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他の男と仲良くしておいて今更幼馴染の俺に告白してきても遅いんだと言いたかったが手遅れなのは俺だった  作者: 古野ジョン
本編

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第46話 親友と喧嘩する

「ぶえっ!?」


 あまりに強烈なパンチを食らい、勢いのまま床に倒れこむ。だが洋一は俺を押さえつけるように馬乗りになって、さらに拳を振るい続けた。


「や、やめろよ洋一!」

「由美は黙ってろ! 周平、お前だけは絶対に許さねえ!」

「ぶおっ!? な、なんだよ――ぶええっ!?」


 何度も何度も親友に殴りつけられる。こんなに鬼気迫る表情を見たのはいつぶりだろう。いや、出会ってから初めてかもしれない。今の洋一にはそれくらいの凄みがあった。痛い。ひたすら痛い。朱里はもっと痛かったのだろうか? 分からない。だが、いつまでも殴られっぱなしというわけにはいかない……!


「だからやめろって! 嶋田は今から死ぬんだぞ!?」

「だから殴るんだよ! てめえ、よくもなあ……!」

「――お前こそいい加減にしろよ!」

「ごはあっ!?」


 一瞬の隙を見出し、がら空きだった腹部に強烈な一撃をお見舞いしてやった。よほど痛かったようで、洋一はよろけるようにして体の上から降りる。俺は素早く立ち上がり、イケメンフェイスにもう一発拳を食らわせた。


「ぐわっ……」

「お前に何が分かる、洋一! 俺の何が分かるんだ!」

「周平、よくも……!」


 鼻血を垂れ流しながら立ち上がる洋一。近江はあたふたとするばかりで、何も出来ずに立ち尽くしていた。俺は構わずパンチを繰り出す!


「でえっ……!」

「お前に、何が……! 何が分かるんだよお……!」


 ……なんだよ、俺は泣いているのか? 幼馴染を守れず、自分も死んでいく。その無念さをどうやって晴らせばいい? その気持ちをどうすればいいのかすら、分からない。こんな、こんな絶望が……! 洋一、お前なんかに分かるものか!


「ごほおっ……!」

「し、嶋田もやめろって! もういいだろ!」

「由美、どいてろ!」


 洋一は歯を食いしばって立ち上がった。来るであろう拳を避けようと、頭を動かそうとした瞬間――今度は俺がボディブローを食らってしまった。


「ああっ!?」

「お返しだバカヤロー! てめえが俺を殴るなんて百年早いんだよ!」

「お前、いい加減にしろよ! なんで、なんでお前は……!」

「悔しいんだよ!!」

「……へっ?」


 その一言に、俺は動きを止めた。洋一は大声を張り上げたまま、はあはあと息を切らして立ち尽くしている。


「なんで相談しなかったんだ!」

「よ、洋一……?」

「お前、お前なあ……! なんでそんな大事なこと、言ってくれなかったんだよお……」

「洋一……」


 洋一はその場で泣き崩れた。ああ、そうだ。俺はなんて馬鹿なことをしたのだろう。よく考えれば、最初からコイツに打ち明ければよかったじゃないか。どうして何も言わなかった? 死ぬことが朱里に伝わるのを恐れた? 親友に心配をかけたくなかった? ……違う。怖かったんだ、俺は。


 死の運命を打ち明ければ、きっと皆が悲しんでくれただろう。だがそれは「日常」の崩壊を意味する。きっとクラスメイトたちも前までのようには接してくれなかっただろうな。もちろん、朱里も含めて。


 だから、俺は誰にも言わなかった。自分が死ぬことより、自分の死が周りを変えてしまうことを怖がった。皆の悲しみが、次の悲しみを呼んでいく。そのことが何よりも嫌だったんだ。


 けど、それは誤解だ。皆は一緒にいるんだ。たとえ俺が消え失せたとしても、きっとその悲しみを乗り越えてくれたはずだ。朱里だって洋一だって近江だって、前を向いて歩き続けてくれただろう。要するに――俺は、皆のことを信じ切れていなかったんだ。


「ごめん、洋一。俺、お前のことを信じ切れなかったんだ」

「……そうか」

「どうしてだろうな。お前みたいな親友なんて、そうそうこの世にいないのにな」

「……」


 洋一は再び立ち上がる。もはや詫びの言葉すら出てこない。俺はこのまま死んでいく。朱里とも、洋一とも満足に別れられないままに。ああ、本当にクソッタレな人生だ。


「洋一、分かってくれよ。どうしようもねえよ。どうしようもねえんだよ――」

「どうしようもねえはこっちの台詞だ!!」

「ごへあっ……!?」


 次の瞬間、特大のパンチを顔面に食らわされた。今までの痛みが消し飛びそうなくらいに痛いパンチだった。なんだよ洋一、まだ言いたいことが――


「俺はどうすればいいんだよ!!」

「……へっ?」

「洋一……」


 今日一番の大声で叫んだ洋一のことを、近江が心配そうに見つめている。二人の目には大粒の涙。洋一は絶望したかのように、生きる希望を失ったかのように口を開いた。



「親友と、好きな女を……! 俺は同時に……!」



 ――全てが崩れ落ちていくような、そんな心地だった。お前、どこまで良い奴なんだよ……!


