第45話 説明する
救助隊はすぐに朱里のことを掘り出してくれた。日が沈み切る前に助け出せたのは不幸中の幸いだったが、この後のことを考えれば憂鬱な気分にしかならなかった。
「この方が握っていた物です。あなたにお預けします」
「これは……」
朱里が担架に載せられる直前、救助隊の人がこちらにやってきて、俺にある物を手渡してくれた。そう――お揃いで買った、あのガラス玉だった。
「朱里……!」
ガラス玉を手にして、再び泣き崩れる。既に半分に砕けており、見るも無残な姿だった。ああ、俺のと同じだ。俺たちの縁は粉々に割れてしまったんだあ……!
「周平……」
「な、なんだ?」
「梅宮さんの、右手……」
「えっ?」
洋一に言われるまま、朱里の右手を見てみる。すると手のひらにガラスの破片が突き刺さっており、血だらけになっていた。……どれだけ、強く握りしめていたんだろう? 土砂崩れに巻き込まれても、意識を失っても、朱里はこのガラス玉を大事に大事に握っていたんだ……!
「ごめん、ごめんな朱里……!」
運ばれていく朱里に寄り添いながら、守ってやれなかったことを謝り続けた。もしかすれば、朱里の耳には届いていないかもしれない。しかし、そうでもしないと気が済まなかったのだ。
この後、朱里は救急車で搬送されていった。俺たちも病院に向かい、洋一から連絡を受けた近江と合流した。到着したころには、既に朱里は集中治療室に収容されており、様々なモニター類や呼吸器に繋がれていた。
俺と洋一は第一発見者ということで面会出来たが、その後は朱里の家族と入れ替わるようにして治療室から出た。消防や警察の人に事情を話したり、朱里の両親に頭を下げたり。夜の九時を過ぎる頃、俺と洋一はようやく待合室の長椅子に落ち着くことが出来た。
「……」
「……」
俺はうなだれ、洋一は仰ぐように天井を見つめている。今はもう、疲れた。俺の寿命はあと四時間半。皮肉なことに、俺が延ばした朱里の寿命と同じくらいの長さだな。
俺、このまま死ぬのかなあ。病院で死んだら世話ないよな。ああ、最後にと思って買っていたお茶もお菓子も口にできないままだった。人生ってこんなものか。最後の大仕事と思って頑張った結果がこの有様。結局、運命という名の荒波をほんの少しだけ弱めたに過ぎなかったんだな。
「なあ、周平……」
「なんだ?」
「さっきの、神がなんとか縁がなんとか……あれってなんだったんだ?」
「ああ……」
洋一は天井を見上げたまま、俺に問うてきた。そりゃ、コイツにとっちゃ意味不明だよな。さっきの会話を聞いていたとはいえ、断片的にしか理解出来なかっただろうし。こんなことになっては、説明するしかないだろう。
「近江もまだ病院にいるはずだよな。……呼んでくれ」
「えっ?」
「二人に話さなくちゃいけないことがあるんだ」
***
「じゃあ、お前が梅宮さんの告白を断ったのって……」
「そう、今から死ぬからだ。だから悲しませないように振ったのに、この結果だ」
「嶋田……」
全てを話し終えると、洋一は放心したような顔になり、近江は唖然として口を開いていた。この二人にも悪いことをした。だが今更そう思ったところで、もはや何をすることも出来ない。近江は両手で口を抑え、ぽろぽろと涙を流す。
「ごめん、アタシ……嶋田のことなんか何にも……」
「いや、いいんだ近江。お前が朱里のことを大事に思っていたことは分かっている」
「でも、それじゃアンタが……!」
「本当にいいんだ。……すまなかったな、近江」
「アンタも梅宮も死んじゃうの……? やだよ、そんなの……! ねえ、嶋田ぁ……!」
俺に縋りつくようにして泣きじゃくる近江。ああ、洋一の言っていた意味がようやく分かった。……本当にコイツは良い奴なんだなあ。ただ不器用で、人から誤解されやすいだけで。俺が死ぬことをここまで悲しんでくれるなんてな。近江と一緒の班になって良かったと、心から思う。
人間というのは他人がいなければ生きていけない。好む好まないにかかわらず、多少なりとも人付き合いというものをしなければならないのだ。そして、俺はきっと人間関係に恵まれていたのだろう。ただ、少し運が悪かった。それだけなんだ。それだけなのに……!
「洋一……?」
近江が驚いたような声を出したので、俺も顔を上げた。いつの間にか洋一が立ち上がっており、虚ろな目でふらふらとよろめいている。なんだ急に? 俺の話がそこまで衝撃的だったのか? 俺は洋一の体を支えてやろうと、席を立つ。
「だ、大丈夫か洋一?」
「触るな!!」
「えっ!?」
聞いたこともないような洋一の乱暴な声に、思わずのけぞってしまう。どうしたんだよ、一体? お前がここまで荒れたことなんてなかったはずだ。
「お、落ち着けよ洋一……!」
「落ち着けだあ? 周平、お前……!」
「よ、洋一……!」
慌てた近江の声が聞こえたが、避ける暇もなかった。そして次の瞬間――俺の左頬に、強烈な拳がお見舞いされたのだった。




