第50話 諦める
「しまだしゅうへいっておなまえなの? じゃあ、しまちゃんだね!」
「わわっ、しまちゃんあそびにきてくれたの? うれしい……!」
「しまちゃん、いっしょに絵本よもーっ!」
「わたしね、お外であそんでもよくなったんだって! だからつれていってよ!」
「しまちゃん、私陸上部に入ったの! 頑張るからね……!」
「一緒の高校受けるんだ! がんばろうね、しまちゃん……!」
「わあい、おなじクラスだ! よかったあ……!」
「しまちゃん、しまちゃん!」
「ずっと昔から、しまちゃんのことが好きでした! つつつ、付き合ってくだひゃいっ!!」
「ずーっと二人で長生きして、また一緒に来ようよ。……ね?」
「しまちゃんがそんなに泣いてるなんて、おかしいじゃん……!」
……朱里との思い出が、走馬灯のように脳内を駆け巡る。苦楽を共にし、ずっと歩んできた記憶。それが全て失われてしまうのだという。たとえ何億円、いや何兆円払っても買い戻すことは出来ない、貴重な貴重な財産なのに。
生き延びたところで、俺は朱里との生活に耐え続けることが出来るのか? 俺のことを何も知らない、記憶の全てを失った朱里とともに――もう一度歩いていくことが出来るのか? それって……死ぬよりよっぽど辛いことなんじゃないのか?
「は……はは……」
「どうじゃ、周平? お前はどちらを選ぶ?」
「周平……」
「嶋田……」
このまま死ぬ。恋人として、朱里とともにあの世に行くんだ。それもある意味幸せなのかもしれない。俺は好きだと誓った、世界で一番愛していると言った――そのことすら、朱里の記憶とともに消えてしまう。やっと生き延びる道を見つけたはずなのに、残酷にもほどがあるだろう……!
「ふぉっふぉっふぉっ、どうするのじゃ? 時間はもうないのじゃろう?」
「兄上!」
ジジイが急かしてくる。こんなことを今ここで決めるなんて、あまりにも辛い。朱里は何を望む? 俺と死ぬことか? それとも生き続けることか? そして――俺自身は何を望んでいるんだ?
「はあっ、はあっ……」
「周平!」
「嶋田!」
俺はさらに崩れ落ち、床に手をつく。心臓が限界に近づいてきたのか、息苦しさがひどくなってきた。ジジイの言う通り、残り時間はもう僅かしかない。酸素が足りずに頭がうまく働いていない気がする。だんだんぼうっとしてきた。ああ、もう疲れた。疲れたよな、朱里……。
「しっかりしろ! 周平!」
「そうだよ、頑張れ嶋田! 運命を変えるんだろ!」
二人の励ます声も、遥か遠くから聞こえているような気分だった。なんだよこれ。なんなんだよ。朱里のためにしっかり立たないといけないのに。運命を変えるためにここに来ていたのに。どうしたんだ俺は? どうして動かない?
朱里、お前のことが好きだ。好きなんだ。だからここまで頑張ってきたんだ。……頑張ったよな、俺? お前の寿命を四時間も延ばした。神が言うにはな、なかなか出来ないことなんだってさ。だからさ、朱里も認めてくれるよな?
そうだ、元は死ぬ予定だったんだ。悪縁だって縁じゃないか。やっぱり切らない方がよかったのか? その方が朱里も苦しまずにあの世に行けたのかな。なあ、お前はどっちがいい?
どんどん意識が遠のいていく。このまま眠るように死ねたらどんなにいいことだろう。ああ、昼までの辛抱だ。昼まで待っていれば、あの世で朱里に会えるんだ。そうしたら一緒にデートに行こう。やっと二人きりのデートだな、楽しみだなあ。
朱里、ごめんな。情けないよな、俺。運命を変えてみせる――なんて言ったのに、ここで諦めちまうんだ。嫌いになっちまうかな? 諦めの早い男は嫌いかな。……嫌いにならないでくれたらいいなあ。
もうさ、二人で楽になろうか。このままあの世に行っちまおうじゃないか。三途の川を渡るハネムーン……なんてのも一興だろう。京都に一緒に行くことは叶わないけど、いくらでも天国を旅行出来るんだ。ガイドブックはどこに売ってるんだろうな……。
「はあっ、はあっ、ぜいっ……」
「決まったかの?」
「じ、ジジイ……、てめえじゃねえよ……」
「では私か?」
「は、はい……」
ごめんな、洋一に近江。ここまで一緒に来てもらったのに、こんな結末だなんて。二人はどうか仲良くやってくれよ。俺たちの墓に来てくれればそれでいい。盆になったら四人で修学旅行の思い出話をしようじゃないか。
「俺、俺は……」
ああ、やっと終わるんだ。この一か月、長かった。長い長い戦いにようやく終止符を打つことが出来る。これでいい。朱里、いつまでも恋人でいような。
「朱里と恋人のまま――死にます」




