表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/137

第102話「海」

「最近アイツ、元気ないのよねえ」


 あたしの言葉に、セイラの家でお茶を飲むセイラとアスミちゃんが頷く。


「まあ、魔人になっていたとはいえ実の兄を手に掛けたのだからな」

「無理もないかと思われます。あちこち骨折もしていて重傷でしたし」

「その後のアスミちゃんが、とどめ刺したと思うんだけど」


「またこんな大怪我して!」「バカですかあなたは!」と罵りながら回復魔法をかけてくるアスミちゃんに、微妙な表情をしていたユイトを思い出す。

毎回あれじゃさすがにあのバカでも傷つくだろう。他の冒険者達や怪我人にはやさしいのに。

あのバカはといえば、ここ最近ずっと畑に入り浸って土や野菜や花に話しかけている。

傍目には危ない奴にしか見えない。


「放っておいて大丈夫だろう。アイツはそこまで柔……だったが多分大丈夫だろう」

「そうですね、多分……大丈夫でしょう」

「何その頼りない信頼」


 何だか頼りないセイラとアスミちゃんによるアイツの評価に、あたしは不安になる。

不安なのである提案をする。


「気分転換にどっか連れてったらどうかしら? 海とか。アイツ見た事ないって言ってたし」

「海か……。もう7月下旬だしよいかもしれないな」

「そうですね、暑いですしいいかもしれません」


 あたしの提案に、セイラとアスミちゃんが頷く。

元気のないアイツだけど、水着の美女でも見れば元気が出るかもしれない。

たまにギラギラした目してるし。

なぜかあたしやサレン様の絵を見て落ち着いてるけど。

かくして、あたし達はユイトを誘って海に行く事にした。




****************************




「これが海か……!」


 黒色のハーフパンツの水着を着たユイトが、海を見て死んだ目を輝かせる。

その広さに驚いているようだ。

セイラの家の別荘のプライベートビーチに、あたし・セイラ・アスミちゃん・ユイトの4人で来ていた。

プライベートビーチなだけあって、他に人はいない。狭いけど……

しかしユイトは生まれて初めての海に感激してるようだった。

ソワソワとビーチパラソルを立て、チェアを設置し準備体操を始めた。真面目か。


「オイユイト、日焼け止めオイル塗ってくれ」

「わたしもお願いします」

「ハイハイ、あたしが塗ってあげるわよ」


 セイラとアスミちゃんにあたしが日焼け止めを塗っている間に、ユイトが海へと足を着ける。


「おお……、波だ……」

「そりゃそうでしょ」

「泳げるのか? 泳いでいいのか?」

「泳いでいいわよ。アンタ川で泳ぎ慣れてるんでしょ」


 子供の頃田舎の川で泳いでいたというユイトが、海へと飛び込みクロールで泳ぎ始める。中々の泳ぎっぷりだ。


「あんまり遠くに行くなよー」


 セイラの声も聞かずに、グングン海の中へと泳いでいく。

しかしすぐに引き返してきた。


「オイ! しょっぱい! しょっぱいぞ!」


 顔をしかめながら、ユイトが戻ってくる。

鼻か気管に海水が入ったようだ。


「そりゃそうでしょ。塩って海水から取れるのよ」

「知ってるけど、こんなにしょっぱいのかよ!」

「そんなにしょっぱいの?」


 あたしが疑問を呈すると、ユイトが怪訝な顔をする。


「……レベッカ、お前海来た事あるんだよな」

「ええ」

「泳いだ事ないのか?」

「ええ」

「……まさかお前、泳げないのか?」

「……」

「……泳げないんだな」

「べ、別にいいでしょ! 泳げなくても何も困らないでしょ! 日常生活に何の支障はないわ!」

「泳げないんだな」


 ユイトがやっぱりかという顔であたしを見てくる。

なんだろう。コイツの中でのあたしの評価が出会った頃に比べて底辺まで下がっている気がする。

別にコイツにどう思われようとどうでもいいけど何かムカつく!

そんなあたしの横を通り過ぎ、ワンピース型の水着を着たアスミちゃんがユイトに近づく。


「ユイトさん、わたしも泳げません。泳ぎ方を教えていただけますか?」

「いいけど……、セイラの方がいいんじゃないか? セイラは泳げるだろ?」

「私は泳がないぞ。確かに泳げるが、海は眺めるものだ」

「お前、何しに来た」


 ビーチパラソルの下のビーチチェアで豊かな肢体を伸ばし始めたセイラに、ユイトが何とも言えない表情をする。

セイラが着てる水着は祭りの時も着ていたエメラルドグリーンのビキニと白い短パン型の水着だ。何だかちょっとダサい。せっかくいい身体してるのにもったいないとあたしは思う。

