第52話 眠る
「……はっ!」
気が付いた時には、俺は拝殿の中で寝ており、神とジジイは消えていた。洋一と近江も近くに寝転がっていたので、慌てて起こす。
「おい、洋一! 近江!」
「んん、周平……?」
「嶋田、なんでアンタが……」
「終わったんだよ、縁結びが!」
「……あっ!」
「そうじゃん!」
俺の一言で、二人も飛び上がるように目を覚ました。そうだ、終わったんだ。俺と朱里はこの世界と縁で結ばれたはずなんだ!
「洋一、今何時だ!?」
「えっ、えーっと……」
洋一は慌ててポケットから携帯を取り出し、俺に画面を見せてきた。そこに表示されていたのは「11月6日(水)02:11」の文字。俺が死ぬのは一時四十七分だったはず。……ということは?
「い、生き残った……!」
「周平……!」
洋一と顔を見合わせ、思わず抱き合ってしまう。運命は変わったんだ。俺、死なずに済んだんだ……!
「やったな、周平……!」
「ああ、ありがとな……!」
俺たちは互いを強く抱きしめた。たしかに俺は生きている。もう胸の苦しさも存在せず、頭もスッキリと冴え渡っている。ああ、よかった。本当に――生きててよかった。……って、大事なことを忘れているじゃないか!
「あっ、朱里は!?」
「そうだ、病院!」
俺と洋一は急いで拝殿から出ようとする。だが二人して近江に首根っこを掴まれ、引き止められた。
「アホかアンタらは!」
「ぐへえっ!?」
「ちょっ、由美!?」
「こんな時間に行っても迷惑でしょ! だいたいそんな格好で行く気!?」
「あっ……」
近江の言う通り、俺と洋一はひどい恰好だった。そういや風呂にも入ってなかったもんな。会いに行ったところで、今の朱里にとっては初対面。泥まみれの男子高校生二人組ってのは怪しいに決まってるな。
「それにねえ、嶋田は仮にも死にかけたんでしょ?」
「ま、まあな」
「だったらまずは自分の心配をしなよ。遅くなって親も心配してるでしょ」
「仰る通りです……」
まったくその通りである。言われてみれば、俺はすんでのところで一命をとりとめた立場。自分の体を気遣えと言われるのも当然の話だな。
「洋一も同じだよ。アンタも早く帰んな」
「そうだな、由美……」
「全くもー……」
近江に諭された洋一はぽりぽりと頭をかいた。しかし、少しの沈黙があったあと、洋一は真剣な表情で近江の方に向き直った。
「……なに、どうしたの洋一?」
「由美。言いたいことがあるんだ」
「えっ?」
近江が戸惑った顔をしていると、洋一は深く頭を下げ――大きな声を出した。
「今まで酷い態度をとって、すいませんでした!!」
「よ、洋一!?」
急な謝罪に対し、大慌ての近江。だが洋一は頭を下げたまま、さらに話を続ける。
「ずっと由美が俺のことを想ってくれていたのは分かってた。分かってたのに……」
「あ、アタシが勝手に好きだっただけだから! 気にすんなよ……」
近江は恥ずかしそうに顔を赤くして、そっぽを向いた。さっきの言葉から思うに、きっと洋一は朱里への恋に一区切りをつけることが出来たのだろう。それで、今まで向き合ってこなかった近江への謝罪を――ということか。どこまで人間が出来ているんだ、コイツは。
「だ、だいたいアンタさ……失恋したからってすぐ他の女に行くわけ?」
「ち、違うよ! 俺はただ由美に……!」
「分かってるよ。……アンタはそういう人間じゃないって分かってるから、好きなの」
照れ隠しのつもりか、近江は自分の髪を指でくるくるといじっている。この二人は今後どうなっていくのだろう。洋一を狙う女子は多いからなあ。
「ライバルが多くて大変だな、近江は」
「……アンタ、高みの見物とは偉くなったね」
「へっ?」
「勝手に『契り』を交わしてた男は違うなあ、周平?」
「ちょちょちょ、なんだよ急に!」
「なあ洋一、アタシも一発くらい殴ってもいいかな?」
「うーん、いいんじゃないか?」
「や、やめろって!」
「あはは、冗談だよ周平!」
「だいたいねえ、アンタを殴ったら梅宮に悪いでしょ!」
俺たちは大きな声で笑い合った。やっぱり命あっての物種だ。どんな状況にあっても、生きてさえいれば再び立ち上がることが出来る。たとえ――神に試練を与えられていたとしても、だ。
「二人とも、本当にありがとう。俺、お前らがいなかったら――朱里と死んでいたかも」
改めて洋一と近江に頭を下げた。二人の協力なくして運命を変えることは出来なかったんだ。どんなに感謝してもしきれない。
「周平も梅宮さんも助かったんだ。それが一番だよ」
「アタシらも手伝えてよかったよ。何も知らずにアンタらが死んでたら……って思う方が怖いもん」
二人は優しく笑みを浮かべていた。時間にすれば、ほんの十時間くらいの出来事だった。だけど今まで過ごしたどの十時間よりも濃密だっただろう。俺たちの心に今日という日付が強く刻まれ、そして――青春はこれからも続いていく。
「帰ろう、周平」
「ああ。近江、鍵のこととかありがとな」
「どういたしまして。二人とも、遅いから気をつけてね」
近江に見送られ、俺たちはそれぞれの家に帰っていった。家に帰りついた後、俺は風呂に入って泥を洗い流し、居間に置いてあった菓子を貪り食った。最後の晩餐なんて思って買ったつもりだったが、すっかりただの夜食へと成り下がってしまった。でもまあ、この方が良いに決まってるもんな。
「ふー……」
食欲を満たした後、俺は自室のベッドに寝転がる。さっきまで気を張っていたこともあって、布団に入った瞬間に強い疲労感が襲ってきた。近江の言う通り、自分の体は大切にすべきだな。
こうして、俺は泥のように眠りについた。まるで一か月間の心労を癒すように、それはもう深く眠ったのだ。死んだように……って、今この例えを使うべきではないかもしれないな。
そして、翌朝。俺はひとり、病院へと向かった――