「ど、どうして……」


 俺はただ、ただただその場にへたり込む。まさか朱里のことが好きだなんて、露ほどにも思わなかった。いや、コイツはわざと()()()()()()()のかもしれない。洋一、お前はずっと朱里への想いを抱えたまま――俺たちの仲を応援してくれていたのか? それがどんなに辛いことか……俺には想像もつかない。


「はっ……ははっ」

「よ、洋一?」

「中学の頃、お前と仲良くなった時にさ。いつも周平と一緒にいる女子がいるなあって思ってたんだ」

「それが朱里ってことか?」

「そうだ。最初は何とも思っていなかったよ。だけど……健気で、真っすぐで、純粋でさ。馬鹿だよなあ、親友の女に惚れこむなんて」


 洋一は自嘲するかのように、かすかに笑みを浮かべた。中学時代から朱里に惚れていたのか。それを俺は少しも察することが出来なかった。俺が鈍いのかもしれないが、それ以上に洋一が自らの好意を隠し通していたのだろう。……なんて奴だ。


「じゃあ、お前は……なんで俺たちの仲を取り持ってくれたんだ」

「もちろん、俺だって梅宮さんと恋人になりたかった。……けど、仲良くなればなるほど分かってしまうんだ。ああ、梅宮さんは周平以外のことを見ていないんだって」

「洋一……」

「だからさ、親友のお前のために……いや、違うな。自分のために、梅宮さんの告白を手伝ったんだ」

「ど、どういうことだ?」

「お前が梅宮さんと付き合えば、俺は潔く諦められる。……実らない恋にしがみついてばかりで、一人の女をずっと蔑ろにしてきたからな」


 近江の方を見ると、服の裾をぎゅうっと握って涙を堪えていた。そうだよな、好きな男がこんな話をするのは辛いよな。……この二人は、ずっと叶わぬ恋を追い続けていたんだな。


「ずーっとやきもきしてた。どうして周平は告白を受けないんだろうって」

「ああ……」

「それが、まさか……こんな結末だなんて、なあ……!」


 洋一は床に崩れ落ちた。かつて近江は、二人が俺たちのことを応援してくれるのは「ただのエゴ」だと言っていた。その正体がこれか。洋一は()()()ため、近江は()()()恋のために。もちろん、朱里のためを思ってという理由もあっただろうが。


 この二人のことを誰が責められようか。誰だって自分の恋を追い求める権利はある。俺だって、朱里のためにあれやこれやと迷惑をかけたんだ。この二人は、ただ――好きな人のために、ずっと戦い続けていたんだ。辛かったのは俺だけじゃない。皆、自分なりの苦労を抱えていたんだ。


「それがこの結果かよ……」


 ぼそりと呟く。俺たち四人は好きな人のために行動していたんだ。朱里は俺のために神社に行き、土砂崩れに巻き込まれた。俺は朱里のためを思って行動したはずが、もう間もなく死ぬ運命にある。洋一は好きな人と親友を同時に失うという絶望を味わうことになり、近江はその姿をまざまざと見せつけられるんだ。


「こんな……馬鹿なことがあるかよ……!」


 俺はドンと壁を叩いた。なあ、嘘だろ? 四人が自分の恋を追い求めた末の行動が全て裏目に出るなんて、そんな酷い話があるか? これがジジイの望んだ結末か? 俺が――いや、俺たちが命を賭して恋をした末路がこれか?


「あんまりじゃないかよお……」


 泣いた。一生分の涙を流したと思ったのに、それでも涙が止められなかった。時刻はもう夜の九時半を過ぎている。俺が死ぬまであと四時間しかない。この絶望の中で死ぬしかないのか? 俺の人生、これでおしまいか? 信じたくない。神も仏もあるもんか――


「待って、嶋田」

「……へっ?」


 ずっと立ち尽くしていた近江が、やっと口を開いた。いつの間にか泣き止んでいたようで、何かを思いついたかのような顔をしている。


「アンタ、さっきなんて言った?」

「さっきって……」

「ほら、運命がなんとか……」

「ああ……いや、俺は運命を変えたって話らしいんだ。それがこのザマだけどな」

「ってことはさ……今からでも変えられるんじゃない?」

「えっ……?」


 その一言は、まさしく光だった。そうだ、そうじゃないか! 俺は朱里の運命を変えて、四時間の延命をすることが出来たんだ。人間にだって運命は変えられる。そう教えてくれたのは、他でもない俺自身じゃないか!


「そうだよ近江! まだ希望はある!」

「で、でも周平……いったいどうやって……?」


 洋一は真っ赤に腫らした目を拭いながら、ゆっくりと体を起こした。たしかに、変えると言ってもどうすればいいのか。一か月でたったの四時間分しか運命を変えられなかったのに、あと四時間で変えるなんて――


「いい、二人とも。()()()()はアタシんちにもいるんだよ」

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