ユイトも同じ気分のようだ。セイラから興味をなくしたようにアスミちゃんへと目を移して話しかける。


「じゃあアスミちゃん、いっしょに泳ごうか」

「はい!」


 ユイトが、アスミちゃんと手をつないで海へと入っていく。

あたしは黒のビキニとパレオを整えながら、セイラの隣のビーチチェアに寝そべって2人が泳ぐのを見る事にした。




****************************




「は~あ、眠れないわ。運動しなかったかしら」


 夜。

なんとなく眠れなくてあたしはセイラの家の別荘をウロウロしていた。

ちなみに海で泳ぎ疲れたアスミちゃんはベッドの中で爆睡中だ。他人の別荘だから裸で寝るのは自重させた。

毎晩9時に寝るユイトも今頃夢の中だろう。

これならあたしも海に入るくらいすればよかった。泳げないけど……

月明かりと星明かりが照らす廊下を歩いていると、カーテンが大きく揺れている。

誰かがバルコニーに出ているようだ。

まあ1人しかいないだろうけど。


「セイラ? 眠れないの?」

「あ? ああ……レベッカもか?」

「そうね、少しは運動すればよかったわ」

「……そうだな」


 星空へと目を逸らしたセイラに、あたしはセイラが眠れない理由を悟る。


「リオン様との婚約の話?」

「……」


 無言の肯定が、セイラの後ろ姿から返ってくる。

3年前にセイラと出会った頃から、彼女が悩んでいる話だ。

そして、あたしとセイラが親友になったきっかけでもある。


「王子と婚約なんていい話だと思うけど、勝手に決められる側は悩むわよね。でも一応、受けるかどうかはセイラ次第でいいんでしょ?」

「ああ、リオン様がそうおっしゃってくれたからな。ただ以前お会いした時に『受けてくれるとうれしい』と言われてしまって……」

「話した事ないけど、いい御方だと思うけど? アンタの事も、本気で好きなんでしょうし」

「そうなのだが、そうなのだがな……」


 悩む様子を見せるセイラ。

昔から幼馴染みというか、友達のように過ごしていたリオン様とそのような関係になる事が想像できないと、出会った頃から悩んでいた。

でも今は、きっとそれだけじゃない。

まったく、あの男のどこがいいのやら。

そんな事を考えるあたしに、セイラが問いかけてくる。


「……レベッカはどうなんだ? もうすぐ18歳だろ? 結婚させられるんじゃないのか?」

「それなのよねえ……。もう逃げ回るしかないわね。今どこにいるか伝えてないし、どうにかなるでしょ」

「それはどうかと思うが……。あの男に頼ったらどうだ?」

「あの男って……アイツ? クリスにも言われたけど、アイツに何ができるっていうのよ」

「分からん。分からんがアイツなら、何とかしてくれそうじゃないか。何かメチャクチャにしてくれたり、口八丁手八丁でどうにかしてくれたり」

「皆アイツの事買いかぶりすぎでしょ。アイツにどうにかできる訳ないわ」


 と、言いつつあたしもアイツなら何とかできるんじゃないかと考えてしまうくらい、毒されてしまってるなと思う。


「まあどうしようもなくなったら私を頼ってくれ。我が家に匿うくらいしかできないが……」

「気持ちだけ受け取っておくわ。最悪結婚式で暴れて結婚破棄でもさせるから」


 まあそうならないのが理想なんだけど、最悪式場をフレイム・インパクトしないといけないだろう。

それくらい魔法使いの里の人間は伝統やしきたりにうるさくて、昔からの価値観を重視している。あたしを同じ里の魔法使いと結婚させようと躍起になるだろう。


「難儀なものだな、結婚というのは……」

「ええ、そうね……」


 アスミちゃんには分からない悩みを共有する同士、あたしとセイラは同時にため息を吐いた。




****************************




「ふあ~あ」


 昨日よく眠れなかったからか、珍しく早く起きたあたしがあくびをしながら顔でも洗おうと洗面所に向かう。

と、そこにいつも通り早起きしたらしいユイトが声を掛けてくる。


「オイレベッカ、お前に手紙が来てるぞ」

「手紙?」

「ああ、テーブルの上に置いてあった」


 施錠されているセイラの家の別荘に手紙が置いてあるなんて、イヤな予感しかしない。


「うげっ」


 案の定それは、魔法使いの里からの手紙だった。

中身を見なくても分かる。

もうすぐあたしの誕生日。

式を挙げるために魔法使いの里に戻って来いという内容の手紙だろう。


「それじゃあ俺は外を走ってくるから」

「待ちなさい」

「くぎゅっ!?」


 あたしは、手紙を渡して去って行こうとするユイトの襟首を掴んで止める。

ユイトは、一瞬変な声を上げた後不服そうにあたしに振り返った。


「何だよ?」

「ねえユイト、あたしと一緒に魔法使いの里に来てくれない?」

「魔法使いの里?」

「あたしの出身地よ。その名の通り魔法使いが暮らしている里なの」

「はあ、興味はあるが……。よそ者が行っていいのか?」

「大丈夫よ。あんまり歓迎はされないと思うけど……」

「ダメじゃねえか」


 魔法使いの里が外の人間に対して排他的な事もあるが、嫁入り前の娘がどこの馬の骨とも分からない男を連れて来たらそれは歓迎されないだろう。

でももう背に腹は代えられない。


「アンタを連れてっていいかセイラに聞いてくるわ。レイフォード領に帰ったらすぐ魔法使いの里に行くから装備を調えてちょうだい」

「なんで装備を調えないといけないんだよ」

「魔法使いの里の周りは高レベルモンスターが多いの。まあ魔法使いの里の魔法使いの敵じゃないけど」

「レベルが上がったとは言え弱っちい俺には脅威だろ。行きたくないんだが」

「いいから来なさい! 来てちょうだい! 高レベルモンスターはあたしが相手するから!」


 来てもらった所でどうするかなんて考えつかないが、もう出たとこ勝負で行くしかない。結婚なんて絶対イヤだ。あの里長の息子が相手なんてゾッとする。

その後セイラに事情を説明し、ユイトを連れて行っていいか聞いて快諾してもらったので魔法使いの里にユイトと行く事になった。

どうしてこんな事になったのよ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