第43話 打ちひしがれる
ジジイの放った一言によって、絶望の淵に叩き落される。俺が一か月の時間を費やして成し遂げたのが――縁切りだっただと? しかもそれが延命? この神は何を言っているんだ? 本気か? 嘘だよな?
「……はっ、ははっ。嘘だろ、おい……?」
「本当のことじゃ。お前は娘との縁を断ち切ったのじゃ」
あまりにも酷い状況に、変な笑いが出てきてしまう。信じられない。なんだってんだよ。そもそもジジイは「恋の神」だと名乗っていたはずだ。縁切りだなんて話が違う!
「ちょっ、ちょっと待てよ。お前、恋の神じゃなかったのかよ?」
「その通り、恋の神じゃ。だが恋の神にもいろいろいるものでの」
「ど、どういうことだ?」
「ワシは縁切りを司る神なのじゃ。皆の悪縁を断ち切る、それが役目じゃ」
ジジイはあっけらかんと言った。悪縁……だと? 俺と朱里の縁が「悪縁」? そんなバカな。俺と朱里は、互いを信じて、互いを愛して――いたはずだろう。それのどこが悪縁なんだ。このジジイ、俺たちをバカにするのも大概にしろよ……!
「おい、俺たちのどこが悪縁なんだよ!」
「悪縁は悪縁じゃ。切れたのだから、お前は喜ぶべきじゃろう」
「こっ、こんな……! こんなんで喜べるかよ!」
「落ち着け。ワシは間違っても良縁を断ったりはしないのじゃ」
「どういうことだ?」
「お前、子どもの頃にここに来たことがあったじゃろう?」
「……へっ?」
子どもの頃って……朱里を助けに来た時のことか? たしかにその時、この神社にお参りをした気がする。そうか、それでこのジジイが俺のことを認知していたってわけか。だがそれが何だと言うんだ?
「ワシはな、嬉しかったんじゃよ。こんな山奥に引っ越す羽目になって、ずっと誰とも会わないでいたからの」
「引っ越し?」
「もともとは街の中に住んでいたのじゃ。じゃが、愚かな人間どもが……ワシをこんなところに追い払ったのじゃ」
「な、なんだよそれ」
「『縁切りだなんてろくでもない』なんてぬかしおった。悪縁を断ち切り、新しい縁と結びつける。それがワシの仕事なのに、じゃ」
ジジイは語り続けた。街の中に住んでいた、ということはかつてどこかに神社があったのだろう。……ちょっと待て。たしか近江の家に行ったとき、隣にやたら広い空き地があったよな。まさか?
「ジジイ、街にある縁結びの神社と関係があるのか?」
「おお、よく知っておるの。その通り、近江の神社と対になるのがこの神社というわけじゃ」
「……そうかよ」
なんだよ、既にヒントは与えられていたのかよ。だったらもう少し何とか出来たのかもしれないのに。朱里がこんなことにならずに済んだかもしれないのに。もう、何もかもが手遅れじゃないか。
「お前がここに来た時、ワシには悪縁が見えておった。ちょうど一緒に来ていた、その娘とのな」
「……やっぱり、悪縁なのか」
「そうじゃ。ワシは気の毒に思っての。なんとかしてやろうと思ったわけじゃ」
雨は依然として降り続けている。洋一は呆然と座り込み、俺とジジイとの会話を聞いていた。朱里の意識は戻っておらず、苦しそうに顔を歪めている。ああ、なんでこうなったんだ。
「じゃあ、一か月前に俺の前に現れたのは?」
「無論、お前たちの縁を切るためじゃ。災いをもたらす悪縁を」
「災い? 朱里が死ぬ予定だったってことか?」
「ああ、すまんかったの。それは嘘じゃ」
「はっ?」
嘘? あの時、コイツから朱里が死ぬことを聞いたから身代わりを申し出たんだ。それが嘘だったとするなら――
「最初から死ぬはずだったのはお前じゃ、周平。娘ではない」




