第10話「世界最高の冒険者」
「クエスト達成の報酬をお願いします」
「あ、はい。おかけになってお待ちください」
顔なじみの若い受付嬢にクエストの依頼書と達成した証のレベッカの冒険者ブックを手渡しながら椅子に座る。
ブロンドの髪をショートボブにした受付嬢のクリスは、テキパキと依頼書とレベッカの冒険者ブックの討伐欄を確認し、書類を記入して奥から報奨金を渡してきた。
クリスが丁寧モードをやめ、いつものため口で話しかけてくる。
「お疲れ様。珍しいね? ユイトさんが高レベルのクエストを受けて達成するなんて。明日は雪かな?」
「達成したのは俺じゃねえよ。あそこにいる魔法使いだ」
「あ、この冒険者ブックあの人のなんだ。道理でユイトさんにしてはモンスターの討伐数が多いと思った」
「ハハハ……」
クリスの冗談に、乾いた笑いしか出ない。
俺は報奨金を1:9に分けて、ギルドの中をプラプラ見物してるレベッカの元へと寄った。
「手続き終わったぞ。ほら、報奨金」
「ど~も~。それにしてもアンタって本当に弱いのね」
9の方の報奨金を受け取りながら、レベッカが意地の悪い笑みを浮かべる。
「仕方ないだろ、レベル4なんだから。キメラなんて、俺が10人いても勝てねえよ」
今回のクエストでもほとんど貢献できなかったからか、俺に入った経験値はわずかだった。経験値は倒したモンスターに与えたダメージを元に割り振られる。
「ていうかお前が強すぎるんだよ。コカトリスもキメラも瞬殺って……」
「フッフーン。そうでしょ? あたしは魔法使いの里出身で、魔法学校も飛び級で卒業した天才だからね」
王都の魔法学校は、大学みたいな所で普通なら22才で卒業だ。それを10代で卒業してるんってんだからコイツは並の魔法使いではないのだろう。
俺のバインドには負けてたけど……
「キメラなんて私1人で10匹は倒してきたわよ、ほら」
レベッカが自慢気に自分の冒険者ブックを差し出してくる。
冒険者ブックのページには自分のレベルやステータスやスキルと、これまで倒したモンスターなどが自動で記録されている。
冒険者ブックは魔法の素材とやらで作られており、モンスターを倒すと同時に記録されているらしいが詳しい話は俺には分からない。
俺はレベッカの冒険者ブックの、討伐してきたモンスター達の種類と数を見る。
「マジかよ……。さすがレベル53の魔法使いだな」
「フッフーン。そうでしょ? キメラ程度で手こずるどこかのレベル4クソ雑魚冒険者とは違うのよ」
「なんだユイト、キメラと戦ったのか?」
とそこに、黒いターバンで短く刈り込んだ白髪頭を包み、黒いマント、黒のズボンの黒尽くめで背中に紫の鞘に入った刀を背負った冒険者、俺の師匠のジンジャーが通りがかってきた。
突然の闖入者に、レベッカが驚いた顔になる。
「ユイト、この人誰?」
「俺の師匠のジンジャーだ。世界最高の冒険者だよ」
「破門したから師匠じゃねえ。それに世界最高たあ大げさだな。俺はそんな大層なもんじゃねえよ」
「……いやあなた、只者じゃないでしょう」
ジンジャーを警戒するように、レベッカが杖を握る。
ジンジャーの強さを感じたようだ。
「……冒険者ブックを、見せてもらえるかしら?」
「悪いが見せられねえな。どこぞのレベル4クソ雑魚冒険者と違って、冒険者は自分のレベルやスキルは隠しとくもんだぜ」
「ごもっともだな」
ジンジャーの言うとおり、他人に冒険者ブックを見せる冒険者なんてほとんどいない。
パーティーを組む身近な仲間か、ギルドの職員にクエストを終えた事を証明するため見せるくらいだ。
「覚えておきな、嬢ちゃん。ギルドの職員と本当に信用できる人間以外には冒険者ブックを見せねえ。冒険者の心得だぜ」
「……俺もジンジャーの冒険者ブック見せてもらった事ねえんだけど」
「それくらい冒険者ブックは見せちゃならねえもんだって事だ」
ジンジャーがギルドの中をジロリと見回した後、俺に笑いかけて小指を立てた。
「それにしてもユイト、べっぴんさんを連れてんな? コレか?」
「違うわよ」
「違う。色々あって一つ屋根の下で暮らしてる女だ」
「ほう?」
「語弊がありそうな言い方だけど、間違ってないから正しにくいわね。あたしはコイツの監視役よ、監視役」
「監視役? ユイト、お前なんかやらかしたのか?」
「何もやらかしてねえと言いたい所だが、色々あったんだよ」
「色々ねえ……。ま、聞かないでおいてやるよ」
「そうしてくれ」
カカカ、と笑うジンジャー。その目がギルドの時計をチラッと見る。
「おっといけねえ。ムジカの所に刀の手入れに行くんだった。俺はもう行くぜ」
「手入れもあるけど飲みに行くんだろ。この飲んだくれ」
「ケッ、酒が飲めねえ奴には言われたくねえな。じゃあな。鍛錬サボんなよ」
ジンジャーは、それだけ言って去って行く。
その後ろ姿に呆れと戦慄の両方の感情を浮かばせながら、レベッカが俺に問いかける。
「あの人……、何者なの?」
「言っただろ? 世界最高の冒険者、ジンジャーだ」
「そんな名前聞いた事ないけど……でも確かに、只者じゃないわね」
「ああ、ジンジャーならキメラ100匹狩っていてもおかしくないな」
経験も実力も桁違い、その強さを何度も目にしてきただけに俺はジンジャーを尊敬し、そして畏怖をする。
「師匠って言ったわよね。破門されたとも。何があったの?」
「……色々あったんだよ」
「色々って何よ」
「色々だよ」
「……」
俺が何も答える気がないと察したのか、レベッカが渋い顔をする。
「色々、ねえ……。今は聞かないでおいてあげるわ。今日はもう帰りましょう」
「賛成だ。疲れたしな」
「だらしないわねえ。たったあれだけのクエストで」
「お前にとっちゃそうかもしれねえけど、こっちは命がけだったんだよ」
キメラとの戦いを思い出し、俺はどっと疲れを感じる。
時刻はもう夕方だ。早く帰ってメシ食って風呂入って寝たい。
冒険者ギルドを見回す。リリーは来ていないようだ。
まあその内顔を合わせるだろ。
前にあんな事があってもいつも通りだったし。
俺はレベッカと2人でセイラの家へと帰っていった。
・コカトリスとキメラ退治のクエストの報酬
50万マニー(レベッカ 45万マニー、ユイト 5万マニー)