第49話 ジジイもやってくる
「へっ?」
「なっ……」
俺の発言を聞いた途端、近江と洋一が反応を示した。そう、俺の望みは朱里との縁を結び直すことじゃない。この世界と縁で結ばれて――二人で生き続けることなんだ。
「……どうですか、神様?」
「……」
神は口を一文字に結んだまま、何も答えない。俺の申し出が意外だったのか、それとも別の考えがあるのか。分からない。少しの沈黙が続いた後、不安になって口を開いた。
「……か、神様?」
「君の言いたいことは分かった。私が縁を結べば、君たちは明日からも生きられるだろう」
「ほ、本当ですか!?」
「だが……」
言いよどむばかりで、神ははっきりとしない態度をとっている。何か言いづらいことがあるのだろうか? 俺と朱里が生きられるのはたしかなんだろう? だったら早く――
「ふぉーっふぉっふぉっ!!」
「うわっ!?」
聞き覚えのある、それでいて聞きたくもねえ声が上の方から聞こえてきた。眩しいばかりの光を放ち、人型の像が天井をすり抜けて舞い降りてくる。コイツ、どの面下げて……!
「あ、兄上……!」
「ジジイ、てめえに用はねえんだよ!」
「口が悪いのお! どうせ周平はここに来ると思ってな、ふぉーっふぉっふぉっ!」
ジジイは高笑いした。コイツはどこまでお見通しなんだよ。俺たち四人はジジイのせいでこんな……!
「あ、兄上の出る幕では!」
「弟よ、その者こそワシの導きで縁を切った人間じゃ。世にも珍しかろう?」
「そ、そうですが……」
神もジジイの登場に戸惑っていた。それにしても、兄弟だってのにえらい違いだな。弟の方は神らしい格好だが、兄の方は悪趣味に光り輝いている。なぜこうなる?
「なあジジイ、なんでお前だけ光ってんだ?」
「ふぉっふぉっ! ワシは街を追いやられた身じゃからのお! 人間に姿を見られるわけにはいかないんじゃ!」
「申し訳ない、兄上は性格が悪いのだ。勘弁してくれ……」
「は、はあ……」
こんな兄貴を持つと大変ですね、などと同情したくなった。だがこんなことをしている場合ではない。一刻も早く俺と朱里をこの世界と縁で結んでもらわなければ、タイムリミットが来てしまう。
「神様、それで縁結びってのは――」
「まあ焦るな、周平よ」
「神様ってのはてめえのことじゃねえんだよ!」
「ふぉっふぉっふぉっ! やはり運命を変えるような人間は肝が据わっておるの!」
「は、はあ?」
ジジイの戯言に付き合っている暇はないのだが……。ただただ困惑していると、神の方が口を開いた。
「その、だな……。兄上がこんなのだから誤解していると思うが、君は本当に素晴らしい成果を残したのだ」
「へっ?」
「人間が運命を変えるなどそうそうあることではない。君は四時間『しか』と思っているかもしれないが、我々からすれば四時間『も』なのだ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。だから君……いや、君たち四人が後ろめたく思う必要はない。むしろ可能な限り努力した、と前向きに考えるべきなのだ」
「ワシも最初からそう言っておろう、ふぉーっふぉっふぉっ!」
「てめえに言われてもありがたみがねえんだよ!」
だがしかし、俺は神の言葉に少し救われたような気がした。もちろん、朱里が今も病院で苦しんでいることに変わりはない。だけど……自分たちの一か月が無意味ではなかったのだと肯定してもらって、心がすっと軽くなったような気がした。
「それにしても、珍しいですね。兄上が手を貸すなど久しぶりでは?」
「なあに、大したことではない。ワシはただ、勇敢な若人の悪縁を切るのを手伝っただけじゃ」
「ジジイ……!」
「ここにたどり着いたのも最後まで諦めていない証拠じゃ。ワシの見立ては間違ってなかったのお」
腹が立つ。腹が立つ――のだが、このジジイがいなければ俺と朱里は道連れで死んでいた。だから感謝しなければならない。たとえクソジジイだとしても、だ。……まあ、口には出さないがな。
「弟よ、それでこやつの願いはどうするつもりだ?」
「兄上、それは……」
「ふぉっふぉっふぉっ! 人が良いのも考え物じゃのお!」
さっきと同じように、急に神の歯切れが悪くなった。それにしても神が「人が良い」ってのはおかしいだろう。
「なんだよジジイ、説明してくれよ」
「仕方ないのお。どうせ弟は伝えんじゃろうしの」
「あ、兄上……!」
神が止めようとしたが、ジジイは構わず説明を始める。
「周平、お前の願いは正しい。お前とあの娘が生き続けるには、これしかないじゃろう」
「ああ、だったら早く――」
「じゃがな、忘れたか? ワシと弟の力は対等。一度切られた縁はずっとそのままじゃ」
「それって……」
申し訳なさそうに俯く神。しかしそれとは対照的に、ジジイは飄々と語り続けた。
「あの娘は強く頭を打ち――記憶を失っておる。たとえ息を吹き返しても、お前のことなど覚えておらぬ」
「えっ……」
「そんな……!」
思わぬ落とし穴に、膝から崩れ落ちる。洋一も驚いた声を上げており、近江は両手で口を押さえて唖然としていた。記憶が――失われた、だと?
「か、神様! なんとかならないんですか!」
「すまない。命を蘇らせることは出来ても、兄上の導きで切られた縁までは……」
「ああ……」
ここまで来て――ここまで来たのに。朱里の命は助けられる。だけど、記憶は失われたまま。どこまで、どこまで……!
「だから周平、選択肢をやろう」
「へっ?」
「弟が縁結びを行えばお前たちは生き残る。じゃがお前たちは元に戻らん」
「……」
「じゃがな、周平。お前はさっき、恋人の契りを交わしていたじゃろう?」
「えっ?」
「そうなの、嶋田?」
「あの、その……」
思わぬ形に二人にバレてしまった。だがそんなことを気にしている場合ではない!
「な、何が言いたいんだよジジイ!」
「ふぉっふぉっふぉっ、簡単なことじゃよ。もし縁結びを行わなければ――」
ジジイは微笑んだかのように像を変化させる。そして囁くように、俺に提案した。
「お前たちは恋人のまま死ぬことが出来る。さあ、どちらが良いかの?」




