? これはワタクシが100年の歳月をかけて生み出した飛行魔法。これには貴女も……」
「いやお前バカだろ」
「んなっ!?」
気配を消しながら壁際を移動して、ヴァンパイアの背後を取っていた俺がネバネバ網玉を投げる。
哀れなヴァンパイアは、ネバネバ網玉にかかって床に落っこちた。
「こんな狭い空間で空を飛んでも逃げ場がねえだろ。もっと外とか開けた空間で飛び回られたら厄介だったろうけどよ」
「あ、貴方は戦いに参加しないのでは……」
「そんな事一言も言ってねえだろ。それにトドメはアイツが刺すからよ」
「別に、あたし1人でも勝てたと思うけど?」
呪文を唱えながら、炎の塊を杖の先に掲げたレベッカが口の端に笑みを浮かべながらこっちに来る。
「そりゃそうだろうけど、とっとと終わらせようぜ。こんな奴に時間を使うのは時間のムダだ」
「それもそうね、これで終わりにしちゃいましょう」
「あ、貴方達は……! このティルエルに向かって……!」
「知らないわよ。消し炭になりなさい! 『フレイム・インパクト』!!!」
レベッカお得意の魔法が、ネバネバ網玉の中でもがくヴァンパイアに突き刺さる。
哀れヴァンパイアは、断末魔の悲鳴を上げる間もなく黒焦げの消し炭になった。
レベッカが、両手を掲げ喜色満面の笑みを浮かべてピョンピョン跳ねる。
「やった! やったわ! 魔王の幹部を倒したわよ!」
「うーん……ホントにそうか?」
喜ぶレベッカ。しかし俺は疑問を呈した。
黒焦げの消し炭を見ながら、あのティルエルとかいうヴァンパイアの姿を思い出す。
「コイツ、魔法の幹部だったのか? その割には大した事なかったし、魔王の幹部の印もなかったぞ」
「え?」
「紋章だよ紋章。リューガもイゾウも身につけてただろ? あの紋章がどこにも見当たらなかったんだ」
「見当たらなかったって……。どっか服の内側にでも付けてたんじゃない?」
「それはないだろ。リューガもイゾウも、目立つ場所に付けてたじゃないか。自分が魔王の幹部だって、示すみたいに」
「言われてみれば……。確かにコイツに魔法使いの里の皆がやられたとは考えにくいわね……」
レベッカが、黒焦げの消し炭を見ながら頷く。
オリジナルの魔法を作っていた辺り、あのヴァンパイアもそこそこの魔法使いだったのだろうが、凄腕の魔法使い達が集まる魔法使いの里を滅ぼせるとは思えない。
「お前が攻撃したから聞けなかったけど、アイツ執事みたいな格好してたし、自己紹介で『この館の執事長をしております』とでも言おうとしてたんじゃないのか?」
「え?」
「なんていうか、小物くさかったしこの館の主って感じじゃなかったんだよな。多分ティルって魔王の幹部は他にいるんだよ」
「他にいるって……どこに?」
「それは……あの扉の先じゃないか?」
部屋の奥に現れた扉。
それを指さし俺はレベッカに問いかける。
「どうする?」
「もちろん行くわよ。行くに決まってるでしょ。消耗も少ないしイケるわ」
「……分かった」
俺は銀の盾と鉄の棍を構えて、レベッカの隣に並ぶ。
レベッカがドアノブを掴み扉を開けた。
俺達は不思議な光に包まれる。
不思議な光に包まれ……洋館の玄関前に立っていた。
「「はっ?」」
時刻はすっかり夕方。
沈む夕陽が空をオレンジ色に照らし、夏の生ぬるい風が吹き抜ける。
「……どうやら外に出されたようだな」
「見りゃ分かるわよ! 何なのよ! あの扉は魔王の幹部に続く扉じゃなかったって訳!?」
「そうみたいだな。どうやら外に続く扉だったらしい」
「アッタマ来た! あの部屋にいたヴァンパイアが魔王の幹部じゃなかった事といい、どれだけ人をおちょくれば気が済むのよ! ユイト! もう1回カチコミかけるわよ!」
そう言ってレベッカが、洋館のドアを開けようとする。
開けようとするが……鍵がかかったみたいに開かない。
「ちょっと!? どうして開かないのよ!」
怒るレベッカ。その疑問に答えるように間の抜けた音楽が流れ始め、
作られたような女の声が流れた。
『本日はティルの洋館にお越し頂き誠にありがとうございます。本日の営業時間は終了しました。またのご来館をお待ちしております』
「……」
「……」
間の抜けた音楽が鳴り続け、営業時間終了を示すようにドアは開かない。
俺は、疲れてその場に腰を下ろした。
「な……」
そしてレベッカは、
「何よそれーーーーーーーーーー!!!!!」
洋館前で怒り心頭の声を上げた。